第9話 火祭りの夜・後編

 やっぱり慣れない環境で疲れていたのだと思う。

 ベッドの中でとろとろと眠りに着いた私は、コツン、と何か固いものがぶつかる音で目を覚ました。

「……ん、ん……?」

 音はどうやら締め切った木の窓の方かららしい。しっかりと閂のようなもので固定された窓は、ちょっとやそっとの力じゃ開きそうにない。

 眠い瞼をどうにかこじ開け、窓を開けようと力を込める。しかし、開かない。かなり力を込めて引っ張ってもうんともすんともいってくれない。

「……固い。めっちゃ固いじゃんこれ……もういっか……」

 寝起きでとてもテンションが低い状態、かつ頭が回っていない状態なものだから、私は音の正体なんかどうでも良くなってしまった。なので、もう1回ベッドに潜り込もうとしたその時。

 ドンッ ドンドン! と強めに窓を叩く音がして、私はビビり散らかした。

「ひえっ……」

 え、何なになに!?ここ確か二階だったよねぇ!?え、怖い。なに?心霊現象?っていうか誰?怖いよおお!

 一気に眠気は覚めて、背筋にゾクゾクと悪寒が走る。

 頭の中はパニックだ。こんな夜中に、女の子の部屋に窓から侵入しようとするなんてヤバい変態に間違いない。余りにも怖すぎて半泣きだ。

「どっ、どうしよ。110番、大人、レオンさん呼ぶ!?」

 ここは異世界だから絶対に警察なんていないし、レオンさんを呼ぼうにも怖くて動けない。その間にも窓を叩く音は激しくなっていくし、「……ぃ、……い!」と声まで聞こえてくる始末。やだなにこれ怖いよ!

「み、みああああああああ!!あ、あっち!あっち行ってください!!!」

 火事場の馬鹿力。とでもいうべきだろうか。怖すぎて混乱した私は窓に駆け寄って思いっきり体当たりをした。すると、今までびくともしなかった、あれだけ固く閉まっていたはずの窓が、ガタンっという音と一緒にいとも簡単に開いてしまった。

 と、同時にそこにいたであろう人は「え、うわああああああ!?」と情けない悲鳴を上げた直後、ドッシーンと重たい地響きが。

 ……ん?というか、今の声聞き覚えがあるような?

 まさか、と思って窓から恐る恐る荷を乗り出せば、そこにはお尻を抑えて呻く青い髪の男の子の姿があった。

 ……あ、やっべ。……やっべぇ!

 ひ、人を二階から突き落としちゃったよ私……。下手したら死んでたかも。でも正当防衛な気もする。

「ゆゆゆ、ユーリィ!??なんで?!どうしてっていうか大丈夫!?」

「大丈夫……ケツが二つに割れちゃったけど……いてて」

「いやお尻はもともと二つに割れてるでしょ……ってそうじゃなくって。なんでこんな時間に?っていうかなんでわざわざ窓から?やっばい不審者かと思ってすっごい怖かったんだけど」

 思わず半眼になって睨みつけてしまうと、ユーリィは涙目になって首を振った。

「怖がらせたのはほんっとごめん!せっかくのお祭りなのに家にずっといるのももったいないって思ってさ!チビたちも世話になったし、お祭り、一緒に回りたいって思ったんだ。でもあの人厳しそうだったからこっそりじゃないとだめだろうなーって思って、最初は石で起こそうとしたんだけど中々反応がなかったからつい……」

「いや夜に外から窓叩かれるの死ぬほど怖いでしょ。ユーリィも一回経験してみたらいいよ、夜お風呂入ってるときに後ろから物音がするアレ。心臓がキュってなるから」

目をかっぴらいた私にユーリィはしょも……と肩を落とす。その様子に若干憐れみを覚えないわけじゃないけど、私も死ぬほど怖かったんだからこのくらい言う権利はあるはず。

とはいえ怪我はないみたいで良かった。二階から突き落とした私が言うのも何なんだけどね。

「まあ、私もパニックになってた。ごめんね」

「ううん。これはどう見たって俺が悪いよ。サキみたいな女の子の部屋に入ろうとするとか、よく考えなくてもばあちゃんに叱られるだけじゃ済まないことだった。本当にごめんなさい」

窓の下で頭を下げるユーリィ。これ以上はお互いに不毛になっちゃうから私はパン、と両手を打ち合わせた。

「じゃあ、これでこの件は終わり。それでいい?」

「……うん。ありがとな、サキ。じゃあ、お祭りに行こうぜ。そろそろあの兄さんも戻ってきそうだし、その前にちゃっちゃと見て回ろう。ちっさいお祭りだけど、吟遊詩人のおっさんが歌を歌ったり、チビたちが出し物をしたり、みんなで踊ったりしてさ。めちゃくちゃ楽しいんだ」

本当に嬉しそうで楽しそうにユーリィが言うから、私もつられて楽しい気分になってしまう。

「おー、楽しそう。見てみたいなあ」

「決まりだな!それなら、ほら早く行こう!急がないとあの兄さんに見つかっちまうし。あとこれ差し入れ。干した葡萄の入ったお菓子。うまいぞ」

ほいっと渡されたなんだかガサガサする包みからは、レーズンの独特な甘いにおいと小麦粉の香ばしい香りが漂ってくる。

「ありがと」

「喜んでくれてうれしいな。じゃあ、ほら。飛び降りて!俺がしっかり受け止めるから」

え、ここから? ユーリィはそう言って腕を広げているけれど、私はちょっと躊躇してしまう。だってここ2階だし。結構高いし。というかスカートですし?このまま飛び降りるのはちょっとなあ……。

そんな私の葛藤を見抜いたのか、ユーリィは呆れたようにため息を吐いた。

「なんだよ。怖いの?」

「怖くはないですけど??」

年頃の女の子としての尊厳を考えていただけですけれど??

むっとして言い返すと、彼はまた小さく笑った。

「じゃあいいじゃん。いけるって!絶対受け止めるから、ほら!」

そう言われても、やっぱりちょっと怖いものは怖い。足でもくじいたら大ごとだ。

でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。レオンさんが帰ってきたら確実に雷は間違いない。

ええい、ままよ!!

「っ、そーれ!」

えいやっとばかりに私は思い切って窓から飛び出た。

ふわりとした浮遊感の後、重力に従って落下していく。髪の毛が浮き上がる感触と風切り音。

止めとけばよかったかも。という後悔の気持ちが湧き上がってきたのは一瞬のこと。

ユーリィの腕の中に収まった瞬間、まるで魔法のように衝撃はなく、以外にもふわっと優しく抱き留められた。

澄んだ深い青色の目がすぐ近くにあって、私は不覚にもドキッと──

「おお、ずっしりしてていい感じだな。麦の袋を持ってるときみたいだ」

「──は?」

いわゆるお姫様抱っこという女子ならば一度は憧れるであろうシチュエーションにそのセリフは、無い。

マジで、無い。

「いや、だからさ。なんかこう、採れた野菜とか肉とか抱えてる時ってこんなかんじだよなって思ってさ。重いっていうよりは、安定感があるっていうかさ。俺、チビたちの世話で慣れてるからかなあ。しっかり重さがあると安心できるっていうか……」

「…………信じられない」

女の子に面と向かって重いとか、デリカシーというものが欠如してらっしゃいます??

まあ、昔の人は肉付きがいい方が美人だったとか、そういう話は聞いたことがあるけどさあ。

ここはまあ、異世界だし常識とかいろいろ違うんだろうけどさぁ??

「はー、無いわー……。マジで無いわー……。ユーリィ、女心学んで出直してこない?いや、もういっか。ほら行こ」

「えっ、なんで?!俺なんかした!?」

おろおろしだすユーリィを置いて私はゆっくり歩き出した。

乙女心を解さない男はモテないんだよ、ユーリィ。

私モテたことないけどそれだけは分かるし断言してもいいと思うなあ。

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異世界トリップなんて流行りませんっ! 小林ちかな @kobachika22

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