ゲーム好き二人のワンルーム

鵙の頭

One WorkSpace, Two Storys.




「なーんのためにゲームしてんだか分かんないでしょマジでぇ!!」


 俺の休日は、隣の部屋から聞こえるそんな叫び声で始まりを迎えた。


 いてぇ、頭がガンガンする。それくらいの爆音だった。もう、慣れたものだが。……窓の外は真っ暗だ。時計を見ると今はどうやら早朝の三時らしい。そうか、ありがとう時計。


 隣の部屋といっても、少々広いワンルームの部屋の真ん中をカーテンで区切って作った簡素な隣室。まぁ、簡単に言えば同棲している彼女の部屋である。いやぁいくら彼女といえどもこんな時間に大声で起こされると腹が立つものですなぁ。


 一応、一応。カーテンのすぐ向こうでゲームをしているという訳ではなく、カーテンの先の部屋と直で繋がっているウォークインクローゼットの中を彼女のゲーム部屋としている。そこそこ家賃が良い部屋なので防音機能もしっかりとしており、今のところ本当の隣人から苦情が来たことはない。


 まぁどれだけ防音してたとしても同じ部屋に住んでる俺には関係ないんですけどね。


「何。どしたの……」


 俺は耳栓を外し、少しイラつきながらその彼女のゲーム部屋の引き戸を開ける。すると、ひのきのぼうかな? と勘違いしてしまうほど細い彼女の両目が俺を見た。名作SSを思い出して涙が出そうになる。


 どうやら、認識されたようだ。


「バトルロワイヤルのFPSでさ、わざと人が集まるとこにいってさ、銃まだ持ってないのにさ、殴り合いになってさ、殺された」


 何言ってるか分かんねぇ。って言いたいとこだけれども、俺もそのゲームやるから言いたいことは良く分かるんだよなぁ。


 要は、広大なマップに大人数が降り立ち、マップに落ちている銃や防具などの装備を拾い、最終的に誰が最後まで生き残れるかを競うというよくあるタイプのFPSで。


 ネットでマッチングした味方がわざと人が集まる大都市に降り立ち、その所為でコイツは人がわんさかいる中で銃を拾えず、同じ待遇の人と素手で殴り合いをして、その上負けたってことだ。銃を撃ち合うゲームで拳で殴り合って負けたんだもんな。そりゃ腹立つよな。でもそれだからって大声出して隣人に迷惑かけんな。


 彼女のディスプレイ画面には、YOU DEAD! という文字が元気よく刻まれていた。直訳してみよう。「あなたは死んだ!」あららぁ、お疲れ様。そしてその画面を横切っていくいくつもの文字列も見える。頑張れーとか、次もあるよ! とか。


「……それ、今マイク切ってんの?」


「うん。あんた起きてくると思ったから」


「そうかい……」


 ディスプレイの前には、カラオケに置いているようなマイクが短いスタンドにかけてある。そう、この女。今まさにゲーム配信を行っているのだ。もう細すぎて見えない程の目を普通くらいには開き、画面を見てコントローラーを操作する。ホーム画面に戻ってきた彼女のキャラのレベルは、カンストしている。


 実はこの女。今プレイしているゲームがめちゃくちゃ上手い。ってかこのゲームだけじゃなくFPSがべらぼうに上手い。配信には、その腕を拝見するために訪れている者が殆どだ。彼女曰く日本で最前線の腕前らしい。馬鹿かよ。笑うわ。


 そんな彼女が何故、上記のようなミスをし、そして叫び声まで上げたのか。プロであればそこまで動揺しないようにも思えるが。しかしそれにはちゃんとした理由があり……。


「あと何時間?」


「んー……、五時間くらい」


「もうそんなやってんのか。あと少しじゃん頑張れ」


「……うい」


 彼女は今、自分自身に重い重い十字架を背負わせている。その企画を聞いたときはへぇコイツ本当に頭いったんだと思ったが。


 二十四時間。やるらしい。そのFPS。


 FPSなんて普通、二、三時間やれば「はい! 今日はもうこれで終わり! ありがとーございましたー!」ってなるようなもんだ。常時、周りに敵がいるかどうかへの気配りと、戦闘になった時に不利にならない位置取りとか、戦闘になった時に相手に弾を当てる技術とか、そういうのが必要になるんだから。全神経をフルに画面の世界に使う。初めての人がやったら多分、一時間で頭が痛くなると思う。そんなゲームだ。


 それを二十四時間。やっぱりこいつは頭がおかしいらしい。頭が、おかしいらしい。


「コンビニ行ってくるよ。何欲しい?」


「……ファミチキ。あと、糖分とエナドリ」


「死ぬなよ。あいよー」


 お前、今なんか奇跡的に痩せてるし可愛いけどさ。将来絶対に太るし肌とかボロボロになるぞ。


 まぁそうなっても、コイツの魅力が失われるわけじゃないから好きなんだろうけどさ。




「不っ動貫通すんのかよぉぉぉぉぉぉ!!」


 野太い聞き覚えしかない声で目が覚める。分かってたよ今夜は絶対に一回は起こされるって。でもやっぱり起こされると腹立つわ文句言ってやろう。


 そう思ってカーテンを開けて彼がゲームをする部屋として使っている物置の襖を開ける。と、彼はディスプレイの前で頭を抱えて椅子に凭れていた。


「一オチした……。あっりぃぃえぅぁねぁぇ」


 多分、ありえねぇって言ったんだろうなぁ。彼のディスプレイを見ると、なんか大きい強そうなモンスターの前で倒れている彼のキャラが見えた。


「それ、ラスボス?」


「そぅ」


 ちゃんと喋れやさっきから。そう言おうとする気持ちをぐっとこらえる。どうやらあれはラスボスらしい。そりゃ凄いことだ。今、早朝の五時くらいか。確か、日付が変わると同時に配信だから、おおこれ本当に一位なんじゃない? あぁ、それが懸かってるから頭抱えてんのね。なるほど。


 彼が今やってるゲームは、モンスターを人間が狩るという国民的人気ゲームで、彼はその大ファンなのだ。どれくらいファンなのかというと。


 このゲームの最新作が出ると、ラスボスを全国民の中で最速レベルで倒すくらいファンだ。


 彼のディスプレイをもう一度見ると、まだ誰も倒してないよ! とか、初オチ! とかいう文字列が見える。その最速になるかもしれないプレイを、今配信してるってことだ。てか、まだ本当に誰も倒してないんだ凄いな。あぁ、このゲームをプレイしてて今、初めて死んだんだ。だからあんだけ叫んだのねなるほど。


 彼が叫んだ、不動っていうのは、ゲームに出てくるアイテムのことで、敵の攻撃を受けてもダメージと隙を最小限に抑えてくれる優れものだ。ただ、万能なわけではなく、敵の一部の攻撃はそのアイテムの隙を最小限に抑えるという効果が裏目に出て、多段ヒットすることがある。要は、彼はそのアイテムを使わなければ死ななかったところを、アイテムを使ったことで死んだのである。自分が世界最速かもしれないという緊張と、凡ミスで初めて死んだというショックが合わさっての、さっきの大声ね。なるほど納得。じゃねぇよ五時に大声だすな市中引き摺り回すぞ。


「まぁ、邪魔しないようにスーパー行っとくわ。朝、リクエストは?」


「ぞぅぅしがいいです……」


「雑炊? 病人みたいなもん欲しがるね。了解」


 子音が母音になるのはまぁ分かるとして、なんで母音が子音になってんの? そんなこと、日本語の発音システム的にありえなくない?


 私の彼氏は遂に意味分からないとこにいったのか。まぁそれはそれでも彼女として鼻が高いってもんか。いや、別に嬉しくないわせめて会話くらいはちゃんとしたい。ゲームの発売日前になるといっつも日常生活がいたたまれなくなるくらいのレベルになるんだから、恒常的にはちゃんとしておいてよ。全く。


 多分、スーパーから帰ってきたら彼の全てに充実した満面の笑みが見られるんだろうなぁと思いながら、私はまだ暗い寒い空気の中に体を運んだ。




「いやまじ、緊張でナナチキ出そうなんだけど……」


「勝たなくていいから吐きはするなよ」


 俺と彼女は今、アメリカにいる。いや突飛すぎて俺も笑うんだが。だがだが。


 このアメリカに来れたのは、彼女のお陰だ。なんといっても、俺の彼女の初の全国舞台なんだから。まさか俺の分の飛行機の座席も手配されるとは。FPS馬鹿の彼氏にもなってみるものですなぁと、横で激緊張している彼女の横で、呑気に思う。


 彼女が参加しているプログループがひょろひょろっと日本の予選で勝ってしまい、全国の切符を貰ってしまった。いやぁ日本予選は俺もリアルタイムで見てたけど、彼女が最後の敵をキルした時はまじで家で飛び上がってしまった。「やる時にはやるんですよウチのは!」って友達のライングループに投下して総スカンくらったのは今としても悪い思い出です。


 そしてそして、めちゃくちゃ俺にとって良いタイミングで実は彼女の全国大会がありまして。なんと今晩、国際的なゲームの祭典E3が、ここアメリカのニューヨークで開催される。そしてそこで、俺が大好きなモンスターをハントするゲームの最新作の新情報が発表されるらしい、との噂だ。前作は日本で最速クリアさせてもらったし、今も飽きずに遊ばせてもらっている。およそ二年間くらい。もうずっと、そのゲームは遊び続けさせてもらった。


 つまり今日は、彼女の全国大会とE3の二本立て。帰りの飛行機は明日だし、わりかしゆっくりとこの最高のイベントを体験出来るのだ。いやぁまじ彼女様様。だからお願いだから、負けてもいいからステージの上で日本の代表的なジャンクフード吐くなよ。負けてもいいから恥だけはかくな。お前、日本を背負ってるんだから。ほんとに。いや、ほんとに。


「全国大会出るつってこんな緊張するならホント、なんの為にゲームやってたか分かんないんだけど……」


「まぁまぁ、日本代表ってだけですげぇって。気負うなっつっても無理だろうけど、楽しむくらいで行こうぜ。思い出作り思い出作り」


「うっ。まじ、うぅ……」




 結果として、私達日本代表は三位という結果で終わってしまった。あそこでスナイパーライフル引いたスペイン代表まじでこれからコンビニで食べ物買った時に一生おしぼり忘れ続けられればいいのに。運良すぎでしょ。ツキすぎでしょホントにー!


 まぁでも結果として、本当に良い思い出と経験になったと思う。三位のファイトマネーも相当なもんだし、今回の件でうちのチームもかなり有名になったし。プロゲーマー一本でもしばらくは食べていけそうだ。


 そして良い経験になったのは、彼もそうらしくて。


「えっと、彼女と違って僕はプロでもなんでもないので、純粋に夢みたいだし、緊張します……」


 元々、このE3というお祭りで、世界的FPSの上位三チームは舞台に出てインタビュー的なことをされる予定だったらしく、見事三位入りを果たした私達日本代表は試合が終わった後、すぐこのE3の舞台に呼ばれた。


 そしてそこで私はちょっとしたいたずら心で、「実はここの会場に私の彼氏が来てて、彼氏もあのゲームの日本最速クリアをするくらいにはゲーム好きなんですよー」って言ってみた。するといざそのゲームの新作発表の時間になると、「そういえばさっき日本代表の子が惚気てたよね。彼氏君まだいるー?」っていう話になって。あれよあれよと、新作のお試しプレイを舞台上でやる何人かの一人に私の彼が呼ばれて、そして今の状況。緊張しすぎて一人称変わってんじゃん。キモ。ウケる。


 彼は舞台上では謙遜していたが、そこは流石に日本で一番クリアが早かった男。いくら新作とはいえ、他のプレイヤーとは一線を画したスキルでモンスターと対峙していく。すごっ。もう新要素使ってるじゃん。順応性高すぎでしょ。


 あ、てか新作も不動あるんだ。へー、あれゴリ押せるし便利なんだよねー。やった嬉しいなーなんて思っていると、新作のメインモンスターのレーザーみたいな攻撃が彼氏のキャラに当たって……。


「不っっっ動貫通しやがっっっ!!」


 私はその時、恐らくその一年で一番腹を抱えたと思う。


 あー、本当に素敵な彼氏だこと。

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