最終話 これから先の思い出作りの第一歩
春夏秋冬、来れば1番嫌な気持ちにさせられるのは、圧倒的に冬だ。しもやけに襲われるし、厚着しても隙間を縫うように入る風は、俺の肌を撫でるように嫌がらせをする。だから嫌いだ。それは、今も変わらない。
年を跨ぎ、今日から3学期――つまり1年生最後の学期に、俺たちのクラスは変わらず喧騒に包まれていた。あけおめを語り合う人も、初詣を共にした人も、冬休みに何かしらの進展があった人も。
それらの顔に不満は少ない。学校が始まることに、然程嫌悪感を胸にしてないのだ。それだけ、今に満足し、充実を感じているということなのだろう。
そして彼女もまた、その1人であった。
「あけおめ、隼くん」
「あけおめ」
クリスマス以降、会うことも話すこともなかったからか、珍しく長期休暇でいつメンと関われなかったことが影響し、若干気まずさを残した。
花染はとっくにそのことは忘れているようで、でも、どこか雰囲気は落ち着きと悲しみにまとわりつかれているよう。
「年末は楽しく過ごせた?」
既に片付け、手持ち無沙汰。暇を潰そうと俺に体ごと話を投げかける。
「楽しかったとは言えないな。ずっと暇してたし」
初詣の後も、怜はすぐに帰ってしまったし、それから今日まで、怜と顔を合わせてもいない。寂しかったかと聞かれると、まぁ、「うん」と答えてはいただろう。
それほど、好きの自覚はある。
「そっか。伊桜さんとも、別に遊んだりはしてないんだね」
怜はいじわるだから。きっと、俺の気持ちを知っていて、わざと何もアクションを起こさなかったんだ。俺の言動が、好きな人に対してするそれだったから、きっと悟って。
そんなとこも、好きなんだけど。
「花染は?」
「私はそんな気分じゃなかったから、部屋にこもって寝て起きてを繰り返してただけ」
「華頂たちとは?」
「初詣に行っただけ。私のことを気遣って、それ以降は何もなかったよ」
「そんなに、年明けに嫌なことでも?」
「うん。ホントは年が明ける前に、だけどね」
「そうか。今元気で良かった」
どこか爆発的に騒ぎが起これば、必ずと言っていいほどその渦中に居た花染。華頂と共に、人気を持ち、人から好かれる存在。そんな花染が気落ちとは、それほどのことかと結構心配する。
「元気で良かった、ね。ふふっ。言われると、顔を伏せたくなるよ」
「ん?」
言葉の意味を、俺は理解出来なかった。
なんのことかと、間が生まれる前に聞き返そうと、視線を花染に向ける。と、その時だった。ガラガラっと、登校時間ギリギリに、教室の後ろの扉が開かれる。未だ騒がしい教室に、それは大きく影響を及ぼすことはない。
しかし、音だけなら。入ってくる人を見て、喧騒は静寂へと変化した。それはもちろん、俺も。
ロングヘアを結わず、前髪を隠さず、眼鏡を掛けず、そこに本当の姿を顕現させた――伊桜怜が、ゆっくりと教室に足を踏み入れる。誰も彼も、視線の先は怜に向いていて、花染は少し、口端を嬉しそうに上げたようにも見えた。
「伊桜さん、何か良いことあったのかな?」
隣から溢される、寂寞の声。決して自分に寂しさなんてものはない言葉を吐いただろうに、必然的に載ってしまった感情。覚悟を決めた、というよりも、諦めた、というのが正しい。
「そうかもな」
別に求めてないのに。このまま、水面下のやり取りでも、俺は気持ちを伝えていたのに。それでも怜は、自分を貫くことは一切変えない。やっぱり、それでこそ性に合うな。
言葉を失い、誰もその美少女に声をかけない。圧倒的な美のオーラに、そして何よりも、クラスメートでは見たことのない人の姿が、そこにはあるから。
怜はそんなことを知っていたように、無視して気にせず前へ歩く。最後尾の席、そして俺の斜め後ろの席。そこに来るかと思われた怜は、2歩奥へと進んで、俺の左横――花染と逆側に立った。
「おはよう。感想は?」
人目を集めるここで、まるで俺と怜だけしか居ないような感覚に陥る俺。いつもの感覚なら、きっとスラスラ答えれるだろうが。
「……感覚よりも、聞きたいことが多すぎて整理出来てない」
「折角、私が勇気を出して、この姿で来たっていうのに?」
何故、天方は初めて見る伊桜と話してるんだ?という疑問がクラスメートの頭の中に浮かんでいるだろう。それは嬉しい疑問であり、少し寂しい疑問でもある。
不満げな相好を変えることはなく、これから私はこうして生きていくんだと、その覚悟だけが強く伝わる。
「全員の視線が向けられるように、関わってた俺からすれば、逆になんでその姿で学校に来たのか、理解出来ないんだよ」
「そんなのどうでも良いでしょ。今は、私がどう見えるのか、それを聞きたいの」
「……まぁ……いつもと変わらないかな。可愛いと思う」
「っそ。今回はそれで許してあげる」
「何も咎められるようなことをした覚えはないけどな」
言った言葉は解放でも、ムスッとした態度は不満だらけであった。それ以上話すことはないと、席について予鈴を待つ。すぐに鳴り出すと、時間が止められていたクラスメートは、ぞろぞろと動き出す。
「朝から刺激強いね」
「それが怜だからな」
過去のトラウマが、払拭出来たのか。定かではないが、変化があったのは一目瞭然。そこに俺が触れているのは、なんとなくで把握した。そうでないと、嫌な気持ちに駆られる。
怜も、俺のことを好いてくれてるなら――な。
「このままだと、私の立ち位置なくなっちゃうよ」
「花染とはジャンルが違うから、美少女としての肩書きは消えないだろ。怜がクールビューティーだとしても、花染には花染の良さがある。それに慣れたこの学年の生徒は、そう変わらないと思うけどな」
「かな?人って新しい興味に惹かれやすいからね。もしも不人気になったら、その時はいつメンの肩書き1つ奪うよ」
「俺なんて、肩書きすらないからな」
「ふふっ」
否定するかのようで、肯定されている気分も味わえた。そんな笑顔だった。心の底から溢れたようで、先程の淀みは消えていた。怜の姿が、花染の琴線に触れたのだろうか。
だとしたら、2人の関係は良好のようで何よりだ。
教室に担任が入ってくる。号令がかかり、朝のホームルームも始まる。体を正面に向け、座り直した花染。突然、首だけ動かし俺を見る。担任の新年の挨拶なんて無視して。
「隼くん、今年もよろしくね。私たち、ずっと親友だよ」
「ああ。よろしく」
言う途中、「ずっと親友」という言葉に、強い念が込められていたように感じた。強制的というか、絶対がその言葉の意味として強調されて。
俺の返事にニコッと咲かせると、俺も自然と笑みが溢れる。無邪気で幼気のある表情に、花染らしさを存分に感じた。
それからホームルームが終わると、それはもう人の集まりはほとんど怜の話だった。声の大きさなんて気にせず、話しかけたくても話しかけられない自分たちを呪う声も聞こえ、あっという間に人気者へと昇華した怜。今日から人気者の日常を過ごすことになるだろう。
休み時間も、授業中も、テストの話や2年生になるための準備の話をしてる時なんて、視線が怜に向かない時はないように感じた。少しだけムスッと、俺がしたくなる。
しかし、そんな時間も過ぎれば忘れるもの。頭の中に、新鮮でソワソワすることを考える俺に、そんな些末なことは気にするほどのことでもなかった。
時は過ぎ、午前中で全てを終えた始業式。明日から再び授業の再開となり、憂鬱に浸らされる人たちが大勢の中、俺は懐かしの場所へ向かった。そこに、怜が向かったのを確認して。
扉を開けて、使用者の最も少ないだろう図書室へ、足を踏み入れる。独特のニオイが鼻腔を掠めると、視線の先に座る本物に、目を奪われる。
けれど、歩く足は止まらない。それほど、自分の中で関わりたいと強く思ってしまっていたから。
「今日は、話すことが多そうだね」
視線なんて向けてない。気配だけでだろう。俺の場所を確定し、そこに来たのが俺なんだとも確信していた。
「そうだな。まずは、その姿について聞かないと、話し始められなさそう」
「ふふっ。だろうね」
私服と本物は、何度も見た。しかし、制服と本物は、久しぶりで慣れない。だから、目が合うと逸してしまう。当然、好きだという気持ちが合わさって。
そのまま進み、隣の席に腰を下ろす。正面ではないのは、顔を見れないのと、横顔を見たかったという欲に駆られて。座ってから、理由を話そうと本を閉じる怜。
「私のこの擬態を止めたのは単純な理由だよ。私の過去は知ってるように、端的に言えば人から襲われ、可愛いと言われたから偽ってる。そうすることで、襲われることと、トラウマから意識を遠ざけることが出来たから」
肘をついて、図書室では初めて、背筋の曲がった怜を見た。
「でも、今はもう偽る理由はないの。トラウマはもう克服したし、襲われることもそんなに危惧してないから」
「なんで?」
「なんで?そんなの決まってる。これからは、隼が私を守ってくれるからだよ。私が夜遅くに1人で帰ることもなくなるし、襲われないように側に居てくれるし、何よりも、離れないで居てくれるから」
「…………」
汚れのない、美麗な瞳で驀進と伝えてくる。胸に響くその言葉は、俺の背中を押す。確実へと変わりつつある、この関係の。
「だから偽るのは止めた。これからは、隼が居る限り、私は私で在り続けるよ」
「……恥ずかしいこと言われてる気がする」
「私はもう、そんな時は過ぎたから分かんなーい」
経験済みか。
俺が居る限り。これが何を意味するのか、都合よく解釈した俺は、もう迷いなんてなかった。元からそうすると決めていたから。
まだ正午の陽光は、斜めに俺たちを照らしはしない。真上から地面に反射させて、閉めたカーテンの木漏れ日となり、薄っすらとだけ。俺たちの間に、細く隔たりのように。
「じゃ、次は俺が話そうか」
「ん?何を?」
自分に聞きたいことがあるだろうと、言っても質問程度だと思っていたのか、予想外だと目を丸くする。
「少し、面白い話をな」
「興味しかないよ」
「だろ」
ここに来るまで、たったの半年。色濃く結びついた思い出が、俺の頭の中を縦横無尽に駆け巡る。良いことも悪いことも、何もかも鮮明に思い出せる。
かつて、小さくて「あっ」と思い出せる程度で良いと思ったこの関係も、今では必要不可欠とまで言えるほどに大切になった。それほど、俺は満たされたのだ。
好きになるとは思っていたが、まさかこんなにも口に出すことが恥ずかしいとは。これもまた、醍醐味と言うやつなのかもな。
頬杖をついて、目を合わせて聞く態勢を整える怜の隣で、俺は深呼吸なんてせず、いつも通り言う。
「俺たちについてなんだけど、もし、俺が怜に――好きって伝えたら、この関係は良くなると思うか?」
「……え?」
俺からすれば、この気持ちについて知っているだろうから、難なくニヤついて反応すると思っていたのだが、案外そうでもなかったっぽい。「それって……」と言いたげな表情に、クスッと溢すのも無理はなかった。
「そんな、アホを見る目で見るなよ。これでも一応、緊張はしてるんだから」
「えっ、いや……」
「俺は怜のことが好きだ。友だちとして、とかじゃなくて、恋愛感情を持った相手ってこととして。だから、もしもこの気持ちを受け取ってくれるなら、答えを教えてほしい」
「………………………マジ?」
「マジ」
見たことないほど固まり、手は震えだしている。告白をしたというのに、全く答えに対して興味はない。確信している自分が居るからだ。
長い沈黙がこの場を包む。なんて答えるのか、俺はそれを聞くまでならどんなことにだって耐えれる自信があった。それほど、今に懸けていた。
「……はぁぁ…………やっとかぁ」
しばらくして、怜の呟いた言葉は、俺を安堵へと誘った。
「もし、隼が私に好きだと伝えたら、この関係は良くなるか、だったよね?」
「ああ」
「相変わらず、変な質問するほどアホなのは変わらないね」
いつもの怜に変わるのに、今日は1分ほど必要だった。震えはしてても、声に負の感情は載せられてなんかいない。素でありのままを語ってくれる。
「答えは決まってるよ。まさか今日だとは思ってなかったけどね。――答えは、変わらない、だよ。私はもう、隼のことは好きになってたし、今まで通り、好き勝手暴れさせてもらっても、今更変わることはないでしょ。変化を求めてたわけでもないだろうし、これがベストアンサーでしょ?」
「ははっ。大正解、かもな」
答えはない。けど、何よりも納得し、しっくりきた。俺たちにただ付き合うという肩書きが出来るだけで、それ以上はなにもない。気持ちの変化すらも。
求めることに応えて、我儘を言われても、それは絶対に。
「私も、隼のこと好きだよ。日々嫉妬させてくれるほど鈍感なのはウザいけど、それもいいとこだし、そのおかげで、私は今この瞬間に、隼と更に奥に進めたから」
「え?付き合う気はないけど?」
「は?」
「嘘嘘。そんなマジでキレるなよ」
一瞬にして鬼の形相が俺の顔を睨むが、それを宥める。怖くも何ともない、あるのは幸せな関係を示すだけの冗談の言い合いだけ。やはり、好きで好きで仕方ない。
「こんな時まで最低だと、私と釣り合ってる気がして、もう普通に嬉しいよ」
「怜も中々だもんな」
似た者同士。類友だった俺たち。
「じゃ、改めて、これからも変わらぬお付き合いを、よろしくな、伊桜」
「はいはい。よろしくな、天方」
舌を出して名字呼びを嫌って、俺に対して腹を殴る。痛くも痒くもない、優しめのパンチ。
「ハグはしてくれないのか?」
「えっ、普通に嫌だ。隼の体汚いから」
「どストレートに悪口かよ」
「ふふっ。いつも通り。――だからね?」
ガタッと椅子を鳴らす勢いで動き出すと、真隣の俺の顔を見て刹那、ニヤついて顔を近づける。思わず止まった俺を、見逃すつもりもない怜の顔は、その時、既に目の前だった。
回避しようともしない。これでいいのだと受け入れる。
倒れる椅子の音、テーブルに手が置かれる音、カーテンが風に靡く音、それらを聞き取れるほど落ち着いた俺はやっと――唇を重ねていることに気づいた。ハッ!とすると、怜は離れる。
「おめでとう。ファーストキスは何味だった?」
あぁ、きっと、これからが俺たちの本当の思い出作りが始まるんだろうな。
俺が興味を抱くのは学校No1美少女でも人気者美少女でも無く、何故か【陰キャを演じる】君 XIS @XIS
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