40 帰り路
航真と遥歩は、警視庁本庁前に降ろされた。背後に太い車線と堀池越しに都心とは思えない緑地の丘の見える角地のビルの前である。ビルには門衛の制服警察官が立っている。
助手席の窓を開けて、新発田が車道の際に立った二人に声を発した。
「この辺は駐車できません。お手数ですが帰りは電車をお使いいただけますか?」
「僕らはいいですけど、尸遠は?」
「ご自宅の最寄り駅に車を寄せてお待ちします。この先に有楽町線の桜田門駅があります」
そう言って通りの彼方に国会議事堂の見える内堀通りの先を指差した。
二人は頷き、新発田の車を見送った。そして警官の立つ門の脇で皇居を背にしてちょこんと待つ。
ほどなく門衛に声をかけられ、二人が顔写真入りの学生証を見せた。
「学校は?」
「今日は午後から全校休講です。ここには身内の出迎えに」
そう言うと、それきり警官は側にはつかなくなった。
遥歩はジャージ姿ではいささか寒いのか、腕を組んで背を丸めた。
「こんなんなら更衣室から制服持ってくるんだった」
「そんなに余裕があったのか? こっちは必死だったのに」
「ああ……せっかく安全な世界の治安のいい国に転生したのにな」
それをきいて航真はへっと鼻で笑う。
「そう言われるとへんな感じだ。生まれるちょっと前まで殺し合ってた相手とさ」
「どうしたもんかな」
「もうやり合う気はないよ」
「それはこっちもない」
「恨みとかは?」
「それは桜塚の方が深いだろ。両親を殺してたなんて……すまなかった」
「その件だけどさ、よくわからないけど、俺らがこうして生まれ変わったように、ほかの死んだ連中もそれぞれ違う世界に生まれ変わって、それなりにやってるってことだろう」
「うん……そういうことだと思う」
「そして、その世界で幸せにやってるかどうかを知る方法は俺達にはない」
「お前を探してきた前世の末っ子や、俺を追ってきた親父やディエリは?」
「あれは、そういう能力や手段があって、執念深く探し回った結果だろ。今の俺は、むしろその逆で……引きずるのはナシにしたいって思ってる」
「そうか。なんか、ありがと」
航真は照れたようにくしゃっと笑って、頭を掻いた。
「そういえば、前世の末っ子、これからどうする気だ?」
「それなんだよなぁ、一度一緒に帰ってやったほうがいいのかな」
「魔力や体術はともかく、お前の体はただの人間だ。魔王に返り咲くには脆すぎる」
遥歩にずばり言われてうなずいた。
「そうなんだけどさ。ほっとくのもなんかなぁって」
「巻島の爺さんはなんて言ってるんだ? 未来が見えるんだろう?」
「……わからないって」
「なんで?」
「里帰りした後に、地球に戻って一元さんに報告する未来は見えないらしいんだ」
「つまり、向こうに行きっぱなしか」
「うん、帰ってきても、一元さんが亡くなった後だって」
「そうか、爺さんの未来予知っていうのは、爺さんが死ぬまでしか見えないのか……」
「そうらしい。……そういう話はしなかったけど、多分自分の死に方とか見えてると思う」
それを聞いて遥歩は一層寒々しいというようにジャージの襟をたてて首をすくめた。
「自分の死に方か……どれだけ頑張って避けても最後は来るんだよな。キツいよな」
「うん……」
二人はそれきりしばらく黙った。無言に耐えられず、先に口を開いたのは航真だった。
「前世の世界に、未練はないのか?」
「一つだけあったよ。けど、もう無い。無いと思うことにする」
それに航真がなにか言おうしたとき、遥歩は唐突に大きく手を振った。
見ると、尸遠が玄関から出てくる。尸遠は半泣きで駆け寄ってきて二人に腕を広げた。これを二人そろって受け止める。再会して尸遠はぽろぽろと泣き始めた。
「おうおう、怖かったな」
「ちがうもん、そういうんじゃないもん」
「じゃあなんで泣いてるんだよ……はあ、いままで黙ってたの、辛かったな」
そういって遥歩はぽんぽんと尸遠の背を擦った。
「多少の秘密は誰にだってあるもんでしょ」
と返す尸遠。これに少し笑う桜塚。
「それより、弁護士さんとかは? 一緒じゃないのか」
「ううん、そういう感じじゃなかった……そういう感じのは、これからだって」
それを聞いて、航真は顔を渋くした。
「じゃあ俺のところにもそのうち刑事さんが来る感じか……」
「それいったら俺もだよ」
「二人の顔見たら、なんかお腹へってきた。へらない?」
これに遥歩二人はそれぞれに小さく笑う。
「サラダチキン、一個くらい残してないのか?」
「全部学校だし、持ってても取り上げられてたと思う……革靴とかどうなったかな」
「そのへんは学校なり警察なりが適当になんとかしてくれると思うよ」
「そうか、お前も何も食ってないのか。取調室でカツ丼とか」
「そんなもんなかった。水かなにかは出してもらったけど、怖くて口つけなかったし」
「まあ、後で代金払わされるらしいからなあ、ああいうのって」
二人のやりとりを聞きながら、黙々とスマホの地図アプリを操作する航真。
「新発田さんまだそんなに遠くには行ってないと思うから、電話して戻ってきてもらう?」
「なんて言われたの?」
「電車で帰ってくれって」
「じゃあ電車で帰ろ。途中の駅で、どっかに入って食べればいいし。で、駅どっち?」
そっち、と二人そろって国会議事堂の方を指差す。
すると二人の手をとって引っ張るように歩き出す尸遠。
「この辺に安い食い物屋なんかあるのか? そこの公園みたいなとこ、皇居だろ」
「公園て、まあぱっと見そんな感じだけど」
スマホで地域情報を検索しながら、航真が応える。これに尸遠がぴたりと足を止めて、ほぼ真後ろを向いて、てろんと垂れた袖を突き出すように警視庁の門前の彼方を指差す。
「そこの東京地裁の地下に牛丼屋あるよ」
「なんでそんなん知ってんの?」
「小学生の時、じいちゃんの作品パクった人の訴訟見に来たときに食べた」
「へえ、そんなことが」
「警視庁から出てきて裁判所でご飯食べるのは……俺、なんか胃もたれしそう」
「とりあえず大きい駅まで出よう。高校のジャージでここは場違い感が強すぎる」
「それを言ったら、僕はいつでもどこでも浮いてる気がするよ」
尸遠のぼやきに桜塚がふっと一笑する。
「あ、鼻で笑ったでしょ」
「いや自分で言っちゃうんだな、って……さっさと行こう。ここは風が強い」
そう言いながら、三人は枯れ葉舞う歩道を歩き出した。
登校も昼食もいつも一緒だが、一緒に帰るというのは、初めてのことだった。
(終)
マキシマシオン~巻島屋敷と火花を渡る異世界人~ たけすみ @takesmithkaku
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