第2話 コリウス


オスのセミ達がパートナーを探すために、羽を擦り合わせ、けたたましく鳴く、高校三年生の夏。

私はいつも通り樹君に話しかける。


「樹君!一緒に帰ろう!」

「うん。」

樹君は私に優しく微笑みかける。

「自転車とってくるからちょっと待っててね!」

私は駐輪場に樹君を待たせないようにと、小走りして向かう。


その間、ふと樹君と合った時を思い出す。


樹君とは高校で出会った。

中学2年生の初め頃、大阪から長崎にやってきたらしく、同級生たちとはどこか少し違う気がした。

最初はそれのせいが近寄りがたかったが、授業のグループワークをきっかけに仲良くなった。


それで帰る方向が同じで一緒に帰るようになった。


樹君はとても頭がよかった。最初はガリ勉君だと思っていたけれど、しゃべるうちに優しく気遣ってくれる彼に少し惹かれていた自分がいた気がする。


樹君は自転車を押している私の歩幅に合わせてくれる。

私は会話のネタがなくて今日会った出来事を必死に頭から引っ張り出して会話が途切れないように話す。

面白い話ができていなかったが沈黙が怖くてとりあえず話すしかなかった。

それでも樹君は私の話を優しい笑みで聞いてくれる。


「そうだ。コンビニよらない?」

「うん。良いよ。」


私たちはコンビニに入った。

樹君は真っ先にスイーツコーナーに行きコーヒーゼリーを手に取った。


「ごめん。先買っとくね。外で待ってるから。」


樹君が言った


「うん。分かった。」


私はそう言いお目当てだった新作のジュースを探しに行く。


(あった!)


ジュースを買って外に出て樹君を見ると樹君はコーヒーゼリーを食べながら夕日に燃える空を眺めていた。

いや、正確に言うと「空」じゃないような、心がここにないようなそんな横顔。


(またそんな顔してる......)


いつも通りの横顔。


この横顔を見ると、いつか樹君がパッと消えてしまいそうな、急にこの世から消えてしまいそうな、そんな不安が自分を襲う。


そしていつも心配になる。この心配は樹君に向けてのものなのか、それとも自分に対しての感情なのかわからずにいた。


だが、どこか遠いところを眺める樹君はどこか大人っぽくて、クラスメイトの男子たちとはどこか違う気がした。そして、私はそんな樹君が好きになってしまっていた。


樹君はこちらに気づき

「お。古川は何買ったの?」

「え~と、新作のジュース。この前㎝でやってたのを思い出して。樹君はいつものコーヒーゼリー?」

「うん。あんまり冒険できないタイプでさ。そのジュースおいしい?」

「結構おいしいよ。飲んでみる?」

(やっちゃった......変なことを言ってちゃった。これじゃあ間接キスじゃん!)

「…じゃあもらうね。」

樹君は少し考えた後にペットボトルに口をつけずに飲み始めた。

その手があったかぁ。感心すると同時に少し残念な気持ちになった。


「おいしいね!これ。」

「あっうん!美味しいよね~」


樹君がコーヒーゼリーを食べ終わるのを待ってから私たちは歩き始めた。

もう話しのネタも尽きお互いほとんど無言で歩いた。


分かれ道で樹君が

「じゃあ、家こっちだから。また明日」

(もうそんなところまで歩いていたのか)

と、思ったが名残惜しい気持ちを抑えつつ言った。

「うん。じゃあね。」


樹君は自分に背を向けて歩き始めた。

その樹君の背中は逆光のせいか暗く黒くなっていてまた少し不安になる。


そういえば樹君はもう進路決めたのかな。

私は進路を決めかねていた。

(明日、樹君に聞いてみようかな…)


そう思って自転車に乗って走り出した。

私は自転車に乗るのが好きだった。風を切るとともに悩みも吹っ切れるというか…


だが、最近は全く気持ちが晴れない。

そのまま家についてしまった。


次の日、私は放課後に職員室に呼び出された。


「古川。お前進路希望まだ出してないよな。どうするつもりなんだ?」

先生が提出の有無を記している紙を確認しながら言った。

「すいません。まだ、決めてなくて。」

「明日までに進路希望調査ちゃんと書いて来いよ。」

先生はそう言って調査書の紙を渡してきた。


「ごめん。樹君。待たせちゃって」

廊下で待ってくれていた樹君に声を掛ける。

「ううん。気にしないで。」

やっぱり樹君は優しい。


一緒に帰りながら樹君に聞いている

「樹君はもう進路決めたの?」

「東京の大学に進学しようかなって思ってるんだ。」

樹君は前を向きながら言った。

「そうなんだ…樹君頭いいもんね。」


もう樹君は進路決まってるんだ…


樹君はもう先のことを考えている。そう思うとまだ決めることができない自分のことが情けなく思えた。私もそろそろ決めなければならない。前を向かなければ。


「そういえば今日はほうき星が見れるってニュースで言ってたよ。」

「へーそうなんだ。確かに友達もそういうこと言ってたような…」

「あそこの丘で一緒に見ない?」

進路の件で呼び出されたせいであたりは暗くなっていて星を見るにはちょうどいい時間帯だった。

「もうちょっと待ったら見れそうだしね。」

樹君は嫌な顔一つせず賛成してくれた。



樹君は相変わらず優しかった。



私たちは一緒にほうき星が見れるまで待つことにした。


私は樹君の顔を見た。いつも通りの顔でいつも通りの心配を自分を襲う。


その後、空を見上げた。そして風が吹いてきて周りの雑草が揺れる。

もう先ほど感じた不安はなくなっていた。


決めた。目の前のことから一つ一つできることをしていくことを。もう逃げないって。


樹君に本当の気持ちを伝える。


「あっ」

その瞬間周りが明るくなった。

真っ暗な空を一筋の光が照らす。


「ほうき星だ!」

思わず声を上げる。


「きれいだね!樹君!」

樹君の顔を見て言う。

その瞬間、私は気づいてしまった。


樹君はいつも通りの横顔だった。いままで感じていた心配。その正体に今、気が付いた。


樹君は私の事を一度も見ていなかった。

今も、私の事を見てくれていない。かといってほうき星を見ているわけでもない。



もっとその先。


空すらも超えたその先を見ていた。




「じゃあまた明日。」

「うん…じゃあね。」


結局私は告白しなかった。きっと、成功しないから......


樹君の後ろ姿を見ながら思った。


私が好きになったやさしさは樹君が自分自身を守るためのものだった。


でも......


それでも......


私は樹君のことがどうしようもなく好きだ。

この想いが一生報われなくても......


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愛の格子 玄遥斗 @kuro_haruto

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