【和訳】メイク・ミー・ルーズ・コントロール【意訳】

スーパーボロンボロンアカデミィー

メイク・ミー・ルーズ・コントロール


 

 ポマードをつけた髪をくしでうしろに撫でつけ、サイドミラーに映るいい男にウインクをひとつ投げかける。


 うん。我ながら、いい男だ。

 ……なあ、君もそう思うだろう?


 そう心の中でつぶやいて、ジェニファーに流し目を送る。


 けれど彼女は、俺のことなんてちっとも見ないでラジオに夢中だ。


 こんなにいい男がとなりにいるっていうのに、ひどいものだね。


 そんなことを思いながら、俺はクラッチを強く踏み込んだ。


 キーをまわすと、ブオンと派手な音を立てて、エンジンがかかる。



「さあ、行こう。」


 

 いい男に、オープンカーはよく似合うだろう?


 まあ、この車はジェニファーのパパのもので、今日のために借りているだけなんだけどさ。


 俺はハンドブレーキを下ろして、ギアをセカンドに入れた。


 ……あれ、おかしいな?


 カッカッカッという音とともに、エンジンが止まってしまった。


 エンストさせてしまった。

 

 ジェニファーはそんな俺を見て、意地が悪い顔をして笑っている。


 かっこつけようと思ったけれど、慣れないことをするもんじゃないな。


 よし、仕切り直しだ。


 もういちど、キーをまわしてエンジンをかける。


 ギアをセカンドではなく、ファーストに入れる。


 すると、こんどはきちんと車が動いた。


 そのまま、俺たちは通りへ飛び出す。


 車の中から見た街の色は赤くて、まるで、炎に包まれているかのようだ。


 きっと、真夏の熱気に当てられているんだろう。



「ラジオ、つけていい?」

「いいよ。」

「オーケー。」



 ジェニファーは白い歯を見せて笑って、ラジオをつけた。


 ステレオからは、ロイ・オービソンのアップタウンが流れている。


 すこし、昔の曲だ。

 俺たちが生まれるより前にリリースされた、ラブソング。


 小気味のいいメロディをバックミュージックに、俺たちは肩を寄せ合って、車を走らせる。


 この歌のふたりが、いつの日かそうしていたように。


 なんて、クサすぎるかな。


 それでもいいんだ。

 だって俺たちはまだ若いんだから。


 若い俺たちの情熱を、この真夏の熱の中に隠して、車を走らせるんだ。


 重なりあったふたつの熱は、車を走らせたときの風なんかじゃ、決して冷めることはない。



「(やばいな……。)」



 ラジオから流れる甘いサウンドに身を任せていると、どうしてか変な気分になってくる。


 君がこんなに近くにいるせいかな?


 だいぶ陽は落ちたとはいえ、まだ外は明るい。それなのにもかかわらず、俺はまともじゃない。破廉恥だ。


 でも、この気持ちがずっと続けばいいと思っているんだ。


 俺はおかしくなってしまったんだ。


 君のせいだよ。


 君の瞳をみると、俺はまともじゃ居られなくなるんだ。


 陽が落ちるとともに、その情熱はどんどん大きくなっていくんだ。


 もう、我慢ができないよ。


 

「ダメよ。」



 隣に座るジェニファーに手を伸ばすと、パシンと手を叩かれてしまった。


 君も同じ気持ちでいてくれるとばかり思ったのに、どうやら、俺ばっかりその気でいたみたいだ。



「今はまだ、ね。」



 いたずらっぽく笑う君の瞳は、これから起きる出来事に、どこか期待をしているように見えた。


 俺は、オープンカーの屋根を開けて、月にいちばん近い公園まで車を走らせる。


 七月の熱い風が俺たちの髪をなびかせるさまは、まるで炎が燃えているようだった。



「ソウ・ダーリン・ダーリン」



 ジェニファーが口ずさんでいるのは、スタンド・バイ・ミーだ。


 サビの前でダーリンダーリンと盛り上がるこの歌を、この間ジョン・レノンがテレビで歌っていたっけ。


 レノンのファンの君は、この曲をぜんぶ歌えるんだ。


 でも、ほんとうのスタンド・バイ・ミーはベン・E・キングの曲なんだ。


 スタンド・バイ・ミーそばにいて

 スタンド・バイ・ミー俺を支えて


 いい曲だ。

 まるで、いまの俺の気持ちを代弁しているような。


 我ながら、浮かれすぎていると思う。

 

 ああ。俺は彼女に恋しているんだ。


 こんな気持ちになったのはじめてだ。


 恋をするって、こんなに幸せなことだっただろうか?


 それとも、まだこれははじまりにも過ぎないのだろうか?


 ああ、君が好きだよ……。


 

「……ねえ、こっちにおいでよ。」



 そんなことを考えていると、丘の上の公園に着いた。


 車を停めて、サイドシートの君に向かってそう言うと、君は俺の手を取った。


 バックミュージックは、ロネッツのビー・マイ・ベイベー。


 チークタイムにふさわしい、ダンスナンバーだ。


 君は俺の腕に、肩に、首に。

 そして、頬に触れる。


 君に触れられたところがぜんぶ、熱いよ。


 その熱が、俺をおかしくするんだ。



「ねえ、キスしてよ。」

「うん……。」



 どうやら君もそういうつもりみたいで、すこし恥ずかしそうな顔をして、そう言った。


 バックミュージックはまた、バック・イン・マイ・アームズだ。


 俺は、この歌のとおりに、君を抱きしめるんだ。


 すると、君は目を閉じた。


 だから俺は、もうどうしようもなくなって、君にキスをしたんだ。


 この夜が、ずっと続きますようにって、お月様に祈りながらね。

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