第6話 君が書く私が、本当の意味で自由だったから
それから彼女が突然「せっかくだし青森らしい物が食べたい」と言い出したので、駅近くにある海鮮市場に行って海鮮丼を食べた。
美味しいけど値段がなかなかに高かった。
僕は980円のサーモン丼を注文するのにずいぶんと躊躇していた。
しかし、彼女は僕が悩んでいたその商品の3倍以上もする、人間の欲望がすべて詰まったような海鮮丼を思い切りよく注文した。
僕と彼女では食に対する感覚が大きく違うようだ。
思い返せば彼女と合う感覚なんてほとんど無かった気もする。
普通の中学生はいくら遠くに旅行に行きたいと思っても、金銭的な面や気持ち的な面で諦めるだろう。僕だってその一部だ。
だけど普通の人と違う感覚を持つ彼女は、「自販機を見に行きたい」という思いつきみたいな理由だけで和光市から700kmも離れた青森まで来た。
「茜さんってやっぱり他の人と結構違うよね」
僕がそう言うと、彼女はキョトンとした表情で固まった。
「私が変人だっていうのは、先週君の口から聞いたから改めて言わなくていいよ」
「改めて思ったんだよ。行動力の塊だなって」
「自由に生きたいからね。やりたいこと、全部やるって決めたんだ」
誇らしげに彼女はそう言った。
こういう自由奔放なところが僕は好きだ。
「僕も茜さんみたいに自由に生きたいな」
「君のほうが自由だけどね」
茜さんは小さな声で言った。
予想していなかった返答で僕はなんて言ったらいいか分からなくなった。
いつもみたいに自信満々に何か言い返してくると思っていたから。
「どうして?」
混乱した僕はとりあえず聞き返す。
「……さあ、どういうことだろうねえ」
他人事みたいにとぼけられる。
意味を頭の中で考えていると、彼女がスマホを取り出して言った。
「そろそろ時間だね。新幹線乗り遅れちゃうや」
僕は違和感を覚えて、時計で時間を確認した。
「……え、まだ1時半だよ。早くない?」
青森に来てから4時間ちょっとしか経っていない。
せめてもう少し見て回りたいと思っていたから、僕はがっかりした。
「私は忙しいからね。6時までに埼玉帰らないとだめなんだよ」
「……夜になんか予定あるの?」
「うん。塾いかないとだからさ」
彼女は立ち上がって笑った。なんだか下手くそな笑顔だった。
会計を済ませて新幹線に乗る新青森駅まで向かう。
新青森駅まで向かう電車に2人並んで座った。
がらりと空いた車両には、僕ら以外誰もいなかった。
「そういえばさ、朝に茜さん言ったよね。僕には小説家としては致命的な欠点がある、みたいなやつ」
「……意味わかった?」
彼女は窓の外の景色をぼんやりとした顔で眺めていた。
「いや、結局分かってない。僕が一人で考えても正解にたどり着けそうな気がしないからさ、答え教えてほしいなって」
「……君に目的聞かれた時にさ、りんごジュースの自販機の話したでしょ」
俯きがちに口を開いた。
「あの自販機さ、本当は東京駅にもあるんだよね」
「……え」
「そもそもそんな自販機さ、どうでもよかったんだ。じゃあどうして私は君を連れて青森まで来たんだろうね」
「……小説の──」
頭の中には微かに別の答えが浮かんでいた。
だけれども僕はそれは口には出さなかった。出せなかった。
「ほら、君はやっぱり小説家には向いてないや」
僕はモヤモヤを抱え込んだまま新幹線に乗り込んだ。
おそらくそれは彼女も同じだったのかもしれない。
大宮に着くまで、彼女は永遠に外を見ていた。
大宮に着いて改札を通るなり、彼女は言った。
「塾、大宮だからここで。また今度ね」
笑顔で手を振りながら、彼女は僕から徐々に遠ざかっていく。
僕もその姿を眺めながらひらひらと手を振り返す。
「うん──」
もう十分に離れた彼女は、もう僕のほうを見てはいなかった。
その小さな後ろ姿を見た瞬間、僕は咄嗟に駆け出していた。
人混みをかき分けて彼女の腕を掴む。
振り返った彼女は目を大きく見開いた驚いたような表情をしていた。
「き、君らしくないなあ……どうしたの」
僕は息を整えて、はっきりと言った。
「塾さ、今日行かなくてもいいじゃん」
「でもそんなことしたら親に怒られるから──」
「僕がなんとかするから」
そう告げると彼女は変な風に笑った。
「ふふ。君がどうやって説得するの」
「う……と、とにかくなんとかするんだよっ」
咄嗟に出た自分の言葉のせいで、僕は顔を赤くした。
「そこまで言うなら……行くか行かないかはともかくとして、じゃあちょっと歩こっかな」
2人で横並びになってゆっくりと歩く。
駅からは次第に離れて行って、街中の人の数も徐々に減っていった。
「それにしても意外だ。茜さんが塾に通ってるなんて」
キョトンとした顔で僕のほうを見る。
「意外って、どうして?」
「だって、茜さんって地頭よさそうだから。学校の授業だけで全てを理解してそうだし」
「そりゃ君よりはいいだろうけどさ。行けって言われてる高校が結構レベル高いんだよ」
「へえ。ちなみにどこなの?」
彼女が口にした高校名は、確かに全国的に有名な超進学校だった。
「すごいな茜さん。僕は地元の高校でいいやって思ってるのに」
「あそこ制服かわいいからいいよね」
「でも茜さんはそのすごい頭いい高校に行くんでしょ。茜さんと同じ学校なのもあと1年半くらいかあ」
気が付くと彼女は隣にいなかった。
慌てて振り向くと、そこに立ち止まっている彼女がいた。
「……そうだよ。私はみんなと、君と、きっと違う学校に行くんだよ」
「うん」
「みんな、つまらなくなった私のことなんか忘れちゃうんだ」
暗くて表情がよく見えなかった。
「それは悲観しすぎだと思うけど」
どんな顔をしているかは分からなかったけど、首を横に振っているのだけは見えた。
「行きたくないや。そんな勉強ばっかりしてそうな高校」
「だったら親の希望なんか無視して自分が行きたいところいけばいいじゃん」
そもそも論を僕は展開した。
「そんなこと許してくれないよ。お父さんの言うことは絶対だもん。……ねえ、君に小説書いてって言ったの、どうしてか教えてあげるね」
彼女が僕に近づいてきて、僕の手を握る。
咄嗟の出来事で、僕は思わずドキッとした。
「君が書く私が、本当の意味で自由だったから」
好きな子をモデルに小説書いてたら本人にバレた。 おかだしゅうた。 @luru_su
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