第5話 グランツェルの魔術使い

 ──そうして、わたし達が音を追ってたどり着いたのは、学校の奥も奥……、今では物置になっている教室の前だった。


「ここ……だよね? なんか楽器の音聞こえるし……」 


 近くまで来てみると、やはり大分鮮明に音が聞こえる。先程、上の階で聞いたよりも、美しく感じられるその音色は、いまわたしたちがいる眼の前にそびえ立つ古臭い扉の先から聞こえている。取手が長年の使用で汚れた、いかにも公立高校らしい扉の腹を撫でる。ホコリのついてしまった手を払いながら、わたしはトリーの方を振り返った。


「……今更だけど、これ、どうする? 開けていいと思う? 練習してたりしたら邪魔になっちゃうんじゃ……」


「いやここまで来ておいて今更日和る!?」


「日和るよ! 日和ってるやついるよぉここに! ──にしても、綺麗な音だねー。透明感があるっていうかさ、日々の生活によって溜まったストレスとか穢れが浄化されていく気がするよー……」


「まあ、その気持はわかるけど……。にしても、マジでなんだよ、この楽器……? やっぱり弦楽器系だと思うんだけど……。ビミョーに聞いたことない音なんだよなー……」


 トリーの言葉に、ふたりでうーん、と首をかしげる。


 正直言って、わたしはなんの楽器が演奏されているのかとか、そういうのにはあんまし興味がなかったりする。それに加えて楽器に関する知識とかもないから、多分聞いてもふうん、って感じになっちゃうと思うし……。


 じゃあなんで来たんだよと思われるかもしれないけど、そんなもん、トリーとの会話が気まずくなったから、話をそらすために、ノリと勢いで突っ走ってきちゃっただけだ。


 だからこそ、普段ならめんどくさがってノッてこないであろうトリーが素直に着いてきてくれたのも、なんかわたしよりもその演奏に興味あるっぽいのもちょっと意外で、そっちに気を取られてしまった。


 ──だからこそ、背後に迫ってきている何者かに、気づくことができなかったんだと思う。ちょっと言い訳臭く聞こえるかもしんないけど。


「そんなに気になるなら、実際に行って、もっと近くで聞いてみたらいいんじゃないかな? ──アモウの隠し子、キミは特に歓迎されると思うよ? ほら、」


 そんな声が聞こえてきたのと、背中に何かが触れるのは、ほぼ同時だった。


「──ぅえ」

「──は?」


 今思えば、唐突に背後から聞こえてきた声に驚かず、振り向いておけばよかった。それが本当にできるのかは別として、そうしておけば、わたし達をこんな目に合わせたやつの顔くらいは拝めたかもしれないのに。


 ……あとは、聞こえた声が可愛い女の子のものっぽかったから、どんな子なのかなぁという下心みたいなのも、あったりなかったり……。


 ──ゴホン、それはともかく。


 呆気に取られたわたしとトリーの前に、教室の扉が迫る。


 ──ぶつかる!!!


 こういうとき、きちんと普段から運動してるような人なら受け身とか取れるのかもしれないけど、学校の登下校の徒歩30分以外はほぼほぼ怠惰な引きこもり生活をしているわたしとトリーにそれをしろっていうのは、流石に無茶ってもんでしょうよ!


 そんな誰にともなく、心のなかでオタク式早口言い訳をまくし立て、目をつぶった瞬間、強烈な光がわたし達を包み込む。


 驚きと焦りで頭が真っ白になる中、せめてトリーが床に激突しないよう、無意識に体を捻ったわたしの視界に映ったのは──なぜか寂しそうに、見たこともない楽器を奏でる、制服姿の「誰か」だった。


「──あ」


 その音色が、佇まいが、雰囲気が──とにかく、その人と、その人を優しく照らした夕日の指す教室があまりにも、ひとつの芸術作品なのではないかと疑うほどに美しくて。


「ちょっ、楠木田!?」


 トリーが呼ぶその名前がわたしのものだと脳が処理仕切る前に、後頭部に鈍い痛みが到達して、わたしはあっさりと、意識を手放してしまったのだった。


 ─────


 ──時を少し遡り、数ある異世界のうちのひとつ、コンディスタの北東に位置するマンキン大陸が一国、エラルド神王国に視点を移そう。


 その中央にそびえ立つ巨城、エラルド城の頂上に刺さった塔、その最上階の最も大きな一室に、この世のものとは思えないほどの超絶ド美少女が立っている。

 エラルド神王国の特産物である緑魔石の中でも高純度のものをふんだんに使用して建造されたその部屋は、エラルド王城の一部である塔の一室というくくりではあるんだけど、実質的な役割としては、神殿とか、儀式場とか、そう形容するのが正しいだろう。


 なんなら、この部屋に足を踏み入れるものに対して荘厳で厳格な空気を感じさせるために、わざとそういう雰囲気の内装にしている、というのが正しいのかな?


 そして、そんな懺悔室のように神聖な部屋の中、超絶ド美少女は中心に描かれた魔法陣の上で、呪文をブツブツと呟いている。──魔法陣とたまに漏れ聞こえる単語の並びから察するに、おそらく何かを変質させる類の魔術──の、さらに準備段階の魔術だろうね。随分と大きく複雑な魔術式が魔法陣を縁取っているっぽいし、めちゃくちゃ大掛かりな儀式でもするっぽい。


 それに呼応して魔力を帯びた緑魔石が輝きだし、ほんの少し暗く重い空気を漂わせていた部屋が明るく照らされていく。


 ──そうして、どのくらいの時間が経っただろうか、ド美少女は呪文の詠唱をやめ、大きく深い溜め息をついた。と同時に、魔法陣──この場合は魔術と言ったほうが正しいんだろうけど、が一際輝き出した。


 あまりの輝きにさしもの私ですら目を開けられなくなって目をつむり──、光が収まって目を開けてみると、そこには、もはや白い空間しか残されていなかった。


「おおう、気づかれちゃったかあ。流石に勘が鋭いね」


 ──ゴホン、こうなってしまっては仕方がない。何を隠そう、実は今までのやつ全部、全部盗撮……盗視?していたものを皆さんに実況していたのである。要は普通に犯罪です、反省してます、テヘペロ。


 多分だけど、なんか視線を感じたか、マナの巡りに違和感を覚えたかで超絶ド美少女──名前はリアラって言うんだけど──が遮断するようにしたんだろうね。多分何かしら事前に対策してあったんだろうなー。


 とはいえ、これ以上踏み込んでも警戒を強められるだけだろうし、ここらが引き際かな。元の通り、叶音の方に視点を戻そうか。恐らく、彼女の方もそろそろ目を覚ます頃合いだろうから。


 それでは皆様、喜怒も哀楽も、全てを供えた私の国を──いや、この世界を。心ゆくまでお楽しみいただければ幸いです。


 ──グランツェルの魔術使いとして、この一幕に祝福を。

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『死に職』陰陽師はお荷物だと勇者パーティを追い出されたので、世界を敵に回そうと思う 尾石井肉じゃが @014129jaga-2416

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