第17話 名物料理の店 

「ひゃくものがたり??」


 なぁに、それ?

 と、正室のアザリーナが問う。

 正室主催のお茶会、とは言っても私的なものだが。

 それに呼ばれたナターシャは、会話の流れで男爵領では義姉のミズキが流行らせてしまった、【百物語】という夏の語り聞かせの会があると説明した。

 そのさらに詳しい説明を、アザリーナが求めたのである。


「簡単に言ってしまうと、怖い話を百個持ち寄って一人一人話していく、というイベントです。

 カウントには蝋燭を使います。

 蝋燭を百個用意して、話しが終わる事に吹き消して行くんです。

 ミズキ――義姉あね曰く、百個全部話終わると本物のお化けが出てくるとか」


「あら、おもしろそうね!

 でも、魔法使いでもなんでもない人がやってもお化けって出てくるものなの?」


「どうなんでしょう?

 私が実家にいた頃、兄たちや近所に住む子達と何度かやったことがありますが、別になにも出てきませんでしたよ。

 あ、でも」


 ナターシャはふと思い出した。


「でも?」


「百物語とは別になるんですが、とある怖い話の中にでてきた降霊術、魔法使い的にいうなら召喚術になるんですけど。

 それを実際に試した子達がいて」


 ナターシャは、珍しく歯切れ悪く説明する。


「騒ぎになったらしいです」


「騒ぎ?

 どんな騒ぎだったの??」


「私も伝え聞いただけなんで、本当のところはわからないんですが」


 アザリーナに問われ、ナターシャはそう前置きをして続けた。


「あまり良くない騒ぎだったそうです。

 それは、男爵領のとある幼年学校で起きました。

 放課後、教室に残った三人の女子生徒達が件の降霊術を実行しました。

 そして、一人は泣き叫びました。

 一人はパニックになったかと思うと獣のように唸り声をあげ、学校に残っていた生徒に襲いかかり。

 最後の一人は泡を吹いて気絶してしまったそうです。

 こんなことがあったものですから、その降霊術が登場する話は男爵領で唯一、本として店頭に並ぶことも、ましてや語ることも禁止されることとなりました」


 ナターシャの説明を聞いて、息を飲んだのはそれを聞いていた侍女達だった。

 あの男爵領ですら、発禁になり、さらには語ることを禁じられた話しが存在する。

 そのことが、信じられなかったのである。

 どんなに残酷な物語でも、棲み分けこそされているとはいえ男爵領で読めない物語はないと言われているためだ。


「あら、そうなの。

 じゃあ、その話を聞くのは無理ね」


「えぇ、残念ながら」


 これは、たとえ不敬罪で斬首されてもナターシャは語る気は無かった。

 ナターシャの言葉に、アザリーナは少しだけ残念そうにした。

 しかし、無理やり騒動の元となった物語を聞き出そうとはしなかった。


「でも、百物語とやらは安全なのね?」


「そうですねぇ。

 義姉曰く、百物語を終えるとお化けじゃなくて金貨がふってくる、なんて話もありますね。

 あとは、最後の語り部が立身出世するってジンクスもあるらしいです」


「あら、そうなの」


「でも、今のところ金貨も立身出世の話も聞いたことはないですね。

 だから、安全といえば安全ですね」


 言い切ってナターシャは、用意されていたお菓子に手をつけた。


「でも、ナターシャ。

 貴女はお化けが見えているんでしょう??」


「……へ??」


「陛下を泣かせた時に、そんな素振りを見せたって聞いたわよ」


 おそらく陛下本人がいたら、『泣いてない!!』と強く否定したところだろう。

 アザリーナの言葉に、ナターシャは首を傾げる。

 ナターシャに、そんな能力などない。

 お化けを見たことは、これまでの人生で一度もないのだ。

 そんなことあっただろうか、と記憶をひっくり返す。


(あ、もしかして)


 やがて、【訪ねてきた騎士】を語った時のことを思い出す。


「ン〜」


 言っていいものかどうなのか、迷う。

 まぁ、でも本当のことを言ったところで別に困ることは無かった。


「あの、それ演出のひとつなんです」


 それでも、申し訳なさそうにするのは忘れない。

 怖さを楽しんでもらうための演出。

 そのひとつを、国王の時にも使っただけだ。

 つまり、それっぽい雰囲気を出すためにお化けが見えているように振舞っただけである。

 国王の時は、わざとその背後に視線をやり、なにかが立っているように見せた。


「あら、そうなの」


 種明かし、というほどではないが、そう説明するとアザリーナは少し残念そうだった。

 少しだけ、お化けの容姿に興味があったらしい。

 彼女もなかなか肝が据わっている。

 ただ、一つだけ曲げようのない真実もある。

 怖い話をした後、手を叩いてその音が響かなかった場合。

 その場合、目に見えないなにかがいる、とされているのだが。

 国王の時、最後の最後で試しに手を叩いてみたら響かなかった。

 部屋の防音がよかったからなのか、それとも本当に【いた】のかはわからない。

 それでも、音が響かなかったのは事実だったりする。

 しかし、そのことをわざわざアザリーナに伝えることは無かった。

 目に見えないのだから、本当のことは結局わからないからだ。

 話題は百物語に戻る。


「その百物語は、絶対に百個お話を語らなければならないのかしら?」


 ナターシャは首を振った。


「いいえ、複数人集まって、そうですねぇ。

 私が友人や兄たちと百物語をやったときはせいぜい五個から十個前後の話をしてお開きにしてました。

 雰囲気が出る、ということもあって夜にやる事が多かったですね。

 義姉に聞いた話では、彼女の故郷でこの百物語をやるようになったのも、古い時代に寝ずの番をしていた兵たちがその暇つぶしのために始めた、なんて説もあるらしいです」


 説明した直後、『諸説あるらしいんで、その中のひとつです』とナターシャは念の為付け加えた。


「なるほどねぇ」


 アザリーナはなにやら思案を巡らせている。

 やがて、紅茶を優雅に口にした後、こんなことを言ってきた。


「少しおもしろそうなイベントよね、【百物語】」


「そうですねぇ。好きな人には結構ハマるイベントかと思います」


「ナターシャ、それはやっぱり紙芝居でやらなければならないのかしら?」


「いいえ。

 各々知ってる怖い話や不思議な話を話すだけなので、紙芝居は使いませんよ」


「そうなのね!

 それなら特別な準備は殆どしなくていい、ということかしら?」


「まぁ、そうですね。

 蝋燭は、雰囲気作りとしてはあった方がいいと思いますが」


 アザリーナの口調から、そう言った朗読会のようなことを主催するんだろうなと簡単に想像できた。

 おそらくこの後の展開としては、ナターシャにその語りをやって欲しい、または手伝ってほしいと提案してくるのだろうと思われた。

 そして、それはほぼ予想通りとなった。

 夏の長期休暇を利用して、避暑地に行くこととなっていたのだが、その時の夕涼みにでもこの【百物語】をやってほしいと提案されたのだ。

 正室と第二妃は、かならずこの避暑地への旅行に行くことになっているが、それ以外の側室は人数が多いこともあり希望を募ることとなっていた。

 とはいえ、ほぼ全ての妃がこぞって手をあげ、避暑地へと出かけるのだ。

 だから行くかどうかの希望を聞くのは、ほぼ形式的なものでしかなかった。

 唯一の例外が、ナターシャだった。

 ナターシャはさらさら行く気が無かったのである。

 侍女などから事前にそのことを聞いて知っていたアザリーナとしては、ナターシャにも是非一緒に来てもらいたかったのだ。

 その理由のひとつが、


「ナターシャ姉様、これはなんですか?」


 国王の妹であるヴィクトリア――ヴィー姫の存在だった。

 ヴィクトリアは、語り聞かせの一件から義理の姉の一人であるナターシャにとてもよく懐いていた。

 よく言えば、ヴィクトリアを悲しませたく無かったのだ。

 身も蓋もない言い方をすれば、子守り係の一人として必要だったのである。

 とはいえ、そこに悪意は欠片も無かった。

 避暑地の場所は決まっている。

 王室発祥の地とされる、北にそびえる山脈。

 その麓である。

 初代国王が生まれたとされる場所で、王室だけでなく少し離れた所には貴族の別荘もある。

 夏には避暑で、そして冬にはウィンタースポーツを目的に訪れる者も多いため観光地化されていた。

 そのため、観光客目当ての露店があちこちで軒を連ねている。

 ちなみに、王侯貴族が訪れることもあってか治安はとてもいい。


「おや珍しいですね。

 ヴィクトリア様、それは風鈴と呼ばれるものですよ。

 こちらの国々には無いものですね」


 ナターシャは男爵令嬢だが、こういった知識が豊富だった。

 近隣の国々の歴史や伝説、なんなら様々な国の風俗にも詳しかった。

 それを証明するかのように土産物屋で販売されている見慣れぬ商品にも、詳しいのである。


「ふーりん?」


 ヴィクトリアが興味津々に見ているのは、ガラス細工の土産だった。


「はい。

 島国の言葉で風の鈴、と書いて風鈴と呼ぶそうです。

 発祥は別の大陸にある、別の国なのですが、遥か東の果てにあるという黄金郷と呼ばれる島国では、これを窓際や部屋の出入口に飾り、風が通るたびに鳴る音を聞いて涼むらしいですよ」


 つまり、小型の鐘鈴の一種なのだろう。


「お店でもなんでもない場所に飾るの??

 来客を知らせるわけでも、人を呼ぶでもないの?

 ううん、それよりこのチリンチリンって音だけで涼しくなるの??」


「少なくとも、島国に暮らす人々はその音で涼しさを感じるらしいですよ」


 観光地とはいえ、こんな北の、それも山奥の土産物屋に置いてある物としてはかなり異質のように思われる。

 しかし、これには理由があった。

 この山をぐるっと回った裏手には、巨大な港があるのだ。

 いわゆる不凍港である。

 近年、道の整備が進んでこういった珍しい異国の品も運ばれ、店先に並ぶようになったらしい。


 昼間はそんな感じで観光を楽しんだ。

 そして、夜。

 秘密の語り聞かせの会が催されることとなった。

 妃たちが思い思いに過ごす中、主催のアザリーナが手配した部屋に、ナターシャとリリア、そして怖い話が好きになってしまった側室数名が集められた。

 その側室達に仕える侍女も、壁際に控えている。

 国王はヴィクトリアと共に、ひさりぶりの兄妹水入らずの時間を過ごしているはずだ。

 雰囲気を出すために、灯りは大きな蝋燭が一本だけ部屋の中央に置かれている。

 その中央の椅子に座って、ナターシャがゆっくりと口を開いた。


「それでは、今宵の百物語を始めるといたしましょう。

 最初なので、短めのものにしますね。

 最初の物語は【名物料理の店】です」


 心做しか、その声は老婆のようにしわがれているように聴こえた。

 ゆらゆらと、蝋燭が揺れる。

 その度に、ナターシャの顔の陰影もゆらゆらと不気味に揺れた。


「昔昔、男爵領でそれはそれは評判の大衆食堂がありました。

 店主の腕が良かったのでしょう、店は毎日大盛況でした。

 とくに、肝臓レバー料理が名物として有名でした。

 しかし、ある日のことです。

 その日も大盛況だったのですが、なんということでしょう。

 材料が無くなってしまったのです。


 これでは今日の営業は終了だ。


 そう店主が考え、店を閉めようとした時です。

 ドヤドヤと、次から次へとお客さんが店に入ってきてしまったのです。

 さぁ、大変です。

 このままでは、せっかく来てくれたお客さんを悲しませてしまうことになる。

 店主は困り果てました。

 食材を買い足しに行こうにも、そちらのお店は閉店している時間だったのです。

 お客さん達の方も、空腹でイライラしているのか何故料理が出てこない、と暴れ始めました。

 テーブルや椅子を蹴り飛ばし、悪態をつき、給仕として雇われている娘にも恫喝を始めました」


 そこまでナターシャが語った時、


「いや、客層悪すぎでしょう」


 そう呟く者がいた。

 リリアの侍女である。

 あの肝の据わった侍女だ。

 その侍女に様々な視線が注がれる。

 ツッコミに軽く笑う者、睨む者、あとは同意を示す者と本当に様々だ。


「飲食店だと、それなりにあることみたいですよ?」


 ナターシャも慣れているのか、さらりと切り返した。

 そして、続きを語る。


「店主は、逃げるように店を出て商店街へと急ぎました。

 給仕達には、


 俺みたいなオッサンが相手するよりも、若い子の方がまだ揉めないから。


 と言いおきました」


「最低な店主ですね」


 またも肝の据わった侍女が呟いた。

 ナターシャは再度繰り返す。


「サービス業だとよくあることらしいです」


 実際よくあることなので、それ以上のことは言えなかった。


「続けますね。


 しかし、案の定どの店も閉まっていました。

 途方に暮れた店主は、顔を伏せトボトボと来た道を戻り始めました。

 その店主の耳に、なにやら音が聞こえて来るではありませんか。

 ぎし、ぎし、という鈍い音です。

 それは、太い縄がなにか重いものをぶら下げ、風に揺られた時に奏でる音でした。

 ふと、店主が顔を上げました。

 そこに、月光に照らされ、夜風にブランブランとまるでブランコのように揺れている死体がありました」


 語られた光景を、その場の全員が幻視する。

 昼間、ナターシャとヴィクトリアが見ていた風鈴と関連付けた者も居たようで、それこそ風鈴が揺れるかのようにブラブラと揺れている死体を幻視する者もいた。

 しかし、ナターシャの話をそれなりに聞いてきた者たちなので、さすがに悲鳴は上がらなかった。

 第二妃のカタリーナとその取り巻き達だったなら、泣いていたかもしれない。


「店主は閃きました。

 そして、そのゆらゆら揺れている死体から肝臓レバーを切り取って持ち帰ることにしたのです」


 さすがに妃たちの中にも顔をしかめる者がいた。

 しかし、そんなこと構わないのが肝の据わった侍女である。


「切羽詰まり過ぎでしょ、店主」


 その場の全員の心の声を、彼女は代弁した。


「まぁ、お話ですから」


 ナターシャは苦笑した。


「お店に戻ってきた店主は、手に入れた肝臓レバーを早速調理しました。

 お客さん達は、その肝臓レバー料理を、美味い美味いと言ってペロリと平らげてしまいました」


 ガチで食わせたんか、と妃達の顔が引き攣る。

 その中にあって、アザリーナはニコニコと楽しそうに語りに耳を傾けている。

 リリアも楽しんでいるようだ。


「さて、その日の真夜中のことです。

 お店の片付けをしていると、店の扉をトントン、トントン、と叩く者がありました」


 ナターシャの語りの声が、低く、不穏になっていく。

 ドキドキと妃たちが続きを待つ。


「店主は、こんな時間に誰だろう、と扉をあけました。

 そこには、坊主頭で二つの目が失われた死人が立っておりました。

 その腹には傷がありました。」


 ここで妃たちは、あれ?となる。

 死人が現れたにしては、なんというかいつものような怖さが無い。

 いや、あるにはあるのだが、こう、なんというか静かなのだ。


「店主は死人に問いました。


 なんでお前には髪の毛がないの?


 死人は答えました。


 イタズラ風が吹き飛ばしたのさ。


 さらに店主は聞きました。


 なんでお前には目玉がないの?


 死人は答えました。


 カラスがつついて食べちゃったのさ。


 店主は最後にこう聞きました。


 そこにあった肝臓はどうしたの?


 死人がじろりと店主を見て、答えました」


 そこでスうっと、ナターシャは息を吸い、吐き出すように大きな声で叫んだ。


「お前たちがたいらげたのさ!!」


 とても不気味な、恨みと憎しみの籠った叫びだった。

 ひぃっと、側室の何人かが悲鳴をあげた。

 と、同時に、部屋の扉が開いた。


「何をしてるんだ!!」


 現れたのは国王だった。

 二度の驚きに、ナターシャ、アザリーナ、リリアを除いた側室達がパニックになった。


「いやぁぁぁぁ!!??」


「食べてません!!

 私たち食べてません!!」


「ひぃいいいい?!!」


 悲鳴が飛び交い、阿鼻叫喚とはこのことか、という光景が繰り広げられたのだった。

 百物語の夜は、始まったばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

側室令嬢の怪談語り ぺぱーみんと @dydlove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ