誰にも言えない私の恋バナ

「それでね、山本君がさぁ……」

「へぇ、それは良かったね」


 私は今、お風呂上がりで濡れた髪をバスタオルで拭きながら、携帯のスピーカーから流れてくる友人の惚気話に耳を傾けている。


 スピーカーの向こうで想い人の話に胸を踊らせる少女は、二ヶ月前に私に恋愛相談を持ち掛けてきた美少女、宮薗春香だ。


 就寝前の一時間ほど電話をして、彼女の話を聞くことが最近の日課となっている。内容は言わずもがな、彼女の恋愛の話だ。


 今日はどんなことを話しただとか、山本君のどんな所が好きになっただとか、何回聞いたか分からない話を彼女の気が済むまで延々と繰り返されている。


 恋愛事に一切の興味を示さなかったこの私がこうして連日連夜、絶やすこと無く恋愛話に花を咲かせている。今までなら有り得ない話だ。


 自分で言うのもおかしいが、随分と年頃の女の子らしくなったものだなと、しみじみ思う。とはいえ、そろそろ彼女の惚気話に付き合うのも疲れてきたので『いい加減くっつけば良いのにな』と、投げやりな願いを抱いていたりもする。


「もー、咲月ちゃん本当に聞いてるの?」

「聞いてる聞いてる。山本君はトナカイじゃなくてアザラシ派なんだよね」

「ねぇ、待って? 何の話を聞いてたの?」


 こうして時折、訳の分からない話題でわざと話の腰を折ることだってお手の物だ。


 彼女には申し訳ないが、話を聞くだけというのは想像以上に疲れる。たまに小粋なジョークを挟んで小休憩を入れることくらい、大目に見てほしい。


「あれ、違う話だったっけ?」

「もう、咲月ちゃんったら。ちゃんと話聞いてよー」


 頬を膨らませ、じとりとした視線を向ける彼女の不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。学校では見たことはないが、元の顔立ちが可愛いので怒った顔もきっと可愛いのだろう。


 これだけの美少女だったら好きになっちゃうのも仕方がないよなと、半ば諦めにも似た感情が胸の中に浮かんでは消えていく。


「あっ、山本君からメッセージきた。どうしたんだろ」

「え、ほんと? なになに? なんてきたの?」


 想い人からの唐突な連絡に若干の戸惑いを見せる彼女。彼から届いたメッセージの内容を急かすように尋ねてみるが、その返事はおろか、スピーカー越しに聞こえる小さな息遣いでさえ届いてこない。


「あれ、春香ちゃん? どうしたの?」

「……やった。やったよ咲月ちゃん!」

「わっ! びっくりした!」


 不思議に思い、彼女の名前を呼びかけてみる。すると彼女は一人でぶつぶつと何かを呟いた後、急にスイッチの入った機械のように大きな声を上げて私の名前を叫んだ。


「えっと、どうしたの? そんな嬉しそうな声を上げて」

「あのね! クリスマスイブの日、デートに誘われた!」

「えっ?」


 まるで宝くじが当たった人のように、スピーカー越しで歓喜に沸く彼女。彼女の想い人から送られてきたメッセージの内容に、チクリと何かが刺さったような痛みが胸の中を走った。


「……そうなんだ。良かったじゃん!」


 息を詰まらせながらも、咄嗟に出た言葉が彼女を祝福する言葉だったことに、後々になってから深く安堵した。


「うん! これ、もう完全に脈アリだよね!」


 胸に走った痛みはまるで、傷口を押し広げるかのようにその強さを増していき、バラバラに引き裂かれそうな激痛へと変化して私の胸を締め付ける。


「もちろん。だからずっと前から言ってたじゃん? 早く告白しなって」

「そうだよね! 本当どうしよう? どこに行けばいいかな?」

「イヴの日まであと二週間くらいだし、早めに決めといた方が良いかもね。いっそのこと電話してみたら?」


 未だ興奮が冷めやらぬ様子の彼女を見かねて、私はそんな提案を投げかけた。これは彼女を思っての提案では無い。私自身の為の提案だ。


「ええ!? め、迷惑じゃないかな?」

「何を言ってるの。相手に気があるのは確かなんだし、それにす誘われたテンションで電話した方が盛り上がるに決まってるじゃん」


 あと一歩というところで行動に踏み切れない彼女の背中を押すように、言葉を畳み掛ける。前にクラスの女の子達との恋バナで聞いた内容がこんな形で役に立つなんて、夢にも思わなかった。


「そっか、そうだよね……よし! ちょっと山本君に電話かけてくる!」

「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」

「ありがとう咲月ちゃん! おやすみなさい! また明日!」


 そう言って彼女は慌ただしく電話を切った。肝心なところで引っ込み思案な彼女のことだ。この後もきっと一人で悩んでは、山本君の電話番号が表示された画面と睨めっこするのだろう。


「……さて、と」


 首にかけたバスタオルを机の上に放り、身を投げ出すようにしてベッドの上へと横たわる。ベッドの軋む音と反動に身体を預けながら、先程の電話で彼女が言っていた言葉を思い出した。


『あのね! クリスマスイブの日、デートに誘われた!』


 とうとう、この日が来たか。

 そんな言葉が頭の中に浮かんだ。


 おかしな話では無い。私自身、この二ヶ月間を一番近くで見てきたから、よく分かっている。彼女がどれだけ可愛いか。そんな可愛い彼女が好きな人に向けて、どれだけアピールをしてきたか。


 いつかそう遠くないうちに、彼が彼女のことを好きになってしまうことくらい、予想は着いていた。だから私はその日がいつ来ても良いように、ずっと覚悟を決めてきた。


 二人の仲が結ばれたら、私の初恋は終わらせよう。

 二ヶ月前からずっと、決めていたことだ。


「はぁ……」


 重い溜め息を吐きながら、彼女が好きだと言っていた彼の良いところを頭の中に思い浮かべてみる。


 身長が高いところ。タレ目なところ。言葉尻が優しいところ。落ち着いた声をしているところ。周りをよく見ていて、気が使えるところ。誰に対しても優しいところ。分け隔てなく色んな人と仲良く出来るところ。


 これらは全部、彼女からの受け売りだ。

 けれど紛れも無く、私が好きだと思う彼の良いところだ。


 だけど、こんなの許される筈がない。

 友達と同じ人を好きになるなんて、どうかしている。


 二人が本当に結ばれたら、初めて抱いたこの恋心を綺麗さっぱり捨て去ろうと、何度も自分に言い聞かせる。けれど、ただ一つ心残りなのは、私も一度だけでいいから恋バナをしてみたかった。


「……あのね、春香ちゃん。私、好きな人が出来たんだ」


 ようやく私も恋バナに参加できるようになったけれど、この恋バナは誰にも言えそうにない。

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誰にも言えない私の恋バナ 蒼天 @twt45souten523

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