第3話 ニャンコな藤沢さん

 魔法で黒猫に変身した藤沢さんは、木の幹をスタスタスタッと四本足で軽やかに駆け上がっていく。


「わあっ!」


 枝に引っかかってる風船を器用に右の前足で掴んだら、くるくるくる〜っと宙返りをして地面に鮮やかに着地した。

 僕は一瞬目をつむった。

 だって、いくら黒猫になってるからって、あんな高い枝から藤沢さんが跳ぶとは思わなかったから。


「はい、どうぞ」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「わーっ! ありがとう、猫のお姉ちゃん」


 藤沢さんが幼い姉弟に風船を渡すと、「バイバーイ」と言いながら二人は駆け出して帰って行った。


 僕は犬のモナカのリードを一度ぎゅっと握って勇気を出した。


「あっ、あのさあっ!」

「ちょっと待って、神原くん。『♪魔法の呪文を唱えましょう。魔法をかけましょう。ねこねこ戻ろうニャンパッパァ〜♪』」


 藤沢さんはまたピンクの煙に包まれ、現れた時には黒猫から元の人間の姿に戻っていた。


「神原くん。私が魔法で黒猫になったのはくれぐれもヒミツだからね。で、なに?」

「……えっ、えっとぉ」


 僕は藤沢さんに見惚れていた。

 足元にいるモナカが初対面なくせに、藤沢さんに親しげにじゃれつき始める。


「よしよし、君は良い子だね〜。神原くん、この子のお名前はなんていうの?」

「モナカ、モナカって言うんだ」

「へぇ、君はモナカってお名前なんだね」

「わんわんっ」


 モナカは藤沢さんのことが気に入ったらしくて警戒心なんかゼロで、藤沢さんに擦り寄って嬉しそうに頭や体を撫でられている。


「あのさあ、藤沢さん。僕に魔法をかけてくれない?」

「えっ? 神原くんもニャンコになりたいの?」

「う、うん。誰にも藤沢のヒミツは喋らないから」

「うーん……」


 しばらく藤沢さんは小首をかしげ、考える仕草をしてる。

 僕の胸がきゅうぅんと鳴る。

 その……、藤沢さんがなんか可愛くて。


「良いよっ! 夜になったらホウキに乗って迎えに行くわ」

「ホウキに乗って?」

「そうよ。私、魔法使いですもの」

「藤沢さんってほんとはお喋りなんだね」

「……」

「学校ではほら、……あんまり話してくれないから」


 僕は余計なことを言っちゃったかもしれない。

 沈黙が数秒続く。

 永遠みたいな気まずい時間。


「そうだね。私、学校だとなんだか口から言葉が出なくなるんだ。魔法でも治せない場面緘黙症ばめんかんもくしょうとかいうみたい。いっぱい話したいことあるし、クラスの皆と仲良くしたいって思ってるんだけどね。こんな私でも、……神原くん仲良くしてくれる?」


 そうだったんだね。

 僕は藤沢さんのヒミツをたくさん知ってしまったんだ。


「もちろんっ! 僕だってけっこう人見知りなんだよ」

「知ってる〜」


 ふふふっ。

 二人で笑ったら、すごく楽しい!

 僕と藤沢さんの間にいるモナカが尻尾をぶんぶん振ってる。

 僕は藤沢さんをどんどん好きになってきちゃった。

 たったちょっとの時間なのに。


「今夜、迎えに行くね」

「うん」

「魔法のホウキドライブはかなりスリリングだよ〜」

「わあ、楽しみだな。ねぇ、藤沢さん、魔法で猫になるってどんな気分なの?」

「それは後でのお楽しみ! じゃあ、また今夜。そうそう、魔法のホウキは空高く飛ぶの。夜の風は冷たくて寒いかもしれないから、上着を着て暖かい格好してきてね。神原くん、おうちのベランダで待っててよね〜!」


 僕は今晩、藤沢さんに魔法をかけてもらう。

 きっと素敵な時間になるだろう。

 これってデート?

 ……僕の中で一番お気に入りの洋服に着替えて、藤沢さんを待っていようかな。


 今宵こよいは満月らしいんだ。

 明るい満月に魔法使いってよく似合うと思わない?


 可愛い藤沢さんと、ニャンコに変身して夜空を飛ぶなんて、僕はわくわくが止まらない。


        おしまい♪

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「僕に魔法をかけて」隣の席はニャンコな藤沢さん。 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

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