世界樹
昔々、ある惑星のある村に世界樹と呼ばれる樹がありました。
それはたったの数年で全長500m程にまで育ち、周辺に住まう人々を驚かせたそうです。
世界的にも話題となり、村には多くの観光客が訪れるようになりました。元は小さな村でしたが、観光地として次第に発展していきました。
その間も世界樹はすくすくと育ち続けています。遂には全長1kmを超えてしまいました。
その頃になって村の人々は異変に気が付きました。村の近辺の自然が次々と枯れ落ちていっているのです。以前までは草木で豊かであった土地が、村の発展に浮かれて気づかぬ間に、一面灰色の荒地と化していました。
なんと世界樹は辺り一帯に膨大な根を張り巡らせ、土や植物から養分を際限なく吸い取っていたのです。世界樹は暴君のように取り立て、自らの糧としていました。
全長1kmという恐ろしいサイズの世界樹。村の人々は切り倒すことを決意します。
まずは通常の木と同じように斧を一振り、叩きつけてみました。これで少しの傷でも入ろうものなら、地道にやっていけば切り倒すことも出来るだろう、という判断です。
しかし、結果はご想像の通り。無傷でした。まるで分厚い鋼鉄の板にでもぶつけたようでした。
村の人達は頭を抱えます。その間も世界樹は順調に育っていました。全長5km程でしょうか。それに比例して荒地も拡大していました。
このままでは村だけではなく、周辺の土地が全て駄目になってしまう。そう考えた村人達は国に相談しました。
事態を重く受け止めた国は戦闘機による爆撃で破壊することを決断します。世界樹は現在も天を目指して伸び続けており、四の五のは言ってられませんでした。
気づけば、世界で最も高い山よりも更に高くなっていました。全長10km越えです。一体、どこまで伸びていこうと言うのでしょうか。天を穿つ勢いです。
軍隊による辺り一帯の村や町の人々の避難誘導を終えた後、遂に戦闘機による爆撃が開始されます。中空を舞う戦闘機から次々とミサイルが放たれ、世界樹の根元に着弾していきます。
当然、元々あった村の建物は粉々となりました。黒焦げでもあります。発生した衝撃波で崩壊し、爆発による熱で炎上し、地上部分には濛々と煙が立ち込めていました。
けれど、それでも世界樹は一切の揺らぎを見せず、その場に鎮座し続けておりました。
いや、厳密には僅かに破砕した箇所もあったのですが、数分もしない内に修復してしまったようでした。
さて、世界樹の伐採もしくは破壊は世界全体での課題となりました。困ったことにまだまだ成長を続けています。雄々しく、逞しく、天を目指して伸び続けています。既に全長20kmを超えていました。成層圏突入です。
どうやらその根は半径100km以上に渡って広がっている様子で、土地の砂漠化も拡大し続けていました。このままでは大陸全土の養分を吸い上げてしまうことも、そう遠くない未来のように感じられました。
世界各国は一致団結して世界樹に立ち向かっていきます。
しかし、どんな手段を試してみても世界樹が破壊されることはありませんでした。恐るべき硬度と修復能力で、もはや人類の生み出した兵器では手の打ちようがなかったのです。
世界樹の全長が100kmを越えた頃には、人々はもはや諦めの境地でした。最後の手段として核兵器を用いたのです。これで駄目ならお手上げだ、と。
ええ、ええ、それで倒れてしまっては世界樹の名が廃るというものです。核兵器による爆発も放射能汚染も物ともせず、世界樹はその後も成長を続けました。大陸はすっかり人が住めない土地となってしまい、人々は移住を余儀なくされました。
やがて、世界樹による土地の砂漠化は大陸を超えて全土に広がりました。もはや地上の生命はあまりに弱々しく、今にも完全に消えてしまいそうでした。
その頃には世界樹の全長は1000kmを超えていました。宇宙空間に顔を覗かせています。栄養源は地上から地下深くとなっていました。マントルです。核です。そこに蓄積された膨大なエネルギーを取り込みながら、世界樹は更に更にと成長していきます。
ここからは人間もいないことなのでダイジェストで進めていきますが、世界樹は宇宙空間でも問題なく伸び続けていました。しかし、ここで問題となるのが星の自転と公転です。このまま世界樹が伸び続けると、いずれはまるでピンボールのように他の星々を薙ぎ倒していくことになってしまいます。
その問題はあっさりと解決しました。伸びた世界樹が他の惑星の側面にぶつかり、停止したのです。自転や公転の力よりもその惑星の質量の方が大きかった、というわけですね。
こうして、世界樹は遂に銀河的に見ても真っ直ぐ伸びるようになりました。伸びます。伸びます。伸び続けます。根を張り巡らせた惑星のエネルギーがある限り、成長を続けました。遂には太陽系と呼ばれた惑星系の外にまで飛び出してしまいました。
はてさて、この辺りでそろそろ疑問に思いませんか。そもそもこの世界樹はなぜこうも伸び続けているのだろう、と。自らが芽生えた星を食らい尽くしてまで目指すものは何なのか。
実際のところは今も分かりません。ただ、一つ言えるとすれば、世界樹はどこまでも生命であった、ということです。
それでは、一つの惑星に生まれた世界樹という偉大なる樹の結末を語りましょう。
最後はあっけないものだったようです。栄養源としていた惑星のエネルギーが尽きてしまったのです。その星は完全に死を迎えてしまいました。
残念ながら、世界樹はその根にのみエネルギーを取り込む機能があったようで、途中にぶつかった惑星などを取り込むようなことは出来なかったのだとか。幹はただひたすら伸ばすことに特化していたのでしょう。
世界樹の成長は止まり、あっという間に枯れ落ちていきました。その幹は無数に拡散して、宇宙空間へと広がっていきます。今も多くの欠片が広大な宇宙に散らばっているのです。
そんな内の一つが、とある惑星に落ちました。厳密には違いますが、隕石のようなものですね。分厚い鋼鉄のような外皮は大気圏で燃え尽きることもなく、地面に墜落しました。大きなクレーターを作り、地面深くに埋没します。
ここで驚くべきことが起こります。何と世界樹の欠片の中には、生命の始まりとなるもの、すなわち菌が生きていたのです。それは長い年月をかけて、無数の淘汰を繰り返し、徐々に徐々にと進化を遂げていきました。
もう分かりますね。とある惑星とは私達が住まうこの星です。
こうして、この星に生命が宿りました。全ては世界樹のお陰というわけです。
世界樹が生まれた地球と呼ばれる星は既に存在しておりません。肥大化した太陽という恒星に呑み込まれてしまいました。果たして、世界樹がなければ地球の生命はどうなっていたでしょうか。太陽に呑み込まれて終焉を迎えていた可能性も大いにあり得ます。
そう考えると、世界樹は自らの星を食らってでも生命のバトンをこの星へと繋げることに成功した、ということになります。
さて、この話を聞いてあなたはどう思いましたか……どうして私が既に失われた星の出来事について知っているかって?
秘密です。私に関しては謎の多い女だとでも思ってください。
それでは、この星の生命の起源に関するお話はこの辺りとしましょうか。
他にも何か知りたいことはありますか? 例えどんなことでもお答えしますよ。
ただ、所詮は寝物語。あまり真に受けないことです。
その方がきっと、あなたにとっては幸せですから。
玉響天文台 自選集Ⅰ 吉野玄冬 @TALISKER7
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