第2話 天才将官の初陣

ユリア連邦による宣戦布告から三日。

事実確認を取ったが、本当だったらしい。


「それでは、対ユリア連邦の戦略会議を始める!」


エーネスト王国王城に布設されている作戦指令室。

そこには、今回の戦争で動員されるであろう部隊の隊長格、佐官たちを始めとした王国軍の中枢が集っていた。


「今回の会議の目的は戦争を防ぐことでも、最低限の被害に抑えることではない。そのことをまずは理解してもらいたい」


上座に座っている俺がそう呼びかけると、既に事情を知っているフェネリアとハーネス以外の者達がざわめき始める。

数日前に俺とフェネリア、ハーネスで方針を決めていた時にあらかじめ説明はしたが二人にも最初は驚かれた。


「ん...?どういうことだ...?」

「つまり、勝利を前提条件にするってことか...?」


そのざわめきも当然だろう。

なんせ、我が国は現在不景気に陥っており国は結構ギリギリなのである。

まだ少し貿易が減ってきているだけであまり痛手ではないが、あと少ししたら大きな痛手になってしまうだろう。


「皆のざわめきも分かる。我が国は現在戦争以外にも不景気の風に煽られている。そんな二つの難題がある我らだが、今回の戦争ではその二つを解決することを目的としている」

「ロッド将官。戦争により二つの解決するというのはどういうことですか?戦争をするのは分かりましたが更に民の生活が困窮してしまうのでは?」


俺がそこまで言うと、腹心であるティネッドが質問をしてくる。

確かに戦争をすることでの困窮は問題となるだろう。

しかし...


「良い質問だ。確かに戦争というのは長引けば長引くほど苦しむのは民たちだ。では、短期決着ならば?」


俺が悪い笑顔をしながら問いかけると、参加者はハッと驚いたように唾をのむ。

そう、この二つの難題を乗り越えるために俺が出した答えは『短期決戦』。

即座に勝負を決め消耗を減らし、なおかつ最大限ユリアから好条件を奪い取る。


「ユリア連邦は最初に国境沿いに軍を展開し優位に立ち回ろうとするだろう。幸いにも統率力や組織力は力を入れているこちらが上。数は劣るだろうが、既に手は打ってある」




作戦会議から一週間。

エーネスト王国とユリア連邦の国境沿いの平地に二つの軍が展開していた。

初動の勢いをそのまま活かしたかったユリア連邦の数は千五百。対してエーネスト王国は千。

中々の戦力差、そして戦というのを初めて経験する者もいるため、不安な顔をしている者も少なくなかった。


「結構な戦力差ね、ロッド」


呼びかけられ振り返るとフェネリアが立っていた。

本来なら戦場に王女様がいるのなんておかしいだろう。


「げ。なんで王女様がこんなところまで来てるんだよ」

「何よ。心配してくれてるわけ?」

「そんなわけないだろ。めっちゃ強いお前なんて心配してねえよ。むしろ敵の心配したいぐらいだわ」

「ほんとに失礼わねあんた」


だって本当に強いんだから仕方ない。

帝国に留学していたころなんて戦闘に関してはトップクラスだったし。


「というかよく王様は許可してくれたな。普通来れないだろ」

「私もそう思ってたけどダメ元で言ったら許可してくれたわ。『ロッド君もいるし安心だろう』って言われたわ」

「せめて止めてくれよ...」


フェネリアの父でこの国で一番偉い人をうらめがましく思う。

頭を抑えてながらフェネリアと話していると、ティネッドがこちらに向かってくる。


「失礼します、ロッド将官、フェネリア様」

「ティネッドか。どうした?」

「開戦直前、演説をし兵たちの士気上げをお願い申し上げたく」


確かに大切な仕事だろう。

士気が下がっていては勝てるものも勝てなくなってしまう。


「分かった。今すぐ向かおう」

「ありがとうございます」


王国軍の拠点に着くと、そこはかとない緊張感を感じられる。

その緊張は俺とフェネリアが拠点に入ったことでより一層強く感じ、若い兵士の中には泣きそうになっている者もいた。

それも当然だろう。


「それでは、ロッド将官。よろしくお願いします」

「ああ、任された」


ティネッドに呼ばれ、壇上に登っていく。

壇上に登り、辺りを見渡してみるとやはり不安そうな顔をしている者が多かった。

誰もがみな死ぬかもしれないという恐怖には逆らえないものだ。

だからこそ、その不安を少しでも拭い、全力で戦えるようにするのが指揮官たる俺の役目だ。

せめて、その役目こそは果たさなくてはな。


「兵士諸君。今回の戦、我らは必ず勝てる」


俺がそう一言喋ると少し騒々しかった兵士たちは静かになり、俺の声が響いた。


「戦闘において大切なのは何か。俺は質だと考えている。同じ質だったら数が大きいほうが勝つ。しかし質の差があったらその勝敗は分からなくなる。そこで、考えてみてほしい。どちらの軍が優れているか」


今の世の中において、戦争というのはほぼほぼ起こっていない。

大国の中では内戦が起きたり、というのもあるが小国ではそのようなものは起きておらず、戦争というものを知らない国が多い。

そのためか、軍というものの重要性を理解していない国が多い。それこそ、ユリア連邦のように。

対して王国では、このような場合や王国でクーデターが起きた場合にも対処できるように軍部にも力を入れている数少ない国である。


「ユリア連邦は所詮、我らの隙をついてきただけだ。武器も兵士も中途半端。たとえ我らが不景気でつらい境遇にあっても、そんな国に、日頃から国を、愛する者を守るために鍛錬を積んできた我々が負けるはずがないだろう?」


俺がそう言い切ると、兵士たちも自信がついてきたようで下を向いていた顔が少しずつ上を向くようになってきた。


「後一つ。今回の戦争、戦果を上げたものには褒美も用意しておく。心してかかれ。以上だ!」


そういった一瞬後。

兵士たちの目は一瞬にしてキラキラし始め、雄叫びが響き始める。

残念な兵士たちと思わざるを得ない。それでも実力は折り紙付きだと信じたい。

まぁ欲望に忠実と言えば聞こえはいいのだが...。

壇上を降りると、ティネッドが近づいてくる。


「流石に現金すぎるだろ...まぁ、士気が上がったのならそれが一番だが...」

「ご苦労様でした、将官。士気が上がる良い演説でしたよ」

「結局士気が上がったのは最後の一言がついたからだろうがな...」

「いえ、その前の演説も良かったですよ。かなり気が引き締まりました。そう思いますよね、フェネリア王女?」

「ええ、そうね。兵の気持ちをしっかり突き動かしていたと思うわ。まぁ、あんたが言うと嘘くさく感じたけどね」

「うるさいな。まぁ、そう感じたのならよかったよ」


現在の時刻は十時を少し過ぎたころ。

開戦の十二時まで、もう少しと言ったところか。


「それじゃ、最後の確認をするぞ。今すぐ指令室に来てくれ」

「了解しました」

「わかったわ」




「今回の作戦は、あくまで短期決戦。一週間以内にはケリをつけたい。そのためには初動でいかに叩けるかが大切になってくる。フェネリア、頼めるか」

「分かったわ。具体的には何をすればいいの?」


フェネリアは魔法の才能も凄まじい。

大規模な魔法も今から準備すればあまり苦労せず放つことができるだろう。

流石に初動の戦闘で大規模な魔法を使ってくるとは予想できないだろう。

だからこそ、相手の出鼻を挫き、どれくらい差を埋めるれるかが大切だ。


「分かったわ。属性は?」

「なんでもいい。お前が得意な火属性でも大丈夫だろ」

「おっけー。でも、火事にならないかしら?」

「そこらへんは俺もフォローする。お前にしてもらいたいのはこの最初だけだ。あとは随時俺が指示する。この話が終わったら即準備に入って良いぞ」

「分かったわ」

「それが終わったら、混乱に乗じ乱戦に持ち込む。だが、被害は最小限に。兵士たちにも無理はするなと伝えてくれ」


乱戦状態というのは短期決着にはもってこいだ。

だから、早い段階で乱戦に持ち込めるかがカギとなる。


「了解しました。できるだけまとまって動かし、負傷者を出さないよう注意させます」

「それでいい。その後、乱戦状態を続け敵味方分からなくなった状態で俺自らで相手の大将を討ち取る」


乱戦状態では敵味方が分かりづらくなり、情報が錯綜する。

普段は目立つ大将である俺も、少し変装すればただの兵士にしか見えなくなるだろう。

一兵士に構っている暇など大将である相手にはない。

その隙を突いて殺す。


「了解しました。しかし、それでは将官が危険なのでは...?」

「心配しなくてもいいわよ。その男、私よりも強いもの」

「...は?『戦乙女』とも謳われるフェネリア様よりも...?」

「そうわよ。こいつ、帝国留学時代に私と何度もやり合ってるけど、私一回も勝ててないもの」

「ま、そういうこった。俺は大丈夫だ、心配しなくてもいい」

「そ、そういうことなら...。期待しております」




「五...四...三...二...一...ゼロ...。始まったな」


時刻は十二時。

俺が指令室で待機し、腕時計を見ながら開戦の時を迎えた。

その瞬間、遠方から轟音が鳴り響いた。

その音を聞き、指令室の外に出ると相手の方から黒煙が立ち上っていた。


「しっかしまぁ...また派手にやったもんだな」

「何よ。やれって言ったのはロッドじゃない」


後ろを振り向くと、先ほど大仕事をしてきたフェネリアが立っていた。


「まあそうだけど...それより、身体は大丈夫か?」

「ええ。準備の時間もあったし、あまり疲れてはいないわ。ざっと三百は持っていったと思うわ」

「それは頼もしい限りだ...よし、早速始めるか」


一言そういうと、俺はもう出撃準備を済ませている兵士たちに向かって叫ぶ。


「開戦の狼煙は上がった。さぁ、お前ら。やってこい!」


「「「「「オオォオオオオオ!!!!」」」」


返答は雄叫び。

やる気に満ち溢れた兵士たちが、少し離れたユリア連邦に向かって走り出していった。

その後ろ姿を見届け、指令室に戻っていく。


「さぁ、手のひらの上で踊ってもらおうか。ユリア連邦さん?」


稀代の天才による初陣がここに始まった。

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