最終話 俺が好きなのは…
「お待たせいたしました」
俺が頭を抱えていると、ちょうどマスターが先ほど注文したイチゴパフェを運んでくる。
「それから、こちらも」
続いてマスターがスッと差し出してきたのは、一席の椅子だった。
持ってきたそれを四人掛けソファー席の誕生日席の位置に据えて、
「ごゆっくり」
「マ、マスター……!」
なんて気が利く人なんだ! お陰で助かりました!
カウンター裏に戻る老紳士なマスターにお礼を告げ、俺はありがたく椅子を使わせてもらうことにした。
心なしか不満げながらも安堵の表情を浮かべる天音。
そんな彼女を、大瑠璃が改めて眺めまわす。
「ふーん……あなた、本当に女の子なのね。私ほどではないけれど、そうして髪型も服装も整えればもう立派に可愛い女子高生じゃない私ほどではないけれど」
二回も言わなくていいっての。しかも二回目ちょっと食い気味だし。
「う、うん。あの、そういうわけだから、改めてよろしくお願いします。大瑠璃さん」
「……ふん。まぁ、いいでしょう。私も今更あなたの事情をとやかく言うつもりはありませんしね。こちらこそよろしくお願いするわ、紫藤君、いえ、紫藤さん」
ぎこちないながらも、大瑠璃と天音は改めて握手を交わした。
会話の切れ目を待って俺は天音に先を促す。
「今日は、大瑠璃に用があるんだよな? 天音」
「あ、うん。一昨日の件について、僕からも直接大瑠璃さんにお礼が言いたくて」
居住まいを正して、天音がペコリと頭を下げる。
「碧人くんから、一通りの話は聞かせてもらったよ。本当にありがとう、大瑠璃さん」
「あら。別に私、あなたからお礼を言われるようなことなんて何もしていないはずだけれど?」
「たしかに直接何かをしてくれたわけじゃないけど……でも、あの時碧人くんが僕の所まで来てくれたのは、大瑠璃さんが碧人くんの背中を押してくれたから、って聞いたから」
「楠木君の弱気な姿が見たくなかっただけよ。あなたを助けたかったわけではないわ」
テーブル端のイチゴパフェを自分の手元まで引き寄せつつ、そんな愛想のないことを言う大瑠璃。
お礼くらい素直に受け取っとけばいいのにな。
ほとほと面倒くさい女王様だ。
「それに、例の動画についても、大瑠璃さんがなんとか解決してくれていたんだよね?」
天音の言葉を聞いて、大瑠璃がジロリと俺を睨む。
口の軽い楠木君ね、とでもいいたげだ。
「いや、別に話したっていいじゃんか。こいつだって当事者なんだからさ」
「……ふんっ」
一昨日、俺がロッシュを飛び出して中華街に向かった後のことだ。
チア部繋がりの友人である小森から「クッキーと会ったよ~」と連絡を受け、大瑠璃も中華街に向かったという。
その後、小森の案内で中華街を歩き回っていたところ、ちょうど清水が浅間たちをコテンパンにのしていた場面に遭遇。
気絶している浅間の指を使って奴のスマホのロックを解除し、奴が流出させる前に
おかげであれから二日が経った今も、ネットやSNS上で俺と天音が晒し者にされている、という事態にはなっていない様子だった。
「だから、それについても含めてお礼を言わせて欲しいんだ。ありがとう」
「まぁ、あなたが本当に女の子だったことで、結果的にあまり削除した意味もなくなってしまったみたいだけれどね。それに、削除できたのだって私一人の功績じゃないわ。お礼なら私よりも、橙子や楠木君の友人だという彼にしてあげることね」
「わかってるって。期末テストが終われば夏休みだしな、せいぜいそこで恩返しさせてもらうよ」
俺はドン、と自分の胸板を叩いて見せた。
意気込む俺の袖口を、天音がちょいちょいと引っ張る。
「もちろん、僕も協力するからね。手伝えることがあったら何でも言ってよ」
「いいのか?」
「当たり前だよ。碧人くん、前に言ってたじゃない。僕たちの間に変な気遣いはなしだ、って。だから遠慮せずに僕を頼ってほしいな。……そ、それに、ほら」
もじもじと人差し指を突き合わせて、天音が上目遣いではにかんだ。
「今の僕はキミの、その、えっと…………か、彼女、なんだからさ」
「お、おう。改めてそう言われると照れ臭いけど……ありがとな、天音」
「えへへぇ。碧人くんのためだもん。キミのためなら、僕はなんだってするよ」
「はは、お前がその台詞を言うと説得力がァァァァァァ!?」
突如として片足のつま先を襲う激痛に、たまらず俺は涙目になる。
テーブルの下で、大瑠璃のブーツのヒール部分が俺の足指を踏みつけていた。
「橙子たちへの恩返しはいいけれど、とりあえず今日一日は誠心誠意、私のための恩返しに勤しんでもらいたいも、の、ね!」
「痛った! わ、わかった! わかったからヒールで踏むのを止めろ!」
「それから紫藤さん? 彼女になっただか何だか知らないけれど、ちょっと楠木君にくっつき過ぎじゃないかしら? 今日は私への埋め合わせが本題、つまり私がメインで、あなたはサブなの。わかったらさっさと楠木君を明け渡しなさい!」
明け渡すってなんだ! 俺の体は俺のものだよ!
「それに、『天音』って! 私を差し置いて楠木君に名前呼びされるなんて生意気だわ! 私のことも『雪菜』って呼びなさいよ、碧人君!」
「強引! いや、お前、今までそんなこと気にしてなかったじゃん!?」
「ええそうよ。男友達同士だと思ってたからね。でも紫藤さんが女の子なら話は別よ! そうよね、紫藤さん?」
「うっ……」
大瑠璃の迫力に気圧されて、天音が一瞬硬直する。
そのまま言われた通りにスッと俺から距離をとる……と思いきや。
袖口を掴んでいた手をやにわに俺の腕に絡ませ、天音は逆に距離を詰めてきた。
「た、たしかに大瑠璃さんにはすごく感謝しているし、今日は大瑠璃さんへの恩返しがメインかも知れないけど……でも、それとこれとはまた別というか……と、とにかく! 碧人くんは僕の……恋人、なので……!」
おお、すげぇ。
あの天音が大瑠璃相手に食い下がっている。
「だから渡さない、と? はっ、関係ないわね。たかが彼女ができたくらいのことで諦められるなら、初めから何回も楠木君に告白なんてしていないわ。私はそんな気を遣って大人しく身を引くような大和撫子な女の子じゃないの。今はそう、一時的に私が彼をあなたに貸し与えてあげているだけで、その気になればいつだって取り立てられるのよ!」
取り立てるってなんだ! だから俺の体は最初っから俺のものだよ!
「そもそも何よ、『僕っ娘』って! そんなのただ一人称を『僕』に変えただけじゃない!」
「そ、そんな単純ものじゃないよ! 一口に『僕っ娘』って言ったって、喋り方とかちょっとした仕草にもちゃんと僕っ娘らしい特徴っていうのがあって──」
俺の所有権を巡る話から始まり、二人の論争はいつの間にやら『僕っ娘とは何ぞや』という話に移り変わっていた。
引っ込み思案な彼女にしては珍しく前のめりになって、天音はあれこれと僕っ娘について熱く語っている。
なんだかテンションが上がった時の俺を見ているようで、ちょっと気恥ずかしい。
夫婦や恋人は似るってよく言うけど、あながち嘘でもないかもしれないな。
「はぁ……わからない」
天音の熱弁に、今度は大瑠璃の方が参ってしまったらしい。
まったく理解に苦しむといった風に、ため息交じりに首を振る。
「本当、楠木君は僕っ娘の何がそんなにいいのかしらね。やっぱり全然、わからないわ」
そう、大瑠璃の言う通りだ。
自分のことを「僕」と呼ぶ女の子なんて、普通の人から見ればまったく不可解な存在なんだろう。
漫画や小説やゲームの中ではともかく、そんなおかしな女の子は、現実社会ではまず受け入れられることはないのかもしれない。
かつて天音が受けてきたような迫害が、いつまたこの先、俺たちの身に降りかからないとも限らない。
(それでも、俺は)
どんなに辛い事があっても、天音が僕っ娘であり続けようとしたように。
きっと俺は、俺だけは、この先何があっても天音のそばに居続ける。
僕っ娘だから……というだけじゃない。
人見知りで引っ込み思案で、でも誰からのどんな嫌がらせにも屈することなく、ただ一人の思い人のために自分を丸ごと変えようとしちまうような。
そんな変わり者で健気な紫藤天音のことが、俺は大好きなんだから。
———あとがき———
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今回のエピソードで「転校早々いじめられていた陰キャ男子を助けたら、超絶美少女な姿に大変身して迫ってきました」の本編は一応終了となります。
とまぁ、本編は終わったのですが、私自身まだまだ天音ちゃんの可愛い姿とか楠木くんたちのイチャラブとか、書いてみたい事は色々残ってるんですよね…。
他の作品の構想もあるのでアレですが、もし作者の気が向いたら、あるいは皆さんからの「続きが読みたい!」という声があれば、番外編とか、いっそ第二部とか、書いてみたいなぁと思っています。
というわけで、少しでも本作が面白いなと思ったら応援コメント、おすすめレビュー、ブックマークなど、作者を応援していただけると励みになります!
改めてになりますが、ここまでご愛読いただきありがとうございました!
Excelsior!
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