理科室の斎藤先生
蝋燭階段の儀式を終え、怪談部の部室に戻ってくると、部長の海部は蝋燭台をそのまま机の上に置き、皆そのまま元の席へ着いた。
「次は私が話しましょう。あなた、新田くんといったかしら」
そう尋ねて来たのは、暗い黒髪のロングヘアーで前髪が綺麗に切り揃えられた女子生徒だった。
「はい」
「私は2年生の道永 由紀子。よろしくね。時に、あなたはこの学校の理科室がどこにあるか、知ってる?」
「この校舎の二階ですよね」
「半分正解よ」
半分正解とはどういうことだろうか。
「この学校には理科室が二部屋あるの。ひとつはこの校舎の二階、あともう一部屋あるのよ」
突拍子のない話だ。まず、一つの学校に理科室が二つある理由もわからないし、他の理科室を見かけたこともない。
「不思議そうな顔をしているけれど、先程あなたはもう一つの理科室の近くを通っているわ。そう、丁度あなたが座っている真下あたりかしら……」
道永は腕を前に突き出し、下を指差した。
「西階段を降り切った先、不自然なスペースがあったでしょう。あそこは暗いからよく見えないけれど、普段は蓋で閉ざされている地下に降りるための梯子があるのよ」
たしかに道永の言う通り、階段の横にあまった机や椅子などの備品置き場になっているスペースがあった。
「この校舎は最近建て替えられて、かなり新しいのは知っているわよね。その地下の理科室はこの校舎が建て替わる前のものがそのまま残っているの。それこそ戦前から使われていたものがそのままね。
なぜ残ったままなのかは定かではないけれど、設備も古くて、地下に降りるために梯子を降りる手間もあるし、もう使われていないのよ。生徒もその存在すら知らない人の方が多いわ」
道永は僕の方をジロリと見つめ、軽く微笑む。
「さて、新田くん、そんな出入りのしにくい理科室がなぜ地下に造られたのか、わかる?」
突然そんなことを聞かれてもわかるわけがないが、これは怪談だ。地下、地下、地下……。
「何か危ない実験をしていたからとかですか?」
道永は嬉しそうに僕の予想を聞いていた。
「新田くん、あなた怪談の才能があるわね。優秀な怪談部になれるわ」
「はぁ、ありがとうございます」
「そうよ、地下の理科室はある実験をしていたの。
その実験とは、科学兵器の実用実験。
この学校は戦前は日本軍の士官学校だったの。こんなことは今では考えられないでしょうけど、軍の実験施設としても利用されていて、その様子は残虐非道なんてものじゃなかったそうよ。
裏山で捕まえて来た野ウサギや野鳥を解剖したり、毒に犯してみたりね、ふふふ……」
道永は嬉々として実験の内容を語りだし、止まることを知らない様子だ。
「まあ、そんなことは怪談ですらないただの歴史上の出来事なのだけれど……ここからが本題よ。なぜそんなことを私が知っているのか、想像がつくかしら?」
確かにそういったことは自然には知り得ることのない情報だ。
「あなた、理科室の斎藤先生をご存知かしら」
道永はそう尋ねてくる。斎藤という教師はこの学校には一人いる。確か……。
「この学校の日本史の教員よ。あの先生、とても変わっているのよ。
日本史の教師のくせに、いつも白衣を着ているし、彼の側を通るといつも薬品みたいな匂いがするの。
ある時、斎藤先生が西階段を降りていくのを見かけたから、日本史の授業の質問をしようと思って、追いかけたの。
すると、一階についたところで彼は忽然と姿を消したわ。廊下にもいない、近くの教室に入った様子もない。不思議に思ったわ……。
諦めて自分の教室に帰ろうとした時、気が付いたの。
なんだろう、この梯子……。
気にしたこともなかった階段横の空間に地下に続く梯子。怪談部の私としては話のネタになるかもしれないなんて思って、恐る恐る覗いてみたの。
……中は真っ暗で何も見えない。けれど、斉藤先生からいつも香る薬品の匂いがしたわ。
もしかすると彼はここにいるのかもしれない。もし勝手に入ってはいけない場所だとしても、先生を追いかけて来たと言って許してもらおう。……そう思って降りてみたわ。すると奥から物音がするの。
グゲェ…グググゲェ………ギギギ……
何の音だろう…聞いたこともない。例えるなら動物の断末魔。流石の私も立ちすくんで動けなくなってしまった。下に降りてさらに強烈になった薬品の匂いと、聞いたこともない断末魔。
「何をしている!」
奥から明かりを持った男が近づいて来たわ。
斎藤先生だ。でも様子がおかしい。
白衣にべったりと血がついている!
私は逃げることに必死になったわ、しかし梯子登ろうとしてもうまく力が入らない。逃げなきゃいけないのに!
「待ちなさい!」
斎藤は私の肩を鷲掴み止めようとする。
「嫌ぁ!」
彼の手を振り払った!するともう片方の手には包丁を持っていたの!
……私の記憶はそこで途切れているの。気がついたら私は保健室で寝ていたわ。その時のことを他の誰に聞いても、斎藤先生が西階段のそばで倒れていた私を運んでくれたとしか言わないの。彼がそこで何をしていたのかは誰も知らないそうよ……」
道永は話を終えると僕の後ろの部室のドアのほ方に目を向けた。コツン……コツン……と誰かが階段を登ってくる音がする。
コンコン……。
ドアをノックする音がする。
皆は固まった。もう当たりは灯りなしには歩けないほど夜が更けてきた時間に誰が部室をノックするのだろう。
海部が「はい」と返事をする。
キィー…と扉を開き、一人の男がが姿を現した。
「あら、斎藤先生」
そう道永は白衣の男性に呼びかけた。
斎藤先生!?彼が斎藤だというのか!
タイミングを見計らったように現れた彼に一同驚きを隠せない。
「…もう辺りも暗い。…早く帰りなさい」
斎藤先生はボソボソとそう言って扉を閉めようとするが、後もう少しで閉まり切るというところで、顔を覗かせてこう言った。
「道永、また今度“実験”を手伝ってくれ」
バタンッ…
「もちろんよ」
道永は、ハッキリと返事をした。
「さぁ、次は誰の番かしら」
怪談部 塩キャベツ太郎 @Saltedcabbage
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