怪談部

塩キャベツ太郎

蝋燭階段

 202X年4月中旬、ここ常陽学園高等部では新入生向けの部活勧誘が終盤に差し掛かっていた。僕、新田 明人は未だ入部先を決めかねていた。

 部活勧誘のビラが張り出されている掲示板をふと眺めていると、真っ黒に塗りつぶされた紙に白字というなんともおどろおどろしいビラが一枚床に落ちていることに気がつく。それを拾い上げ読んでみるとこう書かれていた。


本日、18時より

怪談部部室にて

体験会を催します


怪談部


「怪談部?」

怪談部とは何だろうか、聞いたこともないな。文字通り怪談を語り合う部活だろうか。


バンッ!


急に肩を叩かれ、背中に悪寒が走る。

「怪談部に興味が?」

有無を言わさない張り付いたような笑顔に、角刈りの学生が話しかけてきた。

「いえ、ビラが落ちていました」

僕はとっさに拾い上げたビラを手渡した。

「今日の放課後、体験会を行うんだが、君もどうだろうか。新入生は部活に強制加入だし、ここにいるということはまだ決めかねているんだろう」

「それはそうなんですが……」

「ならば丁度良い。俺は部長の海部。3年の海部 正也だ。ぜひ見学に来てくれ」

そういうと先程返したビラをまた戻してきた。よく見るとビラはクタクタで、まるで何日もここに掲示されていて、ついに床に落ちてしまったかのような状態だった。本日開催の予定を告げるものなのに、どうして……。

「部員は何人かいるんだが、今日のために準備したんだ。きっと君も気にいると思う」

そこまで熱心に勧誘されると断りにくくなってくる。

「わかりました……」

「よかった。部室は校舎の西側階段を登り切った先、踊り廊下の一部を壁で仕切ってある。では、また」

張り付いた笑顔を一切崩さず海部はそのまま立ち去っていった。


 桜も散り始める季節といえども、放課後になればなかなか校舎も薄暗く、もうすでに殆どの生徒が下校している。西階段を登り切った先、本当であれば何もないはずの空間を後から間仕切るように壁があり、こちら側からは中を窺い知ることはできない。

ドアを2回、コン、コン、とノックして入ると、中は大きな机と椅子が五脚、4人の男女が静かに座っていた。

「やあ、待っていたよ、ほら」

と部長の海部が立ち上がり、入り口に1番近い席に座るよう指差した。

「特等席さ」

「ありがとうございます……」


特等席の意味さえ分からず座らされ、怪談部の体験会はスタートした。


「俺は部長の海部 正也。と言っても知ってる者がほとんどだろう。本日は怪談部の体験会にご参加いただき誠に感謝する」

そう言って海部は着席する。

「話を始める前に、彼は新田、一年生だ」

唐突で情報のない紹介に唖然としながらも、軽くペコリと会釈をする。この場にいる誰も反応はない。なんて無愛想な人たちだと思わないこともなかった。

「まずは僭越ながら私から話をさせていただこう」

海部は淡々とその張り付いた笑顔とは裏腹に冷たく低い声で話を切り出した。


「今回は新入生もいるということで、我が怪談部に伝わる伝統の怪談を一つ紹介しておこうと思う。

学校の七不思議というのは、やはりどこの学校にも似たり寄ったりではあるが存在するもので、この学校にも多かれ少なかれ存在する。

動く人体模型、独りでに鳴るピアノ、美術室の目を合わせてくれない絵画、などなど……。

ありきたりといえば、ありきたりなのだが、この学校にはこの手の怪談を語る時に行われていた儀式が存在する」

この場にいる皆が儀式?と不思議そうな顔をすると海部は、フハハと笑い声をあげた。

「怪談部が怪談を語る時の儀式を知らないというのは、問題な気がするがそれも仕方がない。

なぜなら、この儀式を行なってから怪談を話すと、禍いが現実に起こるというものだからだ」


かなりバカバカしいと思うが、案外理にかなっているように思う。確かに怪談を話す前にその儀式を行なってしまえば、実際に怪談で話したことが起こってしまうとなると、誰もその儀式などやろうとは思わないだろう。

「怪談部は怪談を語らう会だ。その儀式を行なってしまえば、体がいくつあっても足りないだろう。

しかし、今日は特別にその儀式を執り行おうと思う」

そう言うと海部は立ち上がり、部室の角の戸棚から持ち手のついた金メッキの蝋燭台と蝋燭を一本取り出して、私の背後に立った。

「ついて来るんだ」

そう一言だけ呟いて、海部は部室のドアを開け、外に出た。皆は恐る恐る海部の後について西階段を降る。


「階段というものは、よく怪談の題材にされることが多い。行き帰りで段数が異なるという話、13段の階段の話、あげればキリがないほど存在する。なぜなのかは分からないが、俺はこう考えている。

階段は霊を呼び寄せるからだ、と」

案外単純な理由だと思った。海部はさらに続ける。


「霊を呼び寄せるのはなぜか。階段は滑り落ちたりと、何かと事故が多い。怪我で済めばまだ良いが、最悪の場合死に至ることもある。建物の中で1番危険な場所と言っても差し支えないだろう。そういう場所だからこそ、人々から畏怖の対象とされ、多くの怪談が生まれた」


校舎の一階につき、海部たちは東階段の方へむかった。海部はおもむろにポケットからマッチを取り出し、蝋燭台の上の蝋燭に火を灯す。


「蝋燭の灯には魂が宿る。この儀式は蝋燭階段と呼ぶ」


海部は東階段に差し掛かる曲がり角に着くと、こちらも向かず突然そう言った。


「この儀式は俺が怪談部に入部した年に、先輩から教えられ同じように行なったことがある。この後と同じように怪談を話した。


そしてそれらが全て現実となった。


怪談部では以来、蝋燭怪談の儀式は執り行われなくなった。皆が恐怖し、誰も行いたがらなかったからだ。しかし、俺がこの代で実行せずに終わるということは、この儀式の消滅を意味する。……それは絶対に避けなければいけない」



 海部は再び歩み出した。東階段には一段に一本ずつ蝋燭が立てられており、そのひとつひとつに灯が灯っていた。

皆が驚いている。いつの間に、誰が、こんなものを用意したのかもわからない。


「さあ、行こう」


海部は一本ずつ蝋燭の灯を自分の指で摘んで消していく。


一本、また一本……。


 いくつ消しただろうか。海部の指は火傷で爛れていた。消えることなく灯り続ける蝋燭たちが、延々と続いていく。

「この蝋燭の灯たちは階段で転落死した人々の魂だ。それを消してゆき、この手に持つ蝋燭の灯に集めてゆくんだ」

終わりが見えなかった階段もようやく最上階に達し、全て消し終えた。ゆっくり登って来たせいか、もう当たりは真っ暗で、海部の持つ最後の灯りだけが視界の頼りだった。

「さあ、仕上げだ」

海部は自身のもつ蝋燭台を掲げ叫び出した


「御霊よ!偉大なる階段の御霊よ!我らの怪談に集まりたまえ!」


その瞬間、階段の下の方から風が吹き、蝋燭の灯が大きく揺れた。

海部は最後に呟いた。


「さあ、部室に戻ろう」

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