飛梅
梅咲初名が
「……初名」
彼女は戻って来てしまった。
守るべき人が目の前に。ぐっ、と香輔は唇を噛む。
「なんで……」
(キミの力を使わせるわけにはいかない)
「なんで戻って–––」
「あほー!! わえが戦う言うとるやろー! なんでコウちゃんはいつもいつも自分勝手にぃぃぃ!!」
「…………あ、いや、今は、そんな場合じゃ……」
憤慨する初名に気後れする香輔。まさか、『あほ』なんて言葉を投げられるとは思っていなかったのだろう。
だが、香輔たちのスキを与えてくれる
蜘蛛のようなツギハギ植物が苔の生えた泥団子から根を繰り出し初名を捕縛しようとする。
「天雷梅!」
その声に応じるように、初名の手に持つ、棍棒に紫電の激しさが増す。
黒い棍棒……禍具夜。
竹であるそれは、病害虫に侵されるほど、黒く、丈夫になる魔豊植物だ。
禍具夜をバトンのように振り回し、バチッ、バチッッッ!! と、根を電熱で焼き切る。
だが、目的の獲物が現れたのか、根を繰り出す量が多すぎる。
(ダメだ。このままだと)
数の暴力で押されてしまう。
(ジリ貧になってしまう初名が圧倒的に不利だ)
「初名! 逃げるぞ!」
「っ、コウちゃん!?」
根を切断するのに、苦戦している彼女に呼びかける。
「コウちゃん。わえは!」
「一旦、ここから離れるだけだ! 手数が足りなすぎる」
「……っ、わかった」
やはり、腑に落ちないのだろう。反論する余裕すらない初名は、苦渋の表情を見せた。
(とにかく、今は距離を置いて初名を
「初名! 飛梅を!」
香輔ならば飛梅を使い、
だから、飛梅を受け取ろうと初名の元へ手を伸ばす。
だが、
迫り来る根の津波を背に、初名も香輔のもとへと走り出す。
二人の手が触れる瞬間だった。
何故か、香輔の身体にグンッ、と。何かに抑えられる衝撃が起こった。
そして、香輔の眼前に映ったのは、
青空だった。
大空広がる景色は地平線まで目に映った。だが問題なのは、地面に足がついているわけでもなく、空中に浮いているよりも。
浮遊落下。
つまり。
「お、」
高度三〇〇〇メートルからのダイビングだ。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァ‼‼」
ようやく理解に追いついた香輔は、口から心臓が飛び出るほどの大絶叫を吠えた。
自由落下に、なす術もなく手をバタつくだけだった。そのまま重力に従うだけで、地面に到達するのは眼に見えている。完全無防備の空中ダイビングだった。
「摑まって!」
「ギャャャァァァァァ‼」
返事する代わりに情けない悲鳴が響いた。
落下途中で手を引いた初名は、香輔の肩と膝裏を抱える格好となる。俗にいうお姫様抱っこだった。
されるがまま、むしろ抱きしめるような格好で香輔は地面に到達するまで絶叫は続いていた。
◇
「ハァ……ハァ……」
さっきまでの空中遊泳がまだ体に染み込んでいるのか、震えが止まらないでいた。ぐったりしている。
地面に到達する瞬間、衝撃を受けずにまるで猫のように、着地に成功したのだった。
「ば、ばか! 飛梅は僕が使う意味で叫んだんだ」
「せやけど! あの状況やと、わえが使った方が早いやん!!」
何故か逆ギレされて、呆れる香輔。
いや、そこじゃない。初名と
とにかく、引き返すべきだと判断した。
「……初名、お願いだから戻ってくれ。多分、『ラタトスク』の人員が来るはずだ。キミを
梅咲初名の能力。それは、
「初名の力はここで使うべきじゃない」
そう、彼女の力は、
「お前が
彼女の纏う紫電は
香輔は声を荒げて。
「お前のやりたい事はこんな事じゃないはずだ!」
「わえは……、これが使命やと思うから」
「……初名?」
「ううん。違う。これがわえの生き方なんよ」
うつむいた彼女の顔がよく見えない。
「わえなら大丈夫だから」
そんな事を言いながら、黒い棍棒。禍具夜を手に、再び飛梅を使役しようとする。
「初名! ダメだ!」
初名の腕を掴んで引き留める。
「お前一人で相手する必要はないんだ。『ラタトスク』を呼ぶまでの時間稼ぎだけでいい。なのに、何で戻ってきた!?」
「わえには天雷神の恩恵があるし、コクーンに対抗できる」
冷静に答える初名に、香輔はさらに声を荒げる。
「だから、戦う必要はないんだ! 初名、お前の使命はそんなんじゃあ無–––」
「大丈夫」
一言。
たった一言で遮り、不覚にも彼を安心させる言葉だった。
「大丈夫やから」
彼女は笑みを浮かべて、もう一度言った。
(……違う)
香輔は躊躇う。
(僕が守りたい笑顔はそれじゃない……)
初名はこれが使命だと言う。それが、彼女の存在理由。否定をしたい香輔は彼女には届かない。
だけど、誰よりも味方でありたかった。必ず立ちはだかる運命に抗いたいと彼は願った。
梅咲初名は違う。
そう、彼女は徹底的に違うのだ。
自分が
梅咲初名という女の子は、絶対に世界を裏切らない。
香輔は断言できる。
それは、『
香輔は口を開いた。
「やだ」
つい、漏らした言葉。
拗ねる子供のようだった。
「これはプライドじゃなくて、初名が一人で背負う必要ないから。だったら、僕も連れて行け。僕の
「……でも根っこで吸い取られていたよね」
「あ、あれはちょっと油断しただけで……。と、とにかく、僕も行くぞ。次は考えがあるんだ」
諦めたのか、初名は溜息をつき。
「考えって……具体的には? 蜘蛛の巣みたいな根っこで近寄れやんよね」
「確かにツギハギ植物の根っこは
香輔は端的に答えた。
「飛梅を使う」
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