奇襲

 蟲魔コクーン『ハダニ』はシロカブリの残骸に留まっていた。

 ここでは『瘴気』が溢れている。まるで自分の領域テリトリーだと主張しているかのようなシンボルで佇んでいた。

 獲物が居なくなったところで、特に追ってくる様子はなさそうだ。あくまでも、自立行動を保ち続けていることに徹して、場の『瘴気』を一定に広げる。

 すぐにでもここは『瘴気』に満ち溢れ、次の場所へと移るだろう。そうなれば『瘴気』が結界樹にあてられ、効力も失うことになり、さらに農作物が病害虫によって枯れてしまうのだ。

 と、蟲魔コクーンにコツン、と何か当たった。

 梅の種。

 そして、真っ直ぐこちらに向かって来る影。梅咲初名が黒い竹に紫電を纏わせて突っ込んで来たのだ。

 やはり、すぐさま獲物を捕えるように『ハダニ』は臀部の苔の生えた泥団子状から根が飛び出す。根は触手のように操り、初名に襲いかかった。

 初名は黒い棍棒、禍具夜に紫電を纏わせ根を焼き切る。

 繰り出す根の猛威が行手を阻む。これではまたしても一進一退の攻防だ。

 夥しい根が初名を攻撃に集中している。

 そう、彼女にだけ集中していた。

 蟲魔コクーンの真上はガラ空きだったのだ。

 つまり、


 星雪香輔が空から『ハダニ』へと一直線に落ちてくる奇襲攻撃。


 根の網目状をかいくぐるためには、囮が必要だった。初名が突っ込む事で、防衛本能により根を繰り出す蟲魔コクーンを彼女に集中させる。

 そこから奇襲をかけるように、香輔は種を座標に飛梅の豊穣術、『樹木移植』で上空からの追撃だった。

 ……また涙目になったのは内緒の話。

(叫ばなかった自分を褒めたい……)

 香輔は真上から『ハダニ』の臀部である、苔の生えた泥団子に降り立った。

 狙うはその土壌タンクの中にある『核』。いわゆる球根だ。それを取り出せば植物の機能は止まるはず。

 香輔の手を土壌タンクの中に突っ込む。思っていたより柔らかく、何も抵抗は無かった。

 手探りで土の中の『核』を見つけるのは容易だった。彼の自然能力セレスは植物の特徴と生体を知る。『ハダニ』の形状を把握する事で、大体の場所は分かっていた。

(っ、これか!)

 それに触れた時だった。

 なにか、頭の中に流れて入ってくるような感覚。いや、記憶の中から不意に蘇ったような現象だった。

「……」

 それは、何を意味するのか、どう言うわけでそうなったのか。理解できていた。

 自分の記憶が、閉じ込めた種から芽吹き、花が咲くように気づき始める。

(どうして、今……)

 そう、気付いたからこそ戸惑っていた。

 彼が、忘れていた記憶を。

「……、!」

 そもそも、考えている猶予は無かったのだ。

 一瞬の間が隙となる。

「! しま––」

 臀部に乗った香輔に根が襲いかかる。身体に絡みついた根は自然エネルギーを吸い取ろうとする。

「コウちゃん!!」

 初名が叫ぶと同時に紫電を黒い棍棒、禍具夜と自分に纏わせ、パンッッ!! という破裂したような音が鳴り響く。

 一瞬で香輔の元へと行き、絡めようとする根を切断させる。

「どうしたん!? 作戦失敗?!」

「ごめん。……僕のミスだ」

何故、今思い出す理由があるのか、それを詮索するのは後だ。

 尚も『ハダニ』は根を操り襲いかかる。

 初名は飛梅を使い香輔を抱えて、驚異的な脚力でジャンプする。

「初名、禍具夜を貸してくれ! 時間がない、僕がやる!」

 これ以上、初名の負担をかける訳にはいかない。香輔なら『ハダニ』を倒すよりも、撃退するぐらいは出来るはずだ。

(少なくとも今の力なら、飛梅と禍具夜さえあれば何とかなる。だったら)

 自然エネルギーを蓄えるように、香輔の身体は翡翠のオーラ発現する。普通なら目に見えないはずの自然エネルギーを初名は確かに視認した。

「待って!」

 彼女は叫んだ。

「コウちゃんがその力をつこたら使ったら代償が……!」

「そんなこと言ってられない。初名こそ能力を使いすぎると『瘴気」が溢れるだろ? 時間をかけたら『ラタトスク』に勘づかれてしまう」

「っ! わえは、まだ……!」

「初名。今はとにかくアイツを退けよう。それだけで充分なんだ」

 空中から地面へと着地にしたが、蟲魔コクーン『ハダニ』の繰り出す猛威は止まない。初名が黒い竹、禍具夜に紫電を纏わせ、根を焼き切る。

「だったら、わえの能力をつこて!」

「……は?」

「コウちゃんなら、わえの能力を上手くつこえる使えるもしれん! 蟲魔コクーンに通用するはず!」

「出来るわけないだろ!」

 初名の能力は蟲魔コクーンによるもの。確かに香輔の自然能力セレスならば、彼女の能力を使いこなし、『ハダニ』に対抗出来るかもしれない。

 しかし、そうなれば。

(初名を利用するのはダメだ。それを許せば、彼女の戦う理由を認めてしまう)

 梅咲初名は蟲魔コクーンであり蟲魔コクーンを殲滅する天敵となる。

 それが存在意義であり、彼女の存在理由。

 香輔は認めたく無かった。本当は戦ってほしく無かった。

 梅咲初名が『人』でいるように。

「お願い! わえにみんなを守る力を貸して!」

「……っ」

 下唇を噛む。

 最悪の事態を避けるべきだった。

 いつかはこうなることを解っていたはずだ。彼女の使命を果たすには避けられない運命だと。

 彼女の信念は揺らがない。

(初名が望むなら)

 それは彼女の願い。

(僕の力をキミに捧ぐ)

 香輔の願いは、

「初名、力を貸してくれ」

「ええよ。存分に暴れちゃおう」

 いつだって味方でいることだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界樹に仇なすキミへ、 竜馬 @ryu_ma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ