バレンタインの後日談

國灯闇一

カフェレストランにて

「あー今日も疲れたぁ」

 大石和哉おおいしかずやは椅子の背にもたれて覇気のない声を漏らす。

「先生気合入ってたな」

 真ん中に座る大石と同じように、疲れを滲ませた表情をしている小林高雄こばやしたかおは、唇を歪めて呟く。

「なあ。俺等弱小校が頑張ったって、強豪校に勝てるわけないのにな」

「練習すれば強くなるって信じてるところが痛いよな。スポ根アニメの主人公がやってるトレーニングを持ってきて、俺達にそれをさせちゃってんだよ」

 佐久川章一さくがわしょういちも苦虫を噛み潰すように同じく愚痴を零す。

「分かる! 絶対あんなトレーニングで強くなれるわけねぇんだよ。それ分かってねえんだよな、本村のヤツ」

 大石は熱のこもった怒りが抑えきれない。

「でも、やれって言われたらしょうがないんじゃない」

 険悪な雰囲気を察して、小林がそっと投げかける。

「まあな。頑張るしかねぇもんなぁ」

「はあ~あ」

 怒りがヒートアップした分、冷めていくとともに空気が重くなる。


「あ、そういえばさ、お前チョコいくつ貰った?」

 大石はイヤラしい笑みを携えて左隣りに座る佐久川に聞いた。

「3個」

「へぇ~」

 余裕げに笑顔をかます大石。

「え、お前何個?」

「5個」

「5個!? お前そんな貰ってんの!?」

 佐久川は動揺した様子で聞く。

「いいだろう~」

「マジかよ。誰に貰ったんだよ」

「えっと、宇野さんでしょ。吉川さん、村井さん、飯田さん、後名前知らないけど1年の後輩に貰ったな」

「すげぇなお前。ハーレムバレンタインじゃん」

「なんだよハーレムバレンタインって。聞いたことねぇよ」

「だってもうハーレムじゃん」

「いやいや、全部義理だよ。ハーレムならあいつの方がハーレムだよ」

「あいつ?」

「藤沢、40個貰ってんの」

「40個!? それあり得んの?」

「俺見せてもらったんだけど、鞄の中チョコだらけでさ。もう、ちょっとした仕入れ業者みたいだったもん」

 大石は半笑いになって説明する。

「ヤバいな。っていうか、40個も食えんの?」

「あいつマジで食うらしいよ。でさ、あいつ去年のバレンタインのお返しもちゃんとあげてて、一人ひとりにお礼言って回ってたらしいよ」

「何それ。反則じゃね?」

「あいつそういうところがモテんだよなぁ」

「顔も良くてマメ。俺達ブサイクには勝ち目ないよ」

 佐久川はふて腐れながらフライドポテトをつまむ。

「そういや、お前は誰から貰ってんの?」

 大石は気になっていた話を振る。

「村井さんはほら、クラスの男子全員に配ってたでしょ」

「おおん、そうだな」

「それと、井川さんと内田さん」

「え!? お前……内田さんから貰ってんの?」

「う、うん」

 佐久川は大石の反応に戸惑いながら頷く。

「え、マジで!? まさかお前、それ、本命……とかじゃないよな?」

「なに? お前、内田さんのこと好きだったの?」

「そうだよ! ずっと内田さんからチョコ貰えねえかなぁって待ってたけど、待てど待てど来ねえの。そしたらお前、ちゃっかり貰ってんじゃーん」

 大石はショックのあまり腰を浮かしてのけ反り、佐久川を指差す。

「大丈夫だって。俺、内田さんとは授業で話す機会があって、話すことが増えたってだけだから、そんな好きとかじゃないよ」

「なんだよその余裕! すかしてんじゃねえよ!」

 大石は声を張り上げて憤慨する。

「すかしてないよ。ただチョコ貰ったってだけだから」

「その発言がすかしてるって言ってんだよ!」

「お前俺より貰ってんだからいいだろー」

「ハーレムバレンタイン越えてんじゃねえぇよ!!」

「ハーレムバレンタイン早速使ったな。まままま落ち着けって。本当に何もないから、な?」

 佐久川は大石をなだめようとする。

「じゃあ内田さんのチョコ見せろよ」

「もう食べちゃったよ」

「箱くらいゴミ箱にあんだろ。お前んち行こうぜ」

 大石は学生鞄を持って立ち上がる。

「いやいやいやいや、今からは無理だよ。親父も母親もいるんだから」

 佐久川はカフェを出ようとする大石の両肩を掴んで止める。

「早く行かねぇとお前証拠隠滅するだろうがよ」

「しないよ! 単純に人んちに来て、ゴミ漁ってる同級生の姿を見たくないんだよ」

「んじゃその間目瞑っとけよ。俺勝手に漁ってるからよ」

「そういう問題じゃないから。とにかく落ち着けよ」

「じゃあ今すぐお前が持って来いよ! 俺達ここで待ってるからよぅ」

「なんでそうなるんだよ~。本当に内田さんとは友達ってだけだから」

 呆れた様子で失笑する佐久川。

「もういい! 俺お前んちに行く」

「ダメだって!」

「いや、もう抑えらんない。俺お前んちに行く! お前んちに行ってゴミ漁る!」

「そんなみっともない宣言するなよ」

 大石と佐久川の小競り合いが側で行われている中、今まで我慢していたものがあふれ出す。

「うっせんだよおおおーーーー!」


 悲哀と怒気が入り交じった声が店内に響いた。きょとんとした様子で大石と佐久川が振り返ると、小林が立ち上がっていた。

「店で大声出してんでじゃねぇよ! 店の迷惑だろうが!」

「……お前も大声出してんじゃん」

 大石は小さく反論する。

「いいから座れよ」

 小林は怒気を纏った声で促す。

 2人は周りの客からの痛い視線をようやく把握し、早く出たいと思っていたが、小林の様子に困惑しながら渋々座る。

 3人は着席する。大石と佐久川は小林の様子をうかがう。

 両膝に手を置いて、神妙な顔をしている。

 小林は怒りで震えた体を抑えながら切り出した。

「誰から貰ったとか、どれだけ貰ったとか、ちっちぇことで争ってんじゃねぇよ! 言っとくけどな、俺は1個しか貰ってないよ! しかも! その1個はうちの母親からだよ! 実質0個だよ! 俺も村井さんと同じクラスなのに、俺は貰ってない。村山さんが全員に配ってるって聞いた時、びっくりしたね。あーーびっくりしたっ!」

 小林は体を捻じって、椅子の背を腕で抱える。

「え? お前、貰ってないの?」

 大石は気まずそうに聞く。

「貰ってない」

「マジで?」

 佐久川も戸惑いながら聞く。

「全然貰ってない。お前等が盛り上がってる端でひっそりショック受けてからね! 俺ジュース飲んでて吹き出しそうになったからね! カップ持つ手震えて、零さないように必死だったよ」

「いや、村井さんが全員に渡してたっていうのは、俺が聞いた話よ? 俺が聞いた話。他の男子にチョコ何個貰ってるって聞いたら、ほとんどのクラスの男子が貰ってたから、村井さんは全員に配ってるんだなって思っただけで、本当に全員に配ってるかどうかは分かんないのよ」

 大石は小林にゆっくり説明する。

「ほとんどってどれくらい聞いてんだよ?」

「13人くらい、かな」

 大石は首を捻りながら答える。

「ほぼ全員じゃねぇかよ! もう3人しか残ってねぇじゃん」

「大丈夫だよ。貰ってない奴もいるって!」

「あと誰聞いてねぇんだよ」

「香坂と川田」

「絶対貰ってんだろ。あいつら2人貰ってないわけないだろ。村井さんと仲良い2人じゃねぇか。確定だよ確定!」

「分かった分かった! もう落ち着けって。店の中なんだからさぁー」

 大石は大声を上げる小林をなだめる。

「お前等も酷いよな」

「何が?」

「お前等普通に自慢話に入ったろ。俺は1個だけ。しかも、貰ったのが母親だ。お前等、それ聞いてどう思う? 絶対俺に同情するだろ。変な空気になるだろ。それが嫌だ。かといって、笑いにされるのも嫌だ。俺等みたいなブサイクの集まりの中には、こういう奴もいるんだよ! マミーからしか貰えない男もいるんだよ! そんなことも露知らず、自慢話をペラペラペラペラと。挙句の果てには、3個と5個が言い争いしやがって、実質0個が入り込む余地なんか全然なかったろ! ちょっとは俺に気ぃ遣えよ!」

「それは本当、ごめん……」

「俺もごめん」

 大石と佐久川は小さな声で言った。

「ハーレムバレンタイン。俺だってなりたかった。なのにお前はそれを棚に上げて、佐久川を責めて、あげた子達の身にもなれよ!」

「そ、そうだな……」

「いいか。俺はずっと校舎の中を回りに回って、女子が来るのを待ってたんだよ! それがどうした!? 全然来ねえの! もう無理だと諦めて帰って、マミーから貰ったチョコ。嬉しかったけど、虚しかった! 俺は自分の部屋に入って、夜な夜なギャルゲーを——」

「まだやる!?」

 大石は顔をしかめて小林の言葉をさえぎった。


「なんだよ!?」

「もういいっしょ。もう反省したし、これからは気をつけるから、この話終わりにしようぜ」

「お前等キレてたんだから今度俺のターンだろ」

「そんな制度ねえよ」

「お前等が俺を置き去りにして話してるからだろ! 無様な俺を置き去りにして、上のくらいでよろしくやってんのがわりぃんだろうがよぅっ!」

「なんだよ、よろしくやってるって」

「俺はまだ全部言えてないの! このわびしさをどうにかしたくて、憂さ晴らしにギャルゲーをしたさ。でもチョコは画面から出てこない! 仕方ないから、代わりにマミーのチョコを食べたよ。美味しかったぁ……」

 小林はクシャクシャに顔を歪め、目を瞑りながら言っている。

 小林はちょっと泣きそうになっていた。

「そしたらわびしさがとめどなくやってきて、マミーのチョコ食えなかったよ!手がもうチョコレートになって、結局一口しか味わえずに俺のバレンタインは終了だよ!」

「そのマミーって言うのやめて。そこ引っかかっちゃうから」

 大石は半笑いで指摘する。

「マミーはマミーだろ」

「せめてママにして。話が入ってこない」

「俺は変えない。お前の指図は受けない!」

「お前誰だよ!」

「マミー、ありがとう。ハッピーバレンタイン、fromマミー」

 小林は天井に見上げて囁いた。

「もうおかしくなってんじゃーん。バレンタインでチョコ貰えなかっただけでこんなになるのかよぅ。なんだよこいつ?」

 大石は小林に恐怖を覚えて佐久川に聞いた。

「小林、来年があるじゃん。俺等だって、ただ仲良かったってだけで貰えてるところもあるんだからさ。女子と積極的に話せば、来年貰えるようになるよ」

「そうだよ。全国大会に行けば、絶対注目集まるしな」

「全国大会か。それいいなー!」

「だよな!?」

 佐久川と大石は小林を励ます。

「全国大会? 俺等にできるわけねぇだろ!」

「お前それでいいのかよ! ハーレムバレンタインになりたいんだろ!」

 佐久川は立ち上がって小林を真っ直ぐ見つめる。

「おい、どうした?」

 大石は、いきなり立って熱のこもった言葉を投げかける佐久川に戸惑う。

「今年と同じ日を、来年も過ごしたいのか。わびしさで、手がチョコレートになっていいのか!?」

「チョコレートにはなってないだろ」

 大石は思わず声に出すが、小林と佐久川は聞いてない。

「ハーレムバレンタインのために、全国を目指すんだ!」

「俺達が全国なんて……とりあえず、女の子に話しかけてみるよ」

 小林は塞ぎ込む。

「そんな弱気でどうする! 俺達ブサイクが、そんなことでハーレムバレンタインになれるわけないだろ! ハーレムバレンタイン、いや、藤沢バレンタインを目指す気でやるのだ!」

「お前も誰だよ!? 何? 藤沢バレンタインって!」

「俺達で、全国を目指そう!」

「佐久川、手伝ってくれんのか?」

 小林は立ち上がり、佐久川に問いかける。

「当たり前だろ。友達なんだから」

「佐久川! 一緒に藤沢バレンタインになろうぜ!」

「おう!」

 2人は熱い握手を交わした。

「このスポ根、不純だわ~!」

 大石は眉をひそめて、キラキラしている2人の姿に引いたのだった。



                               終演

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