第4話 ウソだよね?

 すっきりと目が覚めた。仰向けの状態でベッドの上部の棚を見る。目覚まし時計は午前九時を回っていた。日曜日もあってのんびりと上体を起こす。

 座った状態でぼんやり過ごして頭に手を当てる。寝癖はできていなかった。軽く伸びをしてベッドから下りた。

 パジャマ姿で部屋を出てキッチンに向かう。ペタペタと素足で廊下を歩いてドアを開ける。

 見つけた母親の後ろ姿に、おはよう、と朝の挨拶をした。

「おはよう。トーストでいいよね」

「それでいい。あとベーコンエッグも」

 言いながら椅子を引いて座る。食卓に置かれたリモコンに手を伸ばし、テレビを点けた。適当にチャンネルを変えるとニュース番組が目に付いた。

「これって」

 先週、家族で訪れたキャンプ場が映し出された。猟銃を手にした三人の足元に黒い物体が横たわる。胸に三日月模様があった。

「そんなの、ウソだよ」

 私は立ち上がった。震える身体で走り出す。背中に、どこ行くのよ、と母親の声が飛んできた。

 答える時間が惜しい。自室に駆け戻り、パジャマを脱ぎ捨てた。Tシャツとズボンを合わせてウィンドブレーカーを引っ張り出す。学習机の引き出しから財布を掴んで玄関へ急ぐ。

「いってきます!」

 怒鳴るように言って私は家を飛び出した。


 心の中に思いが渦巻く。受け入れられない事実に否定の言葉を全力で投げつける。それはことごとく跳ね返って自分を傷つけた。

 私のせいで熊さんが撃たれた。

 キャンプ場に着くと涙が流れた。封鎖された扉を無視して大きく回り込み、山に踏み込んだ。うろ覚えの方向に突っ走る。へとへとになるまで手足を動かした。

「また、だよ」

 適当な木の根を見つけて座り込む。再びの遭難であった。

 辺りを見回した。似たような風景にうんざりする。正しい方向がわからない。渓流の位置もはっきりしない。熊が拠点にしているところは最初から知らなかった。

 一つのことに囚われて、なにも見えなくなっていた。悪い癖を自覚して笑った。

「もう、なんなのよ……」

「人間臭いと思ったら、またか」

 後ろから呆れたような声を掛けられた。私は目を剥いて振り返る。

 見た瞬間、胸の中に渦巻く感情が爆発した。前につんのめるようにして立ち上がると鼻先に抱きついた。

「生きてるよぉ」

「顔はやめろ。人間臭い。少し離れろ」

「人間に、撃たれたと、思ったじゃないのぉ」

「だから鼻に押しつけてくるな」

 熊は空を仰ぐように仰け反る。私は泣きながら笑って抱き締めた。


 落ち着いた頃、私は熊の背に乗った。

「この俺がそう簡単に撃たれるわけがないだろう」

「だって、テレビだと同じに見えたんだもん」

「俺は鼻筋がすっきりして毛並みが良い。この界隈かいわいでは男前の熊で通っている。それを見間違えるとは情けない」

 熊は顔を左右に振りながら熊笹を突っ切る。

「見分けられなくてごめん! あと人間臭くて悪かったね!」

「温泉に浸かれば平気だ。ほら、渓流に出たぞ」

 視界が開けた。熊は斜面を軽々と下る。

 渓流を横目にして上流へ向かう。目の前に丸い露天風呂が見えてきた。

「今回はのんびり入っていられるぞ」

「……うん、そうだね」

「どうした?」

「そ、その、少し恥ずかしいかも……」

「前は平気だったよな」

 問われた私は顔が熱くなった。

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運のツキノワグマ 黒羽カラス @fullswing

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