2人席の行方

滝文 閉

男性が主役の恋愛小説ってすくないんじゃないか、なんて考えながら今日も耳にはイヤホンを付け自分だけの空間に浸りがら下校している。とにかく何でもない一日の終わりを告げるチャイムを聞き、部活が無い事が頭に浮かび、友達にまた明日会う事を告げ、バス停まで歩いているといったところだ。何気ない毎日が続けば続くほど、なにかとんでもない事が突然起こったりしないものかと願ってしまうのは何故なんだろうか。

 今日も相変わらずそんな願望を抱いていると、神様の気まぐれなのか、今日はいつもと少しばかり違った。バス停までたどり着くと、ちょうどよくバスが停車してくれた。まずこの点で少しはラッキーだったといえよう。バスの時刻表なんて確認するのが面倒なのでここ最近は全く確認していない。確か入学したての頃は時計を気にする生活だったような気がする。ともかく運よくバスが来たので乗り込むと、これまた運よく空席だらけだった。優先席に座る老人と、一番後方に座っている学生が一名。二人掛けの席に座る仕事帰り風の女性が一名だけだ。普段はもっと混んでいるが、なにかあったのだろうか。とりあえず空いている二人掛けの席の窓側に座り、ネットニュースアプリを開いてみるが、めぼしい情報は目に留まらなかった。まあこんな日もあるか、とすぐにふたつの幸運は忘れて、耳元で鳴る音楽に集中した。

 大体三回ほど停留所に留まった後、急に人がどっと乗り込んできた。ついさっきまでガラガラだった車内は満員状態である。勿論隣には仕事帰りのサラリーマンが居眠りして座っていた。今度はいつもより混みだしたな、と思ったのはほんの数秒の事だったと思う。すぐにさっきまで読んでいた電子書籍に目を落とした。

 もうすぐ自分の降りる順番が来るだろうという頃に、重大なことに気が付いた。そう、隣に座っているこのサラリーマンである。彼はなんと、寝ているのである。困ったことになった。この人を起こさなければ出る事は出来ないし、簡単には起きそうにない。こうなると簡単には手られなくなるのが2人席の特徴である。事を予測して予め1人用の座席に座らなかったことを後悔しながら、どうしようかとあれこれ考えているうちに、もうボタンを押さなければならなくなった。仕方なく次、止まりますという音声をこれで目覚めてくれないかと祈りながら鳴らしたが、その程度では起きるはずもなく、そのまま彼は深い眠りの中にいる。いや、そもそもこの人が通路側にいるのにも関わらず熟睡するなんて言う暴挙にでているのが一番の問題なのではないかと思えてきたが、仕事帰りで疲れていたんだよ、というもう一人の自分の囁きによって怒りを鎮め、仕方なく起こすことにした。


 「すいません、すいません。あの、次降りるので…」


やはり圧倒的な熟睡。目が覚める気配さえしない。何度か声をかけているうちに、座席の隣に立っていた長身の男性も一緒に起こそうと声をかけてくれたが、それでも起きない。


「ん?おかしいですね。ちょっと、いいですか」


そう言って、長身の男性は首元に手を当てながらうなだれていた顔を持ち上げた。


「これは…」


男性の顔はさっきまで下を向いていて見えていなかった。とても、青白かった。そう、まるで


「死んでいますね」

死んでいるように。


悲鳴よりも先に頭にはこの言葉が浮かんだ。


これは簡単には出られそうにないわ、私


バスはそこで、緊急停止した。

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2人席の行方 滝文 閉 @heikai0723

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