アップデート

根竹洋也

アップデート

「もう少しだ。もう少しでアイツを!」


 ターゲットはもうすぐあの大通りをリムジンで通り過ぎるはずだ。この国の民を苦しめ続ける、あの悪魔。


 気の狂った独裁者のせいで、若者は戦争で命を落とし、軍事費で経済は疲弊し、通貨の価値は暴落し、必死に貯めた貯金はその価値が半分になった。操作された選挙で政治家を選んだ善良な国民は、今や世界の敵扱いだ。


 それなのに、まだアイツは防弾リムジンに守られ、豪華な家でおいしい食事をしている。


 アイツさえいなければ……そう考えた俺はついに行動に出たのだ。


 この国がその国力に不釣り合いな膨大な研究開発費を投入して開発したパワードスーツ、その最新型を盗み出した。つい1週間前に実験的に配備が開始された最新型だ。これなら、大統領の車列を守る旧型のパワードスーツ兵には負けないはずだ。


 視界のヘッドアップディスプレイにターゲットが接近していることが表示される。念のため時計を表示させ、時間を確認した。

 間違いない、あの車列だ。狙うは大統領の乗る防弾車両。


 パワードスーツのアシストを最大にし、一気に接近する。強化された筋力と補助スラスターのおかげで、目にも止まらぬスピードで駆けた。


 不審なパワードスーツの接近を感知し、慌てる兵士たち。護衛のパワードスーツ兵がこちらを指さしている。


「遅い!」


 スラスターを逆噴射し、停止する。強力な減速Gも、パワードスーツが緩和してくれた。

一気に跳び上がる。強化された跳躍力でビルほどの高さまでジャンプ、すぐに下方向に加速し、邪魔な目の前のパワードスーツ兵に突っ込んだ。

 最新のパワードスーツにしかないエネルギーシールドは俺への衝撃を防ぎ、同時に相手を弾き飛ばす。性能差は圧倒的だ。


「いけるぞ、あの悪魔を、この手で!」


 こぶしを握りしめ、肘のレーザーブレードを展開した。分厚い鉄板をやすやすと貫通するこの刃が、アイツの胸元を防弾リムジンごと貫くだろう。


 スピードを上げて逃げようとするリムジンをにらみつける。スラスターを全開にして、急加速。窓ごしに、アイツのひきつった顔が見える。


「23時ちょうど、お前の死亡時刻だぜ!」


 その時、間の抜けたメッセージが目の前に広がった。


〈緊急アップデートを開始します〉


 俺の体は突然力を失い、次の瞬間には放たれた無数の銃弾が体を貫いていた。



        【緊急のソフトウエアアップデートのお知らせ】


 先週試験配備を開始したパワードスーツ PS-30Z1 にソフトウエアの不具合が発見されました。つきましては本日23時に緊急アップデートを行います。

 アップデートはオンライン制御で完全に自動で行われます。また、アップデート中は誤作動を防止するため、すべての機能が停止します。運用中の各部隊におきましては、上記時間の稼働を絶対に行わないようにお願いします。

 ご不便をおかけしますことをお詫び申し上げます。


 共和国兵器局

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アップデート 根竹洋也 @Netake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ