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「ねえ雅也、これで、あたしじゃないって信じてくれる?」


 いつの間にか、おれの横に真奈美がいた。


 そうか……よく考えたらあの配信の時、真奈美はおれと一緒にPC実習室にいたんだった。彼女が配信出来るわけがない。気がつかなかった……


「あ、ああ……ん?」


 待てよ。


 健人さんが中の人だとすると、辻褄つじつまが合わないことがある。


 彼女の素の声だ。あれは間違いなく女の声だった。


 おれがそう言うと、健人さんも真奈美も顔を曇らせる。


「それは初代マスミの声だよ。中村 真澄ますみ。俺の同級生で、恋人だった」


 健人さんが辛そうに言った。


「恋人”だった”……ってことは、今は違うんすか?」


「ああ。彼女は半年前この世を去った。急性白血病だった。入院してからあっという間だったよ。そしてその後を継いだのが、俺。二代目のマスミだ」


「!」


 おれは言葉を失う。


---


「ほら、これが真澄だよ」


 健人さんが差し出したスマホの画面には、可愛らしい笑顔の女性の写真が表示されていた。ああ……確かに雰囲気がマスミちゃんっぽい。


「俺の伯父おじさんがこのスタジオを開設して、さっそく宣伝をしよう、って言いだしてな。それで真澄が空手系 VTuber をやってみたいって言ってたのを俺が思い出して、じゃあそれでいこう、ってなったんだ。で、3Dモデルを真奈美が作って、ここで真澄の演武を撮影し、モーションを3Dモデルに重ねて配信した。だけど……あいつは病気になっちまって……それからは俺が代わりを務めてた。あいつが亡くなってからも、ずっとな。俺はあいつを生かし続けたかったんだ。たとえバーチャルな世界の中だけでも……な」


 そう言って、健人さんは寂し気に微笑ほほえむ。


「ううっ……ぐすっ……」


 涙が止まらなかった。あの天真爛漫てんしんらんまんなマスミちゃんの裏側に、そんな悲しい話があったなんて……


「ま、でも実際のところ俺だけじゃなくて、マスミの3Dモデルを作ったのは真奈美だし、チャンネルの管理や女言葉のコーチもしてくれてる。だから今は俺たち兄妹がマスミ、みたいなもんだな」


 そう言って健人さんが真奈美を見ると、彼女もコクリとうなずく。


 なるほど。おれの予想も半分は当たってた、って事だな。


「雅也、このことは誰にも言わないでくれよ」と、健人さん。


「ええ、わかりました」おれはうなずく。


 人気 VTuber 、大山マスミには恋人がいた。それは彼女の中の人。これはこの兄妹とおれだけが知る、秘密だ。


---


 スタジオからの帰り道。おれと真奈美は並んで歩いていた。


「ねえ、雅也」真奈美がおれの顔をのぞき込む。


「ん?」


「あんた、マスミの中の人を知ってもまだ推し続けるの?」


「もちろん。だけど……ぶっちゃけガチ恋してたけど、さすがにそれは冷めたかな。中の人、健人さんじゃなぁ……お前だったらよかったのに……」


「え……あたしだったらよかった、って……どういう意味?」真奈美が怪訝けげんな顔になる。


「……!」


 しまった……口が滑った……思わず本音が……


「ど、どうもこうもねえよ! なんでもねえ!」


 無理矢理ごまかして、おれは真奈美から目をそむける。ほおが熱い。やっちまった……またからかわれるな、これ……


 しかし。


「ふうん。あたしはね、あんたがマスミガチ勢のマーシーって知った時、うれしかったよ」


 真奈美はなぜか少し照れくさそうな顔になる。思わずおれは彼女を見つめる。


「……なんで? どういうことだよ?」


「ふふん。どうもこうもないよ。なんでもない」


 そう言っていたずらっぽく笑った真奈美の顔が、一瞬マスミちゃんに見えた。

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マスミと真奈美 Phantom Cat @pxl12160

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