第4話 非日常のプロローグとかつての日常
そもそもの話をしよう。
どうして、わたし達──楠木田叶音と、鳥居歩夢が異世界にいるのか。
どうして、鳥居歩夢が勇者となって、パーティを率いているのか。
どうして、わたしなんかがルピスの婚約者となったのか。
──どうして、わたしと鳥居歩夢が、決別することになったのか。
これは、わたしとわたしの大切なともだちが、別の道を行くまでの前日譚にあたる話だ。
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──そう、すべての始まりは、暖かな強い風の吹く春の日。
その日は週に月火木金と4回ある、我らが「漫画・アニメ研究会」──通称漫研の活動日であり、新入生が入学してから初めての部活動のあった日。すなわち、体験入部の初日のことだった。
わたし達の通っている──今になっては通っていた、だけど──高校である、都立神楽高等学校では、研究会は5人以上でないと存在できないという決まりがあり、現在部員はわたし、楠木田叶音と、部長であるトリーこと鳥居歩夢のふたりだけだった。
つまり、あと残り3人の部員を、今年入ってきた新入生から確保しなければならないわけだ。もしできなければ、わたし達の心の拠り所であるこの部活が廃部になってしまう!と、わたし達は意気込んで、できる限り多くの新1年生に興味を持ってもらえるように、準備してきたのだ。
そんな感じで、ドキドキしながら迎えた部活動初日だったわけだけど──
「んじゃ、センパイ方、今日はありがとうございました! センパイ方のおかげでめちゃめちゃ楽しかったっす! また来まーっす!」
「いやぁ、まさか『クラン=クラウン』一巻の特装版特典持ってるヒトがいると思ってなかった〜! アタシの知らない話もいっぱい聞けたし、ちょー面白かったです! ありがとーございましたー!」
「あはは、楽しんでもらえたならよかったぁ〜。正直ちょっと緊張してたから、みんなが来てくれて安心しちゃったよ〜。明日からもいろんな部活見たりすると思うけど、そのあとからでも、もし入りたいって思ったら、入部届、貰いに来てくれると嬉しいな」
「「「はーい!」」」
思い思いに感想を述べ、帰路についた後輩たちの背に手を振ったあと、わたしは安堵のため息を吐いた。
今日部活見学に遊びに来てくれた人数は、なんとびっくり全部で15人。これだけいれば、研究会の存続に必要な3人くらいは確保できそうかなぁ。
とはいえ、まだ明日からも引き続き見学の新入生は来るだろう。わたしはひとつ伸びをして、今日のために用意したパンフレットと、呼び込みのために置いておいた『クラン=クラウン』の大人気キャラ、十六夜ユウの等身大パネルを片付けていく。
「そのパネル、楠木田が描いたんだっけ? 上手いよねー、絵のタッチも原作そっくりだし。……もしかして、模写だったりする?」
「いや、正真正銘、わたしが描いたやつだよ。よく描けてるでしょ? ……まあ、伊藤先生の描くユウくんの
方が、百億倍はカッコいいけどねー! 伊藤先生はちょーぜつスーパーすごい漫画家だから!」
ふふん、と胸を張ってみせると、「なんで楠木田が誇らしげなのさ……」と呆れた声が返ってくる。わたしがにひひ、と適当に笑ってみせると、トリーがこれまた呆れたようにため息をついた。
「それにしても、なんでユウの方が人気上なんだろうなー。主人公のルベルの方がよっぽどカッコいいだろ。アイツいいやつだし、努力家だし? ユウは斜に構えてる感じが気に食わないんだよなー。あとなよなよしてるとことか」
「えー、そのなよっちいわりに強いっていうギャップがカッコいいんだよ〜! てか、斜に構えてんのは割とトリーも似たとこあるじゃん……。あとあれあるでしょ、女子に人気ゆえの嫉妬みたいなの。今日も女の子たちみんなユウくんと写真撮ってってたもんねぇ」
「いや嫉妬とかそういうんじゃないですけど!? むしろ、その女オタの方がにわかくさくて無理なんだが!? てか、クラクラアニメ化で一気ににわかが増えて最悪すぎるんだよ……。普段アニメとか見ない陽キャ共まで入ってきて、民度悪くなってるし……」
「えー、わたしは嬉しいけどな! 大好きなクラクラがもっともっと沢山の人に好きになってもらえるし! それにほら、誰だって最初はにわかなんだから、温かい目で見守るのが、先輩オタクの役目ってやつですよぅ〜」
「まあ、それはそうなんだけどさ……。でもさ、楠木田は嫌じゃないの? 今日だって、新入生にキーホルダー触らせてたじゃん? あの特装版の特典で付いてくる、ルベルのナックルのやつ。みんなあれは丁寧に触ってたけどさぁ、もうひとつのロッドの方は雑に扱ってたじゃん」
「あー……。あれはねー……、まあ、ちょーっと、というか結構、悲しかったかな……」
わたしはポケットにしまっていた家の鍵を取り出した。いや、この場合は、取り出したのは家の鍵と言うより、たった今話題になっているキーホルダーの方か。
『クラン=クラウン』の主人公、ルベルくんのメインウェポンである『ガンナックル』と、『マジカノ☆みゅ〜ず』の主人公、カノンちゃんのメインウェポンの『ムジカロッド』……の、レプリカキーホルダーだ。
わたしがよく家の鍵を失くすので、大切にするようにとお母さんとお父さんがくれた、大切な宝物だ。実際これをつけるようになってから、わたしは鍵を失くしてない。
このふたつを、今日の部活見学では『クラン=クラウン』──略してクラクラ──のファンの子たちに見せてあげていた、わけだけど……。
まあ、わたしの大切なものが、他の人にとっても大切かどうかはまた別の話なわけで。新入生の子たちはガンナックルのほうに気を取られていたから、多分扱いが雑になってしまっていたんだろう。
見ていていい気はしないけど、見た感じ傷がついたり、壊れたりしているわけではないので、わたしは気にしていなかった。
けど、長い付き合いだからわかる。トリーはそのムジカロッドの扱いにいい気がしなかったんだろう。わたしは、トリーがわたしの次に『マジカノ☆みゅ〜ず』が好きなのを知っていた。
だからこそ、彼らの行動がトリー的にアウトなのがわかっていたから、新入生の子たちがいるときに爆発しないかハラハラしてたんだけどね。いやマジで、耐えてくれて良かったー……。
「……いつも思うけど、楠木田って嫌だと思ったこととか、すーぐ飲み込む癖あるよねー……。和を乱さないようにー、とか、空気壊さないようにー、みたいなさぁ。そりゃまあ、そういう空気読みスキル、陽キャサマがたにおかれましては大事で候って感じなんでしょうけど? 正直、傍から見てるこっちとしては、イラっとすんだよねー……」
「──」
唐突にトリーに次々と不満を列挙され、言葉を失ったわたしを置き去りに、トリーは更にまくしたてる。
「てか、そもそもあの陽キャ共が気に食わない! なんなんあれ!? ひとのモノを丁寧に扱うとかはさ、オタクとしてってよりかは、人として当たり前のことなんじゃないですかねー!? あ、もしかして、そういう良識とかすらないのかな、ここの生徒って! ま、こんなバカ高に通ってる人間なんてたかが知れてるけど? それにしたって人から借りたものは丁寧に扱いまちょうねー、なんて、今どき小学生でも言われないでしょ!」
「い、いやぁ、まあ、この学校に通ってるのはわたし達も同じなんだし、その発言は完全ブーメランだとは思うんだけどね……」
あとこの学校、別に頭が悪い学校というわけではない。確かに都内にはもっと頭がいい私立の高校とかはいっぱいあるけど、カグコー──神楽高校も、十分進学校といえる方だと思う。
というか、わたしはトリーと違ってメチャクチャ背伸びしてこの高校に入ったので、カグコーが頭悪いと言われると、ちょっと落ち込むんだよね……。
いやまあ、トリーは頭いいから、このレベルの学校の生徒なんて、私含めてみんなバカに見えるのはわかってるんだけどさぁ……。
「てかさ、楠木田ってぶっちゃけどっちの味方なわけ? よくクラスの陽キャ連中とつるんで、あのクソゴミ音源不正利用アプリで動画とか撮ってるけどさぁ、オタクやってることも公言してるんでしょ? ──『クラクラ』が流行ってオタクへの風当たりが緩くなったとはいえさぁ、そういう陰キャ陽キャ、どっちもつるめますー、っていう陰陽師的な? どっちつかずな立ち位置でいると、いつかどっちかから刺されるとは思わないの?」
「うわー! それ聞いちゃう!? そんなのわたしが一番怖いに決まってんじゃん! でも今キャラ変したらそれはそれでヤバいことになりそうじゃん! もういまさらどうしようもないんだよー! あとそのアプリ、正式名称『トリッカー』だからね? 絶対その悪口、クラスで言っちゃだめだよ? 次の日から学校来れなくなっちゃうからね?」
「いやんなもん知ってますが!? わざとですー、皮肉ですー、嫌味ってやつですー! てか、楠木田に言われなくても陽キャと話すことなんてないし、向こうもこっちの発言なんか気にも留めてないよ。──誰かさんと違ってさぁ」
「はいはい、この話やめにしよ! マジで碌な流れになんないし……」
というか、改めてわたしの状況というか、立ち位置を言葉で表されると、なんで今、仮にもなんとかなってるのか、マジでよくわかんないな……。
確かにトリーの言ったように、クラクラが日本で社会的大ブームとなってからというもの、『アニメ、ゲーム=キモい、根暗』とかのイメージは減ったように感じる。
駅で見かけるいかにも「陽キャ!」、「リア充!」って感じの見た目の子が、クラクラを始めとした2次元コンテンツのキャラクターグッズをカバンにつけてる光景も、だいぶ見慣れてきた。
とはいえ、やっぱりまだ『ガチ』のオタクに対する忌避感というか、嫌悪感みたいなものが完全に消えたわけではないとは思う。『トリッカー』を見ていても、やっぱり流行っているから乗っておこう、みたいな人がおおく見られるのもまた事実なわけだしね。
本来であれば、いわゆるスラングでいう『陰陽師』みたいなのって、本当のコミュ強じゃないと受け入れて貰えないと思うんだけど、ぶっちゃけわたしはそこまでコミュニケーションが上手いわけじゃない。
ただそれでも曲りなりに、なんとか平和な学校生活が送れているのは、クラスのいわゆる『陽キャ』の子たちの善意と──
「……なに? 急にジロジロ見つめられると怖いんですけど……」
「いやぁ、トリーみたいな、優しくて学年一頭がいいひとが、わたしの友だちで良かったなー、って思っただけ! いつもわたしみたいな赤点常習犯の勉強に付き合ってくれたり、『クラクラ』と『マジみゅ』の長文感想の餌食になってくれたりで、迷惑かけてばっかりだけど、友だちでいてくれて、ほんとにありがと!」
「それ聞いて怖い通り越してむしろキショ! って感じなんだけど!? 何急に!? 楠木田がそういう事言いだすと嫌な予感しかしないんだけど!?」
「えー! 普通ここは照れるところでしょ! お約束的なあれで言えば、──って……、なんか聞こえない? 楽器の音みたいな……」
「はあ? 何? 今日楠木田なんかちょっとおかしくない? 熱でもあんの? 楽器の音って……。どう考えても吹奏楽部の連中に決まってんじゃん」
「いやいやいや、今日吹部の子たち、合宿行ってるって話だったじゃん。……ほら、クラスにも花梨ちゃんいなかったでしょ? 水本花梨ちゃん」
「そうだっけか……? 正直興味ないからわからん……」
「もー! トリーはもうちょっと自分の周囲のこと、気にしたほうがいいと思うな!」
そう言うと、トリーはもの凄く嫌そうな、あと面倒くさそうな顔をして……、その一瞬あと、なにかに気がついたような顔をした。
「あ……。聞こえた。何これ、弦楽器? ヴィオラ……、いや、チェロ? にしては……」
「あ、トリーにも聞こえた? ほらね、やっぱり誰か楽器演奏してるんだよ! 聞きに行こう! 近くで聞いたほうが絶対いいって!」
そう言って、わたしは音のした方向に向かって廊下を走り出す。
すると後ろから、トリーがわたしに問いかける声が聞こえてきた。
「あ、ちょっと! 片付けはちゃんとしてこうよ! てか廊下走るな!」
「片付けなんてあとでいーじゃん! ほらほら、トリーも! 急がないと帰っちゃうかもよ!」
「いやマジか……。──しゃーないな、もー……」
そうして、わたし達二人はバタバタと騒ぎながら、音のする教室の方へ向かっていったのだった。
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