実弾

「初めまして……では無いんだ。覚えているかね」


この船団を統べる初老の男が言葉を発した。少なくとも、彼女に対しては敵対的に見えないが、かと言って友好的とも思えない。


「おじさんはどこよ!!」


船内へと連行された彼女は酷く動揺していた。


「分からないのかい?あの男なら、君を引き離した後に陸で始末したよ。かつて……我々から怪獣を奪取して白狼として弄び、世界樹の生成を妨害した君の父と同じ末路だ」


「私は、私はおじさんが殺された所なんて見てない!!」


例え武装した大人達に囲まれたとしても、彼女は食い下がる。老人を見上げて睨みつけた。


「確かに今回は私が手を下していないがな。しかし何にせよ、これで今生の別れだ。あの男が君と会う事は二度とあるまい」


ここは空飛ぶ船団の一角。大地と切り離された板の上。その床を踏み締め、彼女との距離をゆっくりと詰めていく。


「もう家出は終わりにしよう。お母さんの元へ帰るんだ。」


彼女を迎え入れようと、手を大きく広げる。その際にも、また一歩と距離を縮めていた。


「私は還る為に来たんじゃ無い。やっぱり……やっぱり私は、殺しに来たのよ」


身体はあからさまに震えていたが、彼女は携帯していた刃物を両手で握りしめる。


「そんな物捨てるんだ。危ないだろう」


声を凄め忠告を行う。少しくらいなら身体に傷を付けるのも厭わないだろう。多少の欠損程度、計画に支障は無い。2人で睨み合い、暫くの静寂が訪れる筈だった。


「爆発だと?。怪獣、否……」


船内に響く振動だけで、彼女が広角をあげるのに十分な材料になり得た。やはり男があの程度で死ぬ事はない。


「そうよね、生きてるわよね」


事態を察した老人は考えを改めるに至った。不義理な怪獣殺しと切り捨てるのは辞めた。自らの眼で、その男の死に様を見届ける。


「そうか。だったら会わせて貰おうじゃ無いか」


男は装甲の隙間を、爆発を用いてこじ開ける。瞬く間に煙の中から飛び出せば、不意をつくように船員達の喉を掻っ切り、二人目は脳幹を目掛けて撃ち抜いた。


「どこだ!どこにいる!」


返り血を浴びながら、男は少女へと叫び続けた。彼女の答えを聴くために、ここへ踏み締めて突き進んでいく。


「小型よりも脆いもんだが、数だけは劣らねえな!」


しかし身体の脆弱さは、当然ながら男も同じだ。怪獣に比べてあまりに非力な船員の弾でも、人の身でマトモに当たれば死に至る。


「この数じゃあ、人質は無駄って訳か」


死体を盾に相手の銃撃を防ぎ、男はその盾ごと相手を貫く弾を撃つ。その銃には遮蔽物に隠れた船員の頭すら撃ち抜く威力があった。


「隠れてねぇで、出てこいよ。お前が頭だろ?クソジジイ」


確かに男の銃は圧倒的な優位性がある。しかし、彼にも死角はある。加えて数では圧倒的に劣っていた。


「分かった。少し話そう」


老人は両手を挙げて姿を現したが、他の船員達が遂に男を全方位から取り囲んでいた。


「そう!。これから君を殺す。土産話に何が知りたいかな?」


こうして一時的な膠着状態を作り上げれば、両手を下げた。寸刻の間、会話を交わすだろう。


「怪獣狂いのカルト教共め。何が哀しくてあんな女のクソガキなんて囲ってやがる」


その言葉で1人の船員の琴線に触れてみせるが、それでも対話は断たれない。


「彼女こそが救いなのだよ。彼女とその母体とを融合させ、そこに我々人類が溶け込む。さすれば新たな形態でこの星と触れ合える」


規模は違えど、似たような思想を掲げた団体は幾つかある。怪獣の供物になるか、怪獣そのものになるか、或いはその両立。


「お前らも肥溜めの仲間入りがしてぇ訳か。生き残った人間共々巻き込んで」


「確かに我々は……未だ生き残る人類達を新たな時代に導くだろう。しかし、洗い流せぬ罪を抱えた貴様は別だ」


あと少しで頭を撃ち抜かれる。残すは最後の遺言の一つ。それを言えばこの生涯に幕を閉じる。


「間抜けめェ!時間だ!バカクズ共がぁ!テメェらの大好きな肉塊にィ押し潰されろ!」


男の叫び声の直後に、怪獣達が船内から装甲を突き破る。鼓膜を揺さぶる音を鳴らした。船員の大半は何が起きたのかを知る前に、即死しただろう。


「ッーーーーーー!!」


そこからはこの飛行船を土台に、圧倒的な速度での食物連鎖が繰り広げられた。血肉を無尽蔵に貪りあって、その根源のコアを奪い合う。この怪獣達は、男がこれまでの生涯で収集した強力な弾の数々だったモノ。


「どこだ!どこにいる!」


片腕を失いながら、男は少女を探し求める。怪獣達が殺し合いを繰り広げる泥舟の中で、彼女を呼ぶ。最後とは言えど愚かしい程の賭けであった。


「これは……」


ある一点から眩い光が放たれて。大地から電撃が迸るように音が広がる。この色を、音を輝きを情景を、男は脳裏に焼き付けていた。


「もう来たのか」


瞬時に光線が発射され、船にしがみつく怪獣の核は崩壊する。その余波で船も爆散し、船内の生存者は消え去った。


「おじさん……」


塵になる前の船から滑空装置を奪い取り、2人は間一髪で脱出していた。緩やかに地面へと降下していく。行き先は、この旅の目的地。


「言うな。これでも軽傷で済んだ方だ。もう温存する意味も無い」


ここまで来たなら、腕が一本残っているだけで上出来だ。高まる鼓動は治まらないで、光線の発生地を睨みつける。その大地を震わす足音は確実に近づいていた。


「見て……」


彼女が示したのは、人類最後の巨大都市であった遺跡群である。


「お母さん。もう……こんなに」


そこの中心を突き破って、不自然は聳え立つ。形を朧げに保つ大袈裟なビル群よりも、さらに巨大なうねりを起こしていた。空を覆うほど枝を伸ばし、その先端は不気味な程に鮮やかだった。幹の幅は直径で150mすら超えている。上空の先端は天まで届くと思わす程だ。


「植物、なのか」


もはや人間的な形状に戻る事は二度と無い。不可逆的な変化を遂げた樹形図の果て。その一つに至っている。


「アレがお母さん。今はもう、なんなのか分からないけど。あの光線を吐く怪獣と対峙させたら……全部終わらせられるの。母さんのコアが、実弾だから」


「ーーーーーーーーッ!」


奴は狼煙を上げるように、喉の奥の熱源より光線を打ち放つ。遂に巨大樹を貫かんと、奴から輝く一筋の線は、押し並べて力強く感じる。


樹木は根を動かして防いで見せるが、勢いを全て押し殺すには至らなかった。幹の一部分から、後ろの景色が覗けるようになる。


「このクソでけぇ樹木がお前の母ちゃんで、尚且つ奴に対抗できる実弾だと?……早速貫かれちまってるが?」


牽制が決まると更に距離を詰めていく。実弾の、コアの位置が不明であるから、奴は至近距離で全てを消し炭にする意気なのだ。


「きっと、お母さんが……この巨大樹が勝つわよ。あなたの望み通りにあの怪獣を倒せる」


樹木はこれまで取り込んだ怪獣達を、解き放った。真空すら作り出す翼の怪獣、硬角をただならぬ膂力で貫く怪獣、追い討ちにはひたすらの有象無象を以てして押しつぶす。そのいずれもの身体に突き刺さった細いツタで樹木に繋がっている。


「この草っぱが奴をぶち殺したら、その後はどうなる」


たとえ、この接続されたツタを剪断しようとも、幾度にも幾数にもツタは伸びるだろう。支配下に置かれた怪獣は、やはり叩き潰すのが分かりやすい対処法だ。


奴は翼を容易くもいで、角を真っ正面から叩き折る。数が多ければ、光線で薙ぎ払う。その余波がまたも、幹を焦がすに至る。


何度も金属を擦り合わせるような咆哮を轟かせた。何度も同じように繰り出される怪獣達を鏖殺し続ける。やはり無傷では無く、身体が着実に損傷している。


「このまま、お母さんが勝ったらね、お願いがあるの。……」


永らく感じる一呼吸を終えて、最後の覚悟を整えた。その口から発される言葉は、ひどく浮世離れした事実だが、最早信じる以外の選択肢が男に無い。


「いいんだな?。やってやるよ」


そうして発した言葉の余韻を、獣達の唸りがかき消した。おそらく最後の火花が散るだろう。残された時間は残り僅か。


樹木は紅葉であるかのように煌びやかに発色した。対する怪獣は純白に全身を巡らせ、視界を押し潰す程の光源となる。二つの光線対決。


赤い線と青い線が中央でぶつかると、そこから双方を巻き込む、凄まじい大爆発が起きた。それは空まで立ち登り、星のように輝いた。


それも徐々に薄れていく。奴の胴体は大部分を消失して、地面に倒れ沈黙した。そして樹木の方はコアを露出する程の損傷を負ったが……再生を続けていた。


「母さんの勝ちよ」


条件が整うと、静かに頷いた。男は刃を取り出して少女の背中を貫くのだ。丁寧に優しく、そして確実に息の根を止めるように彼女からコアを抉り取る。その身体の内に秘めたる弾こそが、彼が焦がれた真の実弾。この星で最高硬度の弾丸である。


「これが最後の怪獣退治だ。お前のドタマを貫いてやる」


瓦礫の山を踏み締めて、母なる巨大樹へ歩みを進める。大きなコアが露出しており、狙いは容易く定まった。先の閃光と比べれば随分と呆気ない銃声で、全てにおける決着がついた……かに思えた。


奴が、まだ生きていた。急速再生なども試みる事なく、依然として胴体は抉れていた。それでも怪獣は瞳孔を細めて立ち上がる。これから二度と眺める事の無いであろう青空へと、喉を震わせて咆哮を立ち昇らせた。やっと腹部の穴から雫のように煌めくタマゴを溢せた。



「なんだ……?」


いわゆる核を持つ怪獣達が行う分裂、とは異なる此れは繁殖だった。男は思わず息を止める。この情景が紛れもない真実であるならば、男が導く答えは一つだけ。


「奴は、怪獣なんかじゃねえ。ただの、ただの……」


鉱石のように輝く殻の中、その胚子を眺めて、噛み潰すように呟いた。今ならば師の言葉を心の底から否定できる。この生き物は元より祭壇の上に祀られてなどいなかった。


「畜生が」


目的は果たしたが、彼は朦朧とした意識を閉じようとしなかった。もうしばらくの呪縛があった。彼女が彼女を作り上げるまで、男は意思を繋ぎ止めていた。


「ねぇ……ほんとうに、いいの?」


再び目を覚ましたのを確認すると、男は遂に持っていた銃を彼女へと差し出すのだった。


「お前は、俺の左腕なんかじゃあ無ぇだろ」


しかし彼女は、どうにも受け取りあぐねている。これを手に取る時が、旅路の終わりと確信していたのだ。


「どうすればいいのよ」


現在、あの幼体を殺す事は可能だ。もはや代用弾しか残っていないが、今なら十分事足りる。2人はその胚子を見つめるが、未だ孵化に備えているようだった。


「好きにしろ。このチビは俺の相手じゃ無い。自分の命をどうするのか、お前が決めろ」


男は瓦礫へと凭れ掛かけて、重い瞼をゆっくり閉じた。彼女の結末は、彼女自身に委ねる。親と同じか、更なる異形か。ただ老いて朽ちるのか。


「俺はもう……寝る」


その眠りがどれ程の永さなのか。知り得る人間は、もはや彼女ただ1人だった。


「おじさん!待ってよ!まだ、ちゃんと話せて無いのに!」


こうして男に未来へと投げ出された。もう目を合わせる事は出来ない。今や、次なる目線を感じ取った。透き通る殻の奥から生まれ落ちた、自分を見つめる瞳と対峙する必要があった。


「分かった。ちゃんと決める」


それからも時は流れ、しかし平原では遺体の腐敗が確かに進むだろう。崩壊した骸骨群集からの巣立ちはとっくに済んでいた。霧こそ晴れたが、あの森は無常であり続ける。さて、彼女は遂に銃口を幼体に向けた。幼体は彼女に目掛けて大きく口を開けて発光した。瞳の奥で写し合う。お互いの命を奪うべく対峙する。


「私たち……何がしたいのかしらね」


光線と弾丸が双方の真横を掠めあった。当然どちらも脈動を続けている。ならば、いましばらくは並んで生き続けるのだろうか。

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いつかは、獣よ撃ち抜いて 定住ポリプ @porepu

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