オトギ王子と魔法の王冠

小林六話

オトギ王子と魔法の王冠

 ツイングル王国は自然とメルヘンに溢れる夢の国である。この国には昔から国を守ることが出来る魔法の王冠が存在しており、それは代々王冠に選ばれた女王のみが引き継ぐことができ、男性は王冠を継承することが出来なかった。そんな伝統あるツイングル王国に前代未聞の出来事が起こった。ツイングル王国の女王は双子の男女を授かったのだ。王族で双子が生まれた前例はなかった。そして、さらに前代未聞なのはプリンセスが自由人であったことだった。



 ツイングル王国キルシェ城、静かな庭園で美しく、長い髪を持つ少年、オトギは本を読んでいた。そこへ、オトギと同じく美しい髪を持った少女、ドウワが駆け寄ってきた。

「オトギ!」

 銀のティアラを輝かせたドウワの笑顔はそれよりも輝いていた。

「ドウワ・・・また、城を抜け出してきたの?」

「えぇ!素敵だったわ!オトギ、あなた知っていた?焼き立てのパンはとてもいい香りがするのよ!城では本当の焼き立ては見たことないじゃない?私、パン屋さんになってみたいわぁ」

「ダメじゃないか、ドウワ。君は次期女王だ。もっと国をよくする勉強をしないと」

 オトギが本を閉じて、恋する乙女のような瞳をしているドウワを見る。ドウワは口を尖らせてオトギの前に座った。

「私、思うのだけど、オトギが王冠を継ぐべきよ」

「無理だよ。僕は男だから、継承できない。ドウワじゃないと、あの王冠はお母様の頭から離れない」

「でも、あなたはこの国をよくしたいっていつも言っているじゃない。その証拠にその本は兵士達が町の人々から聞いた町の不安をまとめたもの、そして、その髪」

 ドウワはオトギの綺麗な髪を指さす。

「女の子のように美しく長い髪があれば、男でも継承できるのではないかと伸ばしているじゃない」

「これは・・・・もう、切るのが勿体ないだけだ。そんな夢はもうないよ」

「私は受け継ぎたくないの。私は町でたくさんのことを経験したいわ。森にだって行きたいの」

「少しは女王の娘という自覚を持ちなよ」

「いや。私にここは窮屈だわ」

 ドウワはオトギの肩に手を乗せ、いたずらっ子のように笑った。

 

自由って素敵なことなの あなたは知っているの?

青空の下、思いっきり走り回ってみたいわ

花冠を作って、子犬にプレゼントするの

汚れるのなんか気にしない 

だって自由だから


ダメだよ、君は姫だから どうしてわからないの?

国のために、国民のために勉強をするのさ

国民の意見を聞いて、国を良くしなくちゃ

後継者の自覚をもって

素晴らしいことなんだよ


いやよ、いや

どうして?

私の夢は違うの

君の夢?

自由になりたい、あなたにだって夢があるでしょ?

僕の夢は一生叶わない

叶えるのよ

無理さ

叶えられる、進むのよ

進む?

自由の未来は来てくれないの、私達が行かなくちゃ

本気?

迎えに行くのよ、私達の夢を


 ドウワはオトギから手を放して、くるりと回って芝生に寝転んだ。

「城の窓から見る空は狭いのよ。でも、こうやって寝転べば、こんなにも空は広く見える。それを自由は教えてくれたのよ」

「ドウワ、僕はやっぱり」

「ドウワ様!」

 オトギの言葉を使用人が遮った。

「また、そんなところに寝そべって!いけませんよ!」

「いいじゃない、これが普通なのよ」

「いけません!」

「はいはい、わかったわよ。それより、何か用?」

「そうでした!女王様がお呼びです!」



 輝く王冠をのせた女王、メルヘンの目は吊り上がっていた。

「なんです、その格好は。また、芝生の上で寝たのですか」

「そうよ。お母様、何度も言うけどこれが普通なのよ」

「いいえ、あなたは普通じゃないのよ。あなたはもうすぐ女王になるのですから」

「・・・・どういうこと?」

「私はもう女王の座をひこうかと思います」

「それって」

「あなたがこの王冠を受け継ぐ日も遠くないわ」

「嫌よ、お母様。何度も言うけど、私にここは合わないのよ。オトギの方が向いていると思うわ」

「ダメよ、あの子は男の子だから」

「遠い昔の約束を守ってばかりじゃ、変わらないのよ」

「いい加減にしなさい。あなたは女王になるのよ。明日から女王になるために勉強してもらいますからね」

「いい加減にするのはお母様よ!お母様は私達のことを理解していないわ!」

 ドウワは扉を開けて飛び出した。

「ドウワ!」



 オトギは閉じこもってしまったドウワの部屋の前にいた。

「ドウワ・・・僕だよ。開けてよ。何があったの?」

 オトギが優しく声をかけると、眉を下げたドウワが扉を開けた。

「こっちに来て」

 ドウワはオトギの手を掴んで、ベッドの上に乗った。

「私は女王になるみたいなの」

「えっ!お母様はもうドウワに王冠を・・・」

「でも、私は嫌」

「そんな、嫌と言っても無理だろう」

「いいえ、無理じゃないわ。ねぇ、私とあなたは顔がそっくりよね?」

「そりゃ、双子だから」

「髪質も体型も同じ」

「やめてくれ、気にしているんだから」

「お母様は国の事ばかりで、小さい頃から私達の世話はメイドに任せていたわ。だから、私達の事、見分けがつかないわよ」

「・・・・・・ちょっと待って、まさか」

「その、まさかよ」

「無茶だよ。確かに僕らはそっくりだ。でも、声が違う」

「私はお母様に理解されないショックで声をだせなくなってしまったわ。これでいいでしょ?」

「僕にずっと黙っていろってこと!?」

「大丈夫よ。しばらくして、正体を明かせば、男の子にだってこの国を統治することは出来ると証明できるわ」

「ドウワはどうするの?」

「私はオトギになってこの城を出る。男の子でも王様になれるような場所に行くって手紙を残してね」

「でも、無謀だよ、無理だよ。ドウワは大事なことを忘れているよ。王冠は女の子の上でしか光らない。これは絶対だ。僕の上じゃだめだよ」

「大丈夫よ。すぐ女王になるわけないわ。お母様は私を女王にするために色々教育をしてから、王冠を渡すつもりよ。あなたはそこで自分の力を発揮すればいいの」

「でも」

「私でも無理だとお母様にわかってもらえるのなら、私にとっては嬉しいことよ。というか、まず女の子じゃないと王冠は継承されないって誰が決めたのよ。あなたが受け継ぐことができたら、そんな決まり事、嘘だったことになって、あなたのように夢を諦める人もいなくなるわ。この無茶苦茶な伝統を壊して」

「そんな無茶な・・・」

「オトギ」

 ドウワは真剣な目でオトギを見た。

「夢を、あなたにとっての自由を諦めるの?」

「えっ」

「このままじゃ、あなたにあの王冠は無理よ。変わるには行動しないといけないの」

「・・・・・・行動・・・」

「そうよ、私達は夢を叶えることが出来る」

「・・・・・わかった。でも、怪我とかしないでよ」

「大丈夫よ、当たり前じゃない」

「うん」

「私からも約束して。必ずオトギの夢を叶えて」

「うん」

 ドウワはオトギの手を強く握った。そして、微笑む。

「頑張るのよ」

「ドウワ?」

 ドウワはオトギの手を放すと、ドレッサーから鋏を取り出した。そして、美しかった髪を切ってしまった。

「ドウワ!?」

「いらないから。この髪はオトギだけでいいの」

 ドウワは切った髪を丁寧に集め、鞄から出した二枚の手紙と共にオトギに渡した。

「手紙はそれぞれ私とあなたの部屋に、そして、この髪はオトギの部屋に置いておくのよ。これを置けば、あなたはプリンセス。私は家出したプリンスだわ」

「わかった」

「ドレスの着方も何もかも、オトギは私を見てきたでしょ?」

「うん」

「任せたわよ。私の最愛の弟」

 ドウワはオトギを強く抱きしめた。そして、オトギの頭にティアラを乗せる。オトギの頭の上でティアラが輝いた。

「・・・・それが輝くということは、きっとうまくいくわ」

 一瞬目を見開いたドウワは、すぐに微笑んで部屋の窓から外に出て行った。



 オトギは身体を揺すられて起き上がった。

「ドウワ様!大丈夫ですか!?」

 心配そうに何人かの使用人がオトギを見ている。オトギは首を横に振った。手にはドウワが書いた紙が握りしめられている。

「まだ、お声が戻りませんか・・・」

 オトギは頷いた。

「あぁ・・・かわいそうに・・・私達も全力でサポートいたします。まずは、ドレスにお着替えを」

 オトギは首をブンブンと振って、騒ぐ使用人達を部屋から追い出した。鍵をかけ、急いでクローゼットを開ける。

「ドウワってこんなにドレスがあったのか・・・・どうせ着るなら、僕の好きなドレスを着させてもらおう」

 オトギは幼い頃からの記憶を辿りながらドレスに着替えた。髪を簡単にドウワのように結い、紙とペンを持ってドアを開ける。

「ドウワ様!なぜ我々を追い出したのですか」

『私は次期女王にさせられるのだから、少しくらい自分の事は自分でしたいものだわ』

 オトギは紙を使用人達に見せた。

「ドウワ様、女王様になる決心がついたのですか!」

 オトギは納得がいっていないような表情をして頷いた。すると、オトギの部屋から別の使用人達が手紙を持って慌ただしく飛び出してきた。

「ドウワ様!大変です!」

「オトギ様が城を出て行ってしまいました!」

 オトギは使用人から手紙を受け取った。

《国を守るのが僕の夢です。しかし、この国では叶いません。僕は夢を追いかけます。探さないでください》

「この手紙だけではありません!あの美しい髪が切り捨てられておりました!どうしましょう!」

『オトギは夢を追いかけたのよ。無事を祈って応援するべきだわ』

「ドウワ様・・・・」

『あの子の夢は私が一番近くで聞いていたわ。彼には幸せになって欲しい』

「そう・・・ですか」

「とにかく女王様にもお伝えしないと」



 女王の答えもオトギと同じであった。王冠を継げないオトギには自由でいて欲しいとのことだ。そして、女王はオトギがドウワと入れ替わっていることに気づかなかった。女王は日々女王になるために勉強に励むオトギに感心し、部屋に招いてはオトギと国について話すようになった。

「ドウワ、この国を良くするにはどうすればいいと思いますか?」

 オトギは王子であった頃に読んだ町の不安を思い出して、紙に書き出した。

『最近、町では様々な噂が流れています。平和なものだけではありません。悪い噂もあります。悪い噂は即刻取り除くべきです。調査団をつくり、町の人々の不安を取り除きましょう。小さいことでも、不安な要素は全て取り除くべきです』

「噂とは?」

『最近訪れた悪い魔女がこの国を気に入って、この国を支配したいと言っているらしいです。その真意を一刻も早く調べないと、町の人々の心は穏やかにはならないでしょう』

「悪い魔女?」

『噂だとこの国を黒く支配し、魔女の国にするとか』

「なるほど、それは良い案だわ。早速実践してみましょう」

「女王様、ドウワ様はそろそろマナーの勉強のお時間でございます」

「えぇ、わかりました。ドウワ、あなたは立派な女王になれますよ」

 オトギは嬉しそうに頬を赤らめた。



 オトギは順調にプリンセスとして成長した。しかし、着替えだけは一人で行い、毎日髪の毛を綺麗に結い、化粧だけはメイドにされ、レディーのマナーを学んだ。仕草も優雅な女性へと進化し、オトギは自分が男性であることを忘れるくらいプリンセス修行に没頭した。気を張ることは多かったが、夢への階段はオトギにとっては新しい世界で、全てが輝いて見えていた。

「プリンセスになれば、僕はこの国を守れる・・・そのために、まずはお母様に褒められるプリンセスにならなければ、僕はドウワと入れ替わった意味がない」

 オトギは毎日鏡の自分に言い聞かせた。鏡の中のオトギの顔は、パン屋の話をしたあの日のドウワそのものだった。



 ある日、隣国から王族が訪ねて来た。隣国の王と女王が会談をしている間、オトギは庭で本を読んでいた。

「ドウワ姫」

 開かれた本が暗い影に覆われ、オトギは顔を上げた。そこには隣国の王子がいた。綺麗な瞳がドウワを映している。

「初めまして、シューナーと申します」

『初めまして、ドウワです』

 オトギは名前を書き、紙をシューナーに見せた。

「やはり、噂は本当だったのですね。筆談でしか会話はできないとか」

『申し訳ございません』

「いえいえ、そんな悲しい顔をしないでください。僕は貴方と会ってみたかったのです」

『ありがとうございます』

「会えて嬉しいです。ですが、残念ながら時間がありません。僕はそろそろ行かなくてはならない」

 シューナーは寂しそうな顔をした。オトギが耳を澄ますと、シューナーを呼ぶ声が聞こえる。

「実は抜け出してきたのです。貴方に会いたくて」

 オトギは首を傾げた。

「貴方の話は父から聞いておりました。自由を愛するプリンセス。僕にもこの暮らしは窮屈なのです。だから、同じ想いを抱く貴方に会いたかった。しかし、貴方に会ってわかりました。貴方は自由を愛しているが、国の守りに従って女王になろうとしています。僕も見習わなければなりませんね」

 シューナーの悲しそうな笑顔にオトギは胸を痛め、俯いた。

「あぁ、すみません!責めているわけではないというか、その、僕はお互い国のために自由を愛しながら頑張りましょうと言いたかっただけなのです」

 慌てて言い直すシューナーにオトギは笑顔を作ってみせた。その笑顔は今にも泣きそうなくらい辛そうだった。

『ありがとう、私も貴方を応援しています』

「・・・・はい。ありがとうございます。本当に貴方に会えてよかった。それは変わりありません」

 シューナーを見送り、オトギは呟いた。

「僕は貴方に嘘をついた・・・・ごめんなさい」

「おやおや、随分と男らしいプリンセスじゃないか」

 突然、オトギの耳元から低い女の声がした。オトギは立ち上がって振り返る。黒いドレスを身に纏った女はオトギが立ち上がった際に落とした本を拾って不敵に笑っていた。

「政治の本・・・随分と勉強熱心だねぇ、自由を愛するプリンセスが改心したという噂は本当だったようだ」

 オトギは目を見開いて女を見つめた。

「何か話したらどうだい」

 女は本を捨て、オトギに顔を近づけた。

「話さないのなら、私にも案があるわよ」

 女はニヤリと笑って消えた。オトギはしばらく動くことが出来なかった。



 その晩、隣国の王族が国に帰った後だった。女王は謎の病で倒れた。死期を悟った女王は二日後、王冠を継承することを決心した。それを聞いたオトギは焦った。混乱する頭の中を片付けようと部屋中を歩き回った。

「お母様が倒れた、心配だ。いきなりどうして・・・」

 オトギは昼の出来事を思い出した。

「あの女の仕業か」

「失礼だね」

 オトギは身構えた。女は月明かりに照らされながら現れた。

「次期女王の名前くらい覚えたらどうだい」

 オトギは女を睨む。

「また、だんまりかい。なら、母親のことは教えてあげられないね」

「・・・・・・・どういうことだ」

「ふふふふ、ちょっと呪いをかけたのさ。簡単にはとけない呪いだよ。これで計画通りさ。アンタは王冠を受け取れない。ラッキーだったよ。あのドウワ姫が女王になる勉強をしていると聞いて焦ってきてみれば、家出したはずの双子の弟がドレスを着ているからね」

 女はオトギの頭に手を伸ばし、ティアラを自分の頭の上に乗せる。

「この国はウィッチーネのものさ」

 ウィッチーネの頭に乗ったティアラの輝きは消えてしまった。

「そんなことはさせない」

「じゃあ、どうするんだい?女王は不治の病、本物の姫は家出している。お前さんじゃあの王冠は受け継ぐことはできない」

「それは、お前もそうじゃないか」

「あら、こうすれば問題ないだろう」

 ウィッチーネは独特な手の動かし方で自分に魔法をかけた。黒い煙に包まれたウィッチーネはドウワの姿になっていた。

「なっ!」

「これで完璧よ」

 ウィッチーネの声はドウワだった。

「いくら双子でも声は違うから黙っていたようだけど、私なら声もドウワ姫だわ」

「それでも、王冠は騙せないだろう」

「それはアンタも同じよ、オトギ王子。でも、女王が死んで、後継者がいない今、王冠が認めなくても国はドウワ姫のものになるのよ。私の国になることに変わりないわ」

「そんな・・・・」

「さて、アンタが邪魔ね」

「何をするつもりだ」

「キャーーーーー!」

 ウィッチーネが叫んだ。ウィッチーネは何度も叫ぶ。オトギは固まってしまった。

「どうしました!」

「姫様!」

 数人の兵士がドアを蹴り倒して入ってきた。

「偽物の私が突然、現れたの!きっと噂の魔女だわ!」

 ウィッチーネは涙を流しながら、一人の兵士に駆け寄った。

「私を殺して、女王の座を奪う気だわ・・・私、怖くて、声を出そうと何度もした・・・やっと声を出すことが出来たけど、そのせいで姿を真似されてしまったわ」

「姫様、かわいそうに。私達があの魔女を捕まえます」

「さぁ、姫様を安全な場所へ!」

 兵士達は話すことが出来ないオトギを偽物だと信じた。何より、彼女の頭にはティアラがあった。

「姫様になりすますとは・・・魔女め、覚悟しろ!」

 迫りくる兵士達にオトギは窓まで追い込まれた。オトギはカーテンを壊し、兵士達の攻撃を避けながら、ベランダの柱に縛った。そして、そこから隙を見て飛び降りた。

「逃げたぞ!」

「待て!」

「追え!」

 兵士達の怒号が後ろから響く。オトギは無我夢中で逃げた。



 オトギは寝静まった町を抜け、森の中にいた。ヒールのせいで足は痛み、美しかった髪もドレスもボロボロだった。汗と涙で綺麗な化粧もぐちゃぐちゃだった。

「ここはどこだ・・・」

 暗い森の中をオトギは見渡す。オトギはしゃがみ込んだ。

「どうすればいいんだ・・・どうすれば、あの魔女から国を守れる」

 オトギは下唇を噛んだ。

「お母様は寝込み、ドウワはいない。城から追い出された僕には何ができるんだ?そもそも、ドウワと入れ替わったって、僕があの王冠を手に入れることなんてできないじゃないか・・・・」

 オトギが顔を覆った時、オトギの足元に何かが擦り寄ってきた。それは汚れた子犬だった。

「・・・・僕に何か用かい?」

 オトギは子犬を撫でた。子犬は元気に鳴いた。

「君は僕とお揃いだな。ボロボロ」

 オトギは子犬を抱き上げようとした。しかし、子犬はそれを躱し、走って行った。

「・・・・・間違いだったね。僕らはお揃いじゃない・・・・君の方がたくましい」

 走って行った子犬はオトギの元に戻ってきた。そして、鳴いた。

「何だい?」

 オトギが首を傾げると、子犬は少し進んで振り返って鳴いた。

「着いて来いってこと?」

 子犬が鳴く。オトギは立ち上がった。

「いいよ。どうせ、何もすることがない」

 オトギは子犬の後を歩いた。



 子犬は川に着くと、立ち止まった。そこで水を飲んで、水遊びをしている。

「なるほど、汚い体をここで洗えってことか」

 子犬が鳴く。

「わかった」

 オトギは川の水に手を伸ばした。顔を洗おうと、水を掬った時、水にオトギの顔が映った。

「誰だ・・・・これは」

 映っていたオトギの顔は夢を語るキラキラしたドウワでも、鏡に映っていた、あの張り切っている自分でもなかった。何をすればいいのかわからない、そんな迷子のような人間がオトギの掬った水の中にいた。

「これは・・・・・僕なのか?僕はこんなだったっけ」

 オトギは水に映る自分と目を合わせる。


目の前の僕は僕じゃない

本当の僕はどこにいるの?

ここにいるのは誰なの?

僕の心は暗雲

いつまでも晴れない

やっぱり僕には・・・・・


「いや、違う。僕を探さなきゃ、諦めちゃだめだ」


あるプリンセスは言った

夢を迎えに行くと

未来は迎えに来てくれないんだ

僕が変わって迎えに行くんだ


取り戻そう 僕自身を

信じよう  僕の夢を

見つけよう 最高のエンディングを

始めよう  未来への序章を


走り出せ あのプリンセスのように

思い出せ あのプリンスのことを

進むんだ 未来が僕を待っている限り


 オトギは夢を追いかけていた王子の頃の自分を頭の中に浮かべた。

「僕もドウワのように輝いていたはずだ」

 オトギは顔に思いっきり水を何度も当てた。ボサボサだった髪から髪飾りを取り、ヒールを脱ぎ捨てた。ドレスを破り、川を覗く。

「ドウワを探す。どうすればいいかわからないけど、とにかくあの魔女から国を守るためには、王冠の継承までにドウワを見つけ、城に戻ってもらい、あの王冠を奪ってもらうことだ」

 オトギは川に向かって叫んだ。

「・・・・・・・・よかった、僕だ」

 映っていた自分を見て、オトギは安心したように呟いた。

「君も手伝ってくれるかい?」

 子犬は元気よく鳴いた。



 オトギは今まで読んできた本を思い出しながら、食料の調達や使えそうな物資を集めていた。

「この実は食べられるはず・・・・このキノコは危険。この蔦は使えそう、この木の棒も。そうだ、焚火もできるようにしないと」

 オトギが小枝を集めていると、少し先を歩く子犬が鳴き出した。オトギは子犬の方へ走り出す。子犬の見る方向には小さな家があった。

「家だ・・・・君、凄いね」

 オトギは子犬を抱いて、家に向かって走った。ドアの前まで来ると、子犬を降ろし、いつもの癖で髪の毛やドレスを整えた。

「ん?小麦俵?」

 オトギがドアの横に積まれた小麦俵に気を取られていると、子犬が鳴きだした。すると、家の中から激しい物音が聞こえ、勢いよくドアが開かれた。

「クロワッサン!」

 ドアを開けたのはドウワだった。

「ドウワ!?」

「・・・・・オトギ!?」

 互いに見つめ合う双子の顔を交互に見て、子犬のクロワッサンは首を傾げた。



 オトギの前に出来立てのパンとホットミルクが置かれた。ドウワはクロワッサンを呆れたように見ている。

「急にいなくなって心配したのよ。それなのに、あなたったら、主人とオトギの顔の区別も出来ないなんて。確かに私達は双子だけど」

「まぁまぁ、それより、ドウワ、こんなところにいたんだね」

「それはこっちのセリフよ。どうして、ここにいるのよ。しかも、そんなにボロボロで」

「これには理由があって、僕はドウワを探していたんだ」

「私を?」

「うん、頼みがある」

「・・・・なに?」

「城に戻ってきて」

「嫌よ」

「一瞬でいい。王冠を引き継いでほしいんだ」

「嫌。それがいやだから、オトギに任せて私はここに来たのよ」

「そうだけど」

「そもそも、オトギの夢のためでもあるじゃない」

「そうだけど、予定が変わったんだ」

「変わったとしても嫌よ。私は今の生活が気に入っているの」

「お母様が死にそうなんだ」

「えっ」

 ドウワの顔色が変わった。

「ドウワ、君は僕より町に詳しいから知っていると思うけど、国の支配を狙っているウィッチーネという魔女がいるだろう?ソイツに僕の正体がバレてしまったんだ。ウィッチーネはお母様に呪いをかけ、明日に王冠の継承が行われるように仕組んだ。そして、ドウワに変身して、兵士達を騙し、僕を捕まえようとした」

「そんな」

「声もドウワそっくりなんだ。しかも、ティアラもとられてしまった」

 オトギは前に座るドウワに向かって頭を下げた。

「お願い、継承されるだけでいいんだ。あとは、僕が何とかするから、王冠を取り戻して欲しい。この国を守りたいんだ」

「・・・・・オトギ、頭を上げて」

「でも」

「双子じゃない。そんなことしないで」

 オトギが顔を上げた。ドウワは穏やかに笑っている。

「ごめんね。私のせいで、オトギをこんな目に遭わせて。私、お城に行くわ。王冠を取り戻す」

「ドウワ・・・・ありがとう!」

「何を言っているのよ、当たり前じゃない。これもオトギの夢のためよ。私の夢は叶えて貰ったのだから」

 ドウワはオトギの手を握りしめて微笑んだ。



 オトギとドウワは、それぞれマントを頭から被ってドウワの飼う馬に乗って城を目指した。クロワッサンを抱きしめながら、オトギは城を見た。

「何か、暗い。あんな城だったっけ?」

「嫌な予感がするわ。急ぐわよ」

「うん」



 城は先程オトギとドウワが見た印象とは違って華やかに継承式の飾り付けがされていた。町の人々も城に集まり、お祭りのように屋台やら音楽やらで賑わっている。二人は屋台の陰に隠れて様子を窺っていた。

「どういうこと?お母様は病気で王冠を継承するのではないの?」

「きっと、公表していないんだよ」

「なるほど、知られていないなら納得できるわ。本来、これは喜ばしい行事だもの」

「ドウワ、僕らは闇雲に城に入ることはできない。そこで案がある」

「なに?」

「継承式を狙うんだ。継承式は町の人々の前で行われる。そこに乱入すればいい。僕が先に行く。ドウワはウィッチーネの頭から隙を見て、ティアラをとって自分の頭に乗せるんだ」

「あら、最高に良い案ね」

「でも、この計画には不安なことがある」

「不安なこと?」

「ウィッチーネが魔法を使った場合、どうやって対処しようか」

「魔法を使う時、魔女は手を使うのよ。動きを封じればいいのよ」

「確かに、手を使っていたかも・・・よし、わかった」

「必ず成功させるわ」

「ありがとう!」

 ドウワとオトギは互いの手を強く握った。



 華やかなステージに美しいドウワ姫が立った。その瞬間、町の人々が歓声を上げる。ドウワは微笑みながらその歓声に応えた。そして、玉座に座った女王が現れる。顔色が優れないが、町の人々に心配させないように、女王は平常を装っていた。

「ドウワ姫、今、あなたに女王の王冠を継承します」

 城に長く仕える男がドウワを女王の元に促した。

「はい」

 ドウワは女王の前に立ち、ドレスを上げて跪く。女王がドウワのティアラに触れようとした時、会場がざわめいた。

「ちょっと待った!」

 突然ステージにドウワ姫そっくりの女性が現れたのだ。

「あの女は先日の魔女じゃないか!捕らえるぞ!」

 兵士達がステージに向かっていく。

「その王冠はお前の物ではない、ウィッチーネ!」

 ボロボロのドレスを着た女の声に町の人だけではなく、城の人間、そして女王までが驚く。

「オトギ王子の声だ!」

「家出したはずじゃっ」

「しかし、なぜドレスを・・・?」

「あの人は誰なんだ?」

「そんなことより、今ウィッチーネと言ったか!?」

「まさか、あの方はドウワ姫のはずだ!」

「そうだ、ティアラがある!」

 ざわざわと周りが騒ぎ出した。

「聞いてください!」

 オトギが声を上げて、そのざわめきを消した。

「アイツは、ドウワじゃない!」

「何を証拠に!私はドウワよ!」

 ウィッチーネは悲しそうに顔を覆って泣き出した。その隙に隠れていたドウワが素早くティアラをとった。

「貴方達には言ってなかったことがあります」

 突然ティアラを奪った女の顔と声に、またしてもステージを見ていた人々の目が見開かれた。もう一人のドウワがいたのだ。

「これは私と、お母様しか知らないことよ。ティアラは王冠の継承者の頭の上で光るの。でも、彼女の頭の上では輝いていない」

 ドウワは驚いている女王の元に行った。

「お母様、魔女の呪いのせいで目が見えなかったのね」

「・・・・・えぇ」

 ドウワは振り返ってオトギを見た。

「先日までティアラを輝かせていたのはオトギよ。自由に生きたい私と入れ替わったの」

 衝撃の発言に会場はまたざわめいた。

「私と話していたドウワはオトギだったのですか?」

「そうよ、お母様。あなたはその目で見たはずよ。オトギは王冠の継承者だわ」

 ドウワは悔しそうに顔を歪めるウィッチーネの両腕を後ろに引っ張り、縄で結んだ。そして、国全体に向かって叫んだ。

「この王冠の継承者は女じゃなければならない。そんな伝統、くそくらえよ!伝統じゃ、真の国を守る者は選べない!王冠は性別で選ばない!想いで選ぶのよ!」

 女王は目を瞑った。そして、息を吐いた。

「オトギ」

「はい」

 ドウワの言葉に目を潤ませたオトギが女王の方に向く。

「私はあなたに謝らなければなりませんね」

「お母様?」

「ドウワの言う通りです。伝統に縛られて、あなたのような人間を無視することが、この国の一番の不幸です」

「それって」

「ここに来なさい。王冠を継承します」

「お母様・・・・はい!」

 オトギが女王の方へ向かおうとした時だった。怒り狂ったウィッチーネが拘束を解き、王冠を奪った。

「させない!この国は私の物だ!」

 ウィッチーネの顔は戻っていた。邪悪な雰囲気にあちこちから悲鳴が上げられる。ウィッチーネはドウワの腕を掴み、魔法でステージに大きな穴をあけた。穴は底が見えないほど深かった。魔女はドウワを宙に浮かす。

「王冠は私が貰う!従わないのなら、ドウワは奈落の底に落とす!」

「やめろ!」

「選ぶがいい、オトギ王子!姫を助けるか、私から王冠を奪うか!お前がそこから動いた時、ドウワの命は消えるぞ!」

「させない!」

 オトギは走り出した。

「馬鹿め!そんなに王冠が欲しいのか!ドウワが死ぬぞ!」

 ウィッチーネは不敵に笑ってドウワの魔法を解いた。ドウワは目を瞑った。その時、ドウワの腕が掴まれた。驚いたドウワが上を向くと、オトギがいた。

「オトギ!何しているのよ!」

「何って助けるんだ!」

「バカじゃないの!?王冠を継承して国を守るっていうあなたの夢が!」

「僕の夢を叶える方法はいくらでもある!でも」

 オトギは苦しそうに手を掴みながら、しっかりとドウワを見た。

「ドウワはこの世で一人しかいない!君は僕の理解者だから、だから、大人しく引っ張られてろよぉぉぉ!」

 オトギは力いっぱいドウワを引き上げた。引き上げられたドウワは涙を流しながらオトギを見た。

「・・・・私は、自分の夢を叶えたくて、あなたに全てを任せてしまったのに・・・・」

「ドウワ、僕はね、プリンセス生活も楽しかったんだよ。本当は秘密にしたかったんだけど、僕はあの家に入る前にドレスや髪を整えていたんだ・・・そう、教えられてきたから」

 オトギは眉を下げて笑い、ドウワを抱きしめた。

「ふふふ、それは立派なプリンセスだわ」

 ドウワは笑いながらオトギの背中に腕を回した。

「・・・・あれ?ウィッチーネは?」

 オトギが周りを見渡すがウィッチーネの姿がない。オトギの腕の中から出たドウワもウィッチーネを探す。その時、ステージに走ってきたクロワッサンが上を向いて吠えた。

「上だわ!」

 ドウワが城の頂上を指さす。オトギがドウワを助け、それに注目がいっている間にウィッチーネは移動したようだ。

「美しい絆じゃないか!しかし、私にとってそんなものは無意味!」

 ウィッチーネは高笑いをして、王冠を掲げた。

「さぁ!この国を私の物に!」

 ウィッチーネが頭の上に王冠を乗せた時、強い雷がウィッチーネに降り注いだ。激しい断末魔と共にウィッチーネは城から転落した。王冠はウィッチーネと共に落下してしまった。落雷により火が城から木々に燃え移った。

「大変!王冠が!」

「危ないよ!」

 落ちた王冠を取りに行こうとするドウワの腕をオトギが掴んだ。

「でも、王冠が、オトギの」

「言っただろう。王冠がなくても僕は僕の力で夢を叶える」

「オトギ・・・・そうだったわね・・・」

 ドウワがオトギを見て、微笑んだ時、会場がまたざわめきだした。

「おい!何だあれ!」

「光っているぞ!」

 町の人々が指をさす先には光り輝く塊が浮かんでいた。

「オトギ王子の方へ向かっている!」

「まさか魔女か!?」

「オトギ王子!ドウワ姫!お逃げください!」

 その塊はオトギの方へ飛んできた。オトギの頭上でふわふわ浮かんでいる。そして、ゆっくりオトギの頭に降りて来た。光の塊がオトギの頭に乗った時、オトギは光に包まれた。光が薄くなるにつれて、オトギの姿が見えてくる。

「オトギ・・?」

 ドウワは光から出てきたオトギを見て、目を見開いた。

「これは・・・」

 オトギは立派な服を着ていた。力強さと勇敢さを称えるマントにどんな苦難も乗り越えられる革の靴、心の美しさを表すかのような真っ白な手袋、一つにまとめられた黒く美しい髪、そして、夜空を最初に彩る一番星のように輝いた王冠があった。オトギは自身の身体を見て、驚いたようにドウワを見た。そして、恐る恐る頭の上に手を伸ばした。

「王冠?」

「そうよ、お母様の王冠がオトギの上に乗っているわ」

 ドウワが目を潤ませながら答えた。

「オトギ」

 メルヘンがオトギを抱きしめた。

「お母様・・・ご病気は・・・僕が見えているのですか」

「いいえ、でも、わかります。立派になったのね」

「まだ・・・魔女の呪いが・・・・」

「いいのよ。あなたとドウワを理解しようとしなかった罰だわ」

「お母様、そんなこと言わないでください。お母様はこうやって歩み寄ってくださったじゃないですか」

 オトギはメルヘンの頬に手を寄せ、額に自分のそれをくっつけた。その瞬間、光のなかったメルヘンの目に輝きが見えた。潤ませたメルヘンの瞳には立派なオトギの姿が映った。

「オトギ・・・?」

「そうです!見えるようになったんですね!」

「えぇ、ありがとう」

 メルヘンはもう一度オトギを力強く抱きしめた。しばらくオトギの肩で涙を流したメルヘンはオトギと目を合わせた。

「あなたに王位を継承します。これからよろしくお願いいたします」

「お母様・・・・はい、僕、頑張ります!」

「よかったわね、オトギ!」

「うん!」

 オトギとドウワは笑い合った。



 オトギが国王になり、ツイングル王国は更に進化した。ツイングル王国の歴史上初めての国王は今まで学んだこと、経験したことを全て国に活かし、国民に夢を与え、夢を叶えた。若い国王は毎日城から出ては、子供達の夢に耳を傾ける。その光景がツイングル王国で最も美しい光景だと町の人々は思った。

「何その髪型!」

 森の中の小さなパン屋に訪れた弟を見て、女主人は声を荒げた。

「せっかく綺麗な髪だったのに!どうして切ってしまったのよ!」

「だって、あの髪は国を守りたいっていう夢のためだもの。僕の次の夢は死ぬまで、この国を平和にし続けて、子供達の夢を叶えることだから。また、この夢のために伸ばそうかと思って。似合わない?」

 短くなった髪を触るオトギに、女主人ドウワは首を振った。

「似合っているわよ!でも、でもぉ」

「いい加減になさい。あなただって切ったのだからいいでしょう?」

 オトギの後ろからメルヘンが顔を出す。

「お母様!?どうして、ここに!」

「焼き立てのパンはいい香りだとお転婆なプリンセスが教えてくれたと、オトギに聞いたのよ。それを証明して貰おうと思って来ました」

「本当はドウワに会いたかったんだ」

 メルヘンの顔が赤くなる。それを見たドウワは幸せそうに笑った。

「いいわ。証明するわよ。さぁ、入って。いらっしゃい」

 家の中に入っていく三人を見つめて、看板犬クロワッサンは嬉しそうに鳴いた。

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オトギ王子と魔法の王冠 小林六話 @aleale_neko_397

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