愛の格子

玄遥斗

第1話 エーデルワイス

普通、物語は主人公が軸で話が進む。そしてこの物語は俺が話の軸になっている。

だが、この物語は俺が主人公ではない......

なぜなら......


「礼、ありがとうございましたー」

チャイムが鳴り号令をし休み時間が始まる。

十分しかない休み時間を各々が自由に過ごす。次の授業の用意をする者、友達とおしゃべりをする者、外に出て遊ぶ者。


俺もその時友達の河野こうのと話していた。

だが、目は完全に心美ここみを追ってしまっていたらしい。


「お前、佐藤さとうのこと好きなの?」

河野こうのにそう言われて自分の中でグルグルと渦巻いていた気持ちが複雑な数式の解法が分かったかのようにスルスルとほどけていくような気がした。

「別に好きじゃねえし!」

と必死に弁解した。が河野は僕の心を見透かしたように笑いながら

「いつも目で追ってるだろ?自分の気持ちに素直になって告ればいいじゃん」

と簡単そうに言った。

「そりゃお前みたいに年中彼女がいる奴なら簡単だろうけどさあ」

河野は小学生ながらにプレイボーイなのだ

「じゃあババ抜きでお前が負けたら告るってのはどうよ」

「なんでトランプなんて持ってんだよ」

「そりゃ彼女と楽しむためだよ」

河野は僕に参加の有無を聞かずにトランプを配り始めた

「お、おい!僕はまだやるなんて一言も言ってないぞ!」

「まあまあ、お前が勝ったらコーヒーゼリーおごってやるから」

コーヒーゼリーは僕の大好物なのだ。

「わかったよやるよ」

少々騙されている気がするが、勝てる確率は50%。勝てばいいのだ。


「早く告ってこい」

忘れていた。こいつはババ抜きが異常に強かった。

僕は心美ここみに近づく。

「佐藤。今日の放課後時間ある?」


そうこうしてるうちに放課後になった。終学活が終わった瞬間できるだけ早く着くように待ち合わせ場所に向かう。歩いていると失敗すると無意識のうちにかんがえてしまっているのか走馬灯のように心美と出会った日を思い出した。


小学2年になって僕の家の隣に引っ越してきた女子がいた。それが心美だった。

今思えば一目惚れだったと思う。僕の家に挨拶しに来た時両親の一歩後ろにおとなしそうでおしとやかな可愛い女の子がいて緊張した事がが昨日のことのように思い出される。

その日から心美と遊ぶようになったが、学年が上がるにつれ遊ぶ機会が少なくなっていった。それでも未だに心美に恋心を抱いてしまっている。


そう考えてるうちにいつの間にか集合場所の近くに着いていた。

そこから集合場所を覗くともうすでに心美がいた。


「ごめん。待たせちゃった?」

できるだけ気を使った言葉遣いをする

「いや、私もさっき来たとこだよ」

心美は笑顔で答える。

いつもなら頬が緩んでしまうがそんな余裕なんてなかった。

「で、どうしたの?」

「えっと…その…」

言葉が詰まってしまう。今考えてる事が上手く言語化出来ない。

くそっ今言わなくていつ言うんだよ。もう小6だぞ。中学校からはきっと会うことが少なくなるだろう。

僕は頭をフルに回転させて言葉を練り上げる。

「ずっと前から好きでした!付き合ってください!」

あれだけ頭を回転させたのに口から出たのは笑えるくらいベタな言葉だった。


「良いよ」

「え?」

思いもしなかった返答が帰ってきてあられもない声がでた。

「だから!良いよって!」

なんと、告白は成功したのだ。


そこからの学校生活は一気にカラフルに色づいていた。

初めて苗字じゃなくて名前で呼んだり、一緒に勉強したり遊びに行ったり…

だがその生活がくすんでいくのも早かった。


「中学校楽しみだな、心美」

「それが…一緒の中学校じゃなくて新潟の中学校なんだ…」

「え、新潟?」

ちょっと待てよ。僕らの住む大阪から何時間もかかる場所じゃないか。

「うん。ごめん今まで言えなくて、お父さんの仕事の関係でね」

僕はもう心美とあと会えなくなってしまうのか。

そう考えると胸が締め付けられる。

「そうだ!文通をしよう!引っ越した後に心美が俺の住所に送ってきてよ!」

「うんわかった」


そこから僕は校区内の中学校に、心美は新潟の中学校に離れ離れになったけれど文通によってつながれているような気がした。心美はあっちでもうまくやっているようだ。

だがこの日々も長くは続かなかった。


中1の冬自分の両親から長崎に引っ越すことになったと告げられた。

その時心美と会うことが余計に困難になるということが頭をいっぱいにし、長崎はどんなところなのか転校先の中学校になじめるのかそんなくだらないことを考えるほど頭の余地は無かった。


僕は長崎に引っ越す前に心美に会いに行くことを決意した。

文通で3月8日に行くこと、駅で待っていてほしいということを伝えた。


そして決行の日3月8日に出すはずだった手紙を持ちこの日のためにためておいたお金を持ち心美の住む新潟にいくため新大阪駅に向かった。


新大阪駅から東京行の電車に乗る。

今まで一人で旅行なんてしたことがなかったから不安が募る。ただあることを考えるとその不安もどこかに飛んで行ってしまっていた。今から心美に会えるのだ。


東京に着くと空気はピリッと寒く緩く巻いていたマフラーを冷気が入らないよう締める。東京は同じ日本のはずなのに大阪とは全く雰囲気が違った。エスカレーターに乗ると皆がそろって左側に立っていてそれに倣い左側に寄った。右側に手すりがないのは少し不安だ。


新潟方面の電車が出るホームについた。

だが雪の影響で電車が遅れているようだ。

僕は不安でいっぱいになりベンチに座り手紙を取り出し見つめる。

冷気が自分を責めるように体を冷やしていく。

あの時本当は心美は引っ越しを止めてほしかったのかもしれない。自分ばかりが不安に思っていて文通なんて妥協案を出してしまった。心美のほうがよっぽど不安だっただろうに。そんなことを考えてしまう。


ホームに駅メロが流れ始める。

やっと来た。

安心感のせいなのか寒さで手がかじかんでいたからなのか、電車が侵入する時に巻き起こった風がビューっと吹き寒さで顔をしかめたその瞬間に手紙が自分の手からなくなっていた。

手紙は風に乗りどんどん自分から遠ざかっていく。

追いかけようとしたがもう発車メロディーがなっており手紙はあきらめるほかなかった。


段々と建物もなくなっていき、寒さも厳しくなっていく。

もうとっくに約束の時間はすぎている。

身体が冷えていき心までもが寒さに侵食されていく気がした。


「頼むからもう帰っててくれよ…」


心の奥底から出た言葉だった。

それは僕を駅で待つ心美を案ずる気持ちからなのか心美と会わないで自分だけ楽になりたい気持ちからなのか分からなかった。


それから何時間経っただろうか。

気づくと新潟市内に入っており目的地に着いていた。

もう日をまたぎそうな時間になっていて人気のない駅の改札を出た。

そこには、ストーブの前にあるベンチに座り俯いている心美の姿があった。


「心美」


そう呼ぶと心配していた。というような顔をこちらに向けて安心したせいなのか嗚咽を漏らし始めてしまった。


しばらくすると落ち着いてきたらしく、魔法瓶に入ったお茶をくれた。

さっきは泣いていたから気づかなかったが、中学生になったからか少し大人っぽくなっている気がした。


「これおいしい!」

「ただの玄米茶だよ」

「初めて飲んだ…」

「噓~」

心美と笑いあっていた時間は薄暗いはずのホームのなかで明るく輝いていた。


「そろそろ駅閉めますよ。雪降ってるのでお気をつけてください」


僕らは駅を出て心美の家に歩いて行く。

駅の前には時期外れのイルミネーションがついた木があった。


「あの木すごいきれいだね。」

「うん。冬になると点灯されるんだ。」


僕らは見つめあい、段々と顔が近づいけていく。

ここで、キスをしてしまったらもう戻れなく気がした。

だがもう戻るには遅すぎた。

僕らは木の前でキスをしていた。

今日は雪が降っていて心美の唇は冷たかったが心美が引っ越す前に大阪でしたキスと同じように暖かくて体全体がポカポカした


キスをしたのは数秒だったけど、キスをした瞬間、時間だとかイルミネーションの光だとかほかに歩いている人などがあるすべてが認識できなくなり唯一心美だけが認識出来た。

やっぱり僕は心美が好きなのだと再確認させられた。


そのまま心美の家に泊まった。心美の両親が僕の親に連絡してくれたみたいでかなり心配していたと教えてくれた。

その日の夜はキスした時のドキドキが忘れられなくてあまり寝付けなかった。


朝になり、電車で帰ることにした。心美が駅まで送って来くれた。

別れが惜しかったが仕方なかった。


心美と一緒に居れるほどの力が欲しい。心美との関係を引き裂くすべての障害を取り除けるだけの力を。


そう願いながら電車に揺られた。

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