叫んで五月雨、金の雨。

野村ロマネス子

レモン・シトロン・キャンディドロップ

 四分儀座の方角からチカチカと、瞬きが弧を描いて空を渡る。僕はそれを観測するやいなや、右手のテレスコープを鉱石ラジオに持ち替えて、首にかけたクリスタルイヤフォンをそっと耳に押しあてる。

 ジ、ジジジ、ザザ、ザザザザ。

 窓際に配置したデスクには星図が夜空を描いている。端が捲れないように乗せておいたグラスの、中に入っていたハニーレモンソーダならさっき飲み干したところだ。

 五月のぬるい風が窓から吹き込む。水玉模様のリネンシャツの襟元を左手で合わせてから目を上げると、ちょうど雲が切れて夜空が覗いた。

 鈍色に怪しく光るパイライトが電波を美しくチューニングしてくれるまで、根気よく、行きつ戻りつダイヤルを動かしていく。黒猫がやって来てリネンシャツの袖に耳を擦り当ててから隣に座った。訳知り顔で尾っぽを舐めてはチラリとこちらを伺って見せて、それで僕は、もうちょっとだよ、慌てないでと小声で呟く。

 ザザザ。ひときわ大きな砂嵐が聴こえたあと、唐突に音質がクリアになる。

「繋がった!」

 察した黒猫が薄い耳をピンと立てた。


 ———のち、晴れ、降石確率は40パーセント、所によりキャンディドロップが見込まれます。続いて第七地区、ザザザ、ザザ。


「キャンディドロップ!」

 嬉しくなって身を起こした途端にラジオは再び混線を繰り返したけれど、そんなことは僕にとってどうでもいい。デスクの上で立ち上がった黒猫が窓枠に前脚をかけて振り返る。

「うん!すぐ行く!」

 玄関ドアの手前でパラソルを手に取ると、ヘルメット代りのお鍋をかぶってから、一足先に駆け出した黒猫を追いかけて外に飛び出した。


 草原を渡ってきた風が頬を撫でる。確かに空気が水分をふんだんに含んでいる。僕はすんと鼻を鳴らした。雨の前の湿った匂い。どこか甘い、何かざわざわする。

 黒猫がゆっくり歩いてきて足元に留まる。長い尻尾で僕の足を撫でるその感触は、耳で捕らえた何かの旋律を音符にして記述しているようだ。

 ———コツリ。

 何かが地面を叩く音がした。黒猫の耳もそれに合わせてひらり、ひらりとまるでレーダーのように周囲を伺う。最初は控えめに始まったそれは、徐々に間隔を詰め、質量を増して。

 ———カン!

 頭にかぶったお鍋が小気味よく鳴った。

「はじまった!」

 そしたら目を凝らして、一番たくさん降り注ぐ着地点を探さなくちゃ。

 同じように探っていた黒猫が走り出して、滑らかな細い背中を見失わないように駆ければ、まるで七色の放物線が出鱈目にモザイクされたような光の塊に出くわした。

「あれで最後だったんだよね、キャンディドロップ」

 少しだけぼうっとしてから、慌ててパラソルを広げる。地面の上に逆さまに置けば、すぐさまキラキラ光る塊が降り注いで溜まり始める。

 パラソルの中のキャンディドロップ同士がコツコツ、カチャカチャと音を立て始める頃には、お鍋に当たるキャンディドロップの衝撃も何のそので、僕はうっとりと眺めてしまう。

 橙色のタンジェリン・クォーツ、ウォーターメロンは薄緑で、ほんのり碧いペパーミント。菫色のラズベリーパンチも、透き通ったガラスのようなミゾレ・クォーツも好きだけど。

「僕はこれがいっとう好きだな」

 指で摘んで拾い上げたのは淡いブライトイエローのレモン・シトロン。これをグラスに入れて、ソーダを満たして蜂蜜を垂らせば、大好きなハニーレモンソーダが出来上がる。

 パラソルから弾け出たタンジェリン・クォーツに黒猫が戯れついて、今度はキャンディドロップのパイにも挑戦してみようかなんて思うのだった。

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叫んで五月雨、金の雨。 野村ロマネス子 @an_and_coffee

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