第3話 暗殺未遂
戦争開始から一日。
エーネスト王国とユリア連邦の戦争は、我らが王国の優勢で進んでいた。
しかし、会議がされている天幕の外では兵士たちによる雄叫びが上がっており戦争がまだ終わっていないことが容易に感じ取れる。
だが、武器や物資などを潤沢に整えていたおかげか我が軍は勢いそのままに戦闘することができている。
「中々優勢に進めることができているわね。この調子で行きたいわ」
「これも最初にあった戦力差をフェネリアの魔法で削れたおかげだ。物資や武器にもまだ余裕がある。ティネッド、死傷者の数は?」
俺がそう呼びかけるとティネッドが資料を持ちながら話し始める。
「は。現在の死傷者は我が軍は百程度。ユリア連邦は推定五百と言ったところです。数の面ではいまだに我らは劣勢ですがもうじきその差もなくなるでしょう」
「了解した。後はもうどれだけ耐えることができるかだな。相手は今どういった行動を取ってきている?」
戦場において相手の情報を知るというのは圧倒的なアドバンテージだ。
強い軍、強い指揮官ほど情報を命にしている。
だからこそ、情報戦で負けるというのは戦争においては敗北につながるミスでもある。
「それが...相手は中央に軍の大部分を置き、乱戦を耐えているだけで何も行動を起こさないのです」
「乱戦を耐えているだけ...?一日程度乱戦をし埒が明かないと判断し別の方法を取ってきてもおかしくないものだが」
「私もそう考えて斥候を派遣しているのですが、あまり大した動きは見られていません」
奇妙だ。
乱戦に持ち込まれたら何か作戦の一つでも出してくると思ったが、早とちりだったか。
相手の指揮官は乱戦の対応に追われているのか...?
それにしては動きが少なすぎる。
何か裏で動いていると考えておく必要もありそうだ。
「分かった。この優勢のまま攻めていきたい。まずは残り少しの差を埋めることを考えろ。我らの勝利は目前だ!」
「「「ハッ!!!」」」
短く歯切れの良い返事が各々返ってくる。
そのまま各部隊を仕切る隊長格たちは勢いよく天幕を飛び出していった。
彼らはすぐ、己の大切な仲間たちと共に戦いに戻っていくのだろう。
そんな力強い彼らが一生懸命戦ってくれているのだ、頼もしさを感じずにはいられない。
「で、どうするの。ロッド?」
会議が終わり一段落ついたところでフェネリアが話しかけてくる。
どうするの、とは俺たちがこれからどう動くのかということを聞いているのだろう。
「相手の動きが全く読めないのが怖いんだよな...。先ほどの会議では言わなかったが、総指揮官である俺の暗殺や天幕への強襲もあると思っている。注意しておけ」
「分かったわ。私たちが落とされたら大分厳しくなるものね」
「絶対にユリア連邦は暗殺を仕掛けてくる。それを凌いだら俺たちが強襲に仕掛けるぞ」
俺とフェネリアが注意事項を話し合っていると、後ろの茂みからパキッと枝が折れる音がした。
それも一つではなく、複数。
「誰だ?」
俺がそう問いかけても何も返ってはこない。
しかし、黒のローブを纏った男たちが三、四人ほど茂みから姿を現してきた。
「所属を名乗ってもらおうか」
「...」
話しかけても返事はなし。
どうやら俺を殺しに来た暗殺者と言ったところだろうか。
「その様子だと、俺を暗殺にでもしてきたのか?残念ながら、それはできないよ」
「貴様...!やはり、気付いていたというのか!そうか...やはるりお前は我が軍最大の敵だ!今ここで、お前を殺す!!」
俺が一言、相手を煽ると相手は簡単にボロを出す。
やはり、俺達を殺しに来た暗殺者部隊だったようだ。
しかし、挑発に簡単に乗ってくるようでは兵士としても、暗殺者としてもド三流。
そんなやつに俺を殺せるとは到底思ってはいない。
こんなやつが相手の作戦だというなら、俺も舐められたものだな。
格の差、というのを見せつけてコテンパンに勝ってやらなければ。
「やれるものならやってみろ。お前みたいなド三流に俺は倒せないよ」
俺がそう言うのと同時に、数メートルはあった距離を一瞬にして詰めてくる。
「てめぇ!」
一瞬で詰めてくると、途中で抜いたナイフを持ちながら俺に対して殺す勢いの横薙ぎを飛ばしてくる。
その横薙ぎを少し後ろに下がるだけで躱すと、振り切って無防備になっている相手の右手を掴む。
「離せ!」
空いている左手で殴ったりしてくるがその攻撃を軽くいなし、そのまま右手を引っ張る。
そうすると相手は体勢を崩し、倒れ込みそうになりそうになる。
その勢いのまま顔面に膝蹴りをお見舞いしてやる。
「グァッ...!?」
声にならない苦悶を出した一人をそのままぶん投げると敵は仲間を見捨てて二人同時に距離を詰めてくる。
魔法を使って牽制することもできるが、そのまま左を向いているとフェネリアと目が合った。
フェネリアが動き足りない、というような目で俺を見ている。
これは...俺が対処する必要はなさそうだ。
そのまま何をしないでいると俺のすぐ目の前まで来ていた敵二人がいきなり後ろの木にぶつかるまで吹っ飛んでいった。
フェネリアの風魔法だ。
近くにいる俺には一切当てず相手だけ吹き飛ばす、その制御技術は相変わらず恐ろしい。
あと一人...そう思った瞬間─俺は背後から感じた、恐ろしいオーラを。
「ッ...!?」
咄嗟的に屈んだ刹那、一瞬前まで首があった場所を斧が風を切る音と共に一文字に通り過ぎて行った。
斧が通り過ぎた後、すぐさま後ろを振り向き風魔法を無造作に放ちながら後退する。
数発放った風魔法が起こした砂埃が晴れ、そこには筋骨隆々な壮年の男が立っていた。
「ほう...?今の一撃を避けるか。中々やるではないか、エーネストの小童よ」
俺はこの男に見覚えがある。
ユリア連邦を拠点に活動する傭兵、アーグ。
冒険者としては最高ランクのSランクであり、その実力は折り紙付き。
要注意戦力としては知っていたが、まさかここで切ってくるとは。
だが、都合がよい。ここで最高戦力の一角を落とせるなら、更に優位に進めることができる。
「貴様。ユリアの傭兵、アーグか。お前も参加しているのは知っていたが、まさか戦うことになるとはな」
「小童、俺のことを知っているとはな。この戦争を操るお前に直々に渡しに来たんだよ、引導を」
「口だけなら何とでもいえるさ。さっさと渡してみろよ、その引導とやらを」
「ふっ、その油断が命取りにならないといいな。まあ油断してなくても命は奪うがなッ!!」
そういって相手は斧を構え、踏み込みの体勢をする。
俺も愛用の長剣を引き抜き、受け流しをできるように準備をしておく。
踏み込んだ相手の上段からの一撃を受け流そうと斧を見た瞬間、すぐに左に跳ぶ。
「ッ!?」
「おうおう、勘がいいじゃねえかぁ?命拾いしたなぁ?」
その斧はよく見ると、禍々しい紫色のオーラが溢れ出ていた。
「それは...『呪器』の類か。何の呪いだ?」
『呪器』とはその名の通り呪われた武器のことだ。
その武器は世界中に散らばっており、それぞれの武器に呪いがかけられている。
例えば、俺が知っている妖剣『ジュリエッタ』。
その効果は相手につけた傷は魔法による回復はしないという、強力な効果が付与されている。
相手がそのような強力な武器を持っているというのなら話は別だ。
「言うわけねえだろ、誰が優位になる情報を渡すかっての」
「そりゃそうか。なら、正面からお前を打ち負かすまでだよ」
俺の挑発に乗らずアーグはその図体の大きさからは考えられないほどの速さで詰めてくる。
先ほどまでとは違い地面すれすれから飛んでくる体を縦に真っ二つにしようとする重い一撃はまるで雷の如く。
愛用の長剣に呪い対策で火属性の魔法を付与し、その雷のような一撃に少し前に出て対応する。
「甘いな」
斧の刃部分を受けるのではなく、柄部分という相手の力が入りづらい場所で受け止める。
それでも俺の手が少し痺れてしまうが、あまり関係はない。
だって、もう俺の勝ちはこの時点で決まったから。
俺はアーグを殺さない。この剣戟においてそれをするのは俺ではないから。
「悪いな。お前の負けだ」
「何を言ってやが...ッッッ!!」
奴が言い終わる直前、グサッと肉を抉る音がした。
音の方向である奴の脇腹に目を向けると、フェネリアがナイフを突き刺さっていた。
「グゥ...こ、これは...毒か...」
「ああそうだよ。エーネスト王国特製の毒さ。とくと味わえ」
「て...てめぇ、卑怯だぞ...正面から...て言ったじゃ...ねえか」
フェネリアはそのまま奴の脇腹からナイフを引き抜く。
ナイフに塗られていた液体が数滴飛び散る。
その液体は近くにあった植物に付着し、そのまま植物はシュウゥゥと音を立てながら溶けていった。
「バカか。俺は、『俺一人で』なんて一言も言ってないさ。お前は騙されたんだよ」
アーグの一撃を受けきる前、俺はアーグの後ろにいたフェネリアとアイコンタクトを取った。
フェネリアは俺がアーグと戦闘してから奇襲するために隠密していた。
あいつは王女だが、暗器が使えないわけではない。むしろ得意武器である。
「てめぇ...軍のトップがそんな汚ねえ手を取るか...」
「立場がどうとかじゃねんだよ。俺は、価値のある結果のためにどんな手だって尽くすさ。裏切るのが最善だと判断したら裏切るし、殺したらいいと判断したらそうするまでだ」
俺がそう言い切ると、奴はすべてを察したように笑った。
「ハハッ...そうかよ。こいつは、とんでもねえバケモンと最後に当たっちまったみたいだな...」
「なんとでも言え。じゃあな」
最後に俺はそう言い残し、奴に魔法をかけた。
弱小国家の復活譚~天才たちの国家拡大~ すうぃりーむ @suuli
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