第5話 黒幕

 ぼくはそれからどこにいても人目が気になった。ふと気づくと、どこからか誰かに見られているような気がしてしょうがない。


 特に残業で帰りが遅くなった日はおどおどとして落ち着かなかった。暗い夜道では少しの音で後ろを振り返り、誰もいないことを確認してしまう。


 あの夜中に訪ねてきた男たちは本当に警官だったのか? もしかしたら、ロボットの研究機関の雇った諜報員のような人間なのかもしれない――。いや、そんなことがあるはずはない! ぼくの平凡で平和な日常にそんなことが起こるはずが……。


 ぼくはあの男の話は嘘だったのだと、強迫観念のように思い込んだ。そして、警官たちが言っていたように指名手配のテロリストだったのだと――。だが、もし、あの話が本当のことだったら……


 ぼくは頭を振った。そんなはずはない。あんな荒唐無稽なことが本当のはずがないじゃないか!! 

 ぼくは堂々巡りする思考を無理矢理に押さえつけ、沸き起こる不安を無視した。


 そんな日々が過ぎ、だんだんとあの晩の記憶も薄れてきたある日――唐突に事件は起こった。


 テレビやインターネットで、ある大きな戦争が始まったことを告げるニュースが流れたのだ。


 空を飛ぶロボットの大軍が突然現れ、隣国を攻め込んでいって攻撃をしたのだった。子どもの頃、アニメで見たようなデザインのロボットは、あの男が言っていたように巨大な刀を背負い、銃器のようなものを両腕に付けていた。


 隣国もただやられていたわけではなかった。戦車や装甲車による砲撃、地対地ミサイルによる打撃、飛行機からの爆撃で反撃していった。

 だが、ロボットはありとあらゆるそれらの攻撃をその卓越した運動性能でかわしていった。そして、両腕に付けたレーザー砲やレールガンで、戦車や飛行機をほふり、軍事基地を制圧していったのだ。


 その惨劇を、ぼくたちはインターネットでリアルタイムで見た。

 唐突に瞬間移動するかのような動きと圧倒的な火力で、近代兵器を撃破していくその様はまさに悪夢だった。


 リアルタイムで中継されたこれらの近代兵器との性能差を誇示するような動画は、一般視聴者からの提供とのことだったが、ロボット軍団の黒幕が撮影しているとの推測が、ネットでは大半を占めていた。


 きっと、これらを見ている人々に絶望感を植え付けるのがその狙いなのだろう。テレビもネットもこの話題で持ちきりになった。


 これを行っているのはどこの国なのか?

 核爆弾を作りロケットを打ち上げていた北朝鮮か? ロシアか? 中国か?

 だが、どの国も自分たちの仕業ではないと主張した。


 あの男が捕まったせいで、ロボットが量産化されてしまったのだ。あの警官たちは偽物だったのだ――


 ぼくの頭の中にはあの男の言っていたことが、ぐるぐると巡っていた

 次の日、組織の幹部による宣言がインターネットの動画サイトにアップされた。


 荘厳なファンファーレとともに始まる動画で、口ひげを生やし、短く刈り上げた金髪の男は話し始めた。男は黒のタートルネックにスリムのジーンズ、スニーカーといった出で立ちで、一昔前のIT企業の社長のようだった。


「全世界の皆さん。我々はSave The Gaia Network。自然を愛し、地球を愛する者たちの集まり、いわゆる秘密結社です。スポンサーが誰なのかは秘密ですが、当然一人ではありません。破壊されていく地球環境をうれえている複数の人々で、莫大な予算を担っているのです。それだけ、この母なる地球の行く末を案じている人々は多いのだと思ってください。さて、我々の目的ですが――」

 男はそう言うと、辺りを見回すような仕草をして、大きく頷いた。


「――我々はこの地球を汚し、生命の住めない環境へと変えていく元凶である近代文明を滅ぼし、増えすぎた人間を間引くことを目的とした集団です。皮肉にも、この機械文明の到達点とでも言える戦闘用ロボットを使ってね。作戦は半年で完了させます。これは我々の神である地球の命令です。まさに聖なる戦いなのです」


 男がそう言うと、バックに歩いてくる大きなロボットの足が映り込んだ。

 ロボットはしゃがむと、男を手のひらにのせて立ち上がる。


「次はあなたたちです。ですが、大丈夫。地球人類は滅びません。地球環境を真に大切にする我々が、本来の姿を取り戻す地球とともに生き残りますから……」

 動画は、男の顔のアップとともにここで唐突に終わった。

 最後のパフォーマンスは、つまりこの動画はインチキではないと言うことの宣言だった。


 国が相手なら、相手の国を攻めればいい。だが、こんな莫大な戦闘力をもった謎の地下組織を相手にどう戦えばいいのだ……? ロボットの基地が分かる前に次の国が攻め込まれる。


 インターネットの動画サイトを閉じると、ぼくはいつの間にか泣き出していた。次は日本かもしれない。いや、きっと、そうだ! 動悸が高まり、冷や汗が止まらない。


 そうだ。警察に連絡するんだ。今すぐにあの時のことを伝えれば、敵を見つける何らかの手がかりになるかも知れない!


 ぼくはスマホを手に取った。電話のアイコンを指でタップした瞬間――

 ふと、肩を叩かれた。


 振り返ると、あのグレーのスーツを着た自称警官と警察官が立って笑っていた。

 一人きりの部屋のはずなのに、なぜだ!?


 ぼくは反射的に立ち上がろうとして、首筋に強烈な衝撃を感じた。

 前に進もうとした足がもつれ、額がグレーのスーツの男の胸の辺りに、どんと音を立てぶつかった。


 目の前が暗くなり、膝が崩れ落ちる。

 ぼくはどうなるんだ。このまま殺されるのか――そして、地球人類は……。


 途切れ途切れに浮かぶそんな言葉とともに、ラーメンを美味しそうに食べるあの男の顔をぼくは思い出し、そして気を失った。

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ある男を拾った話 岩間 孝 @iwama-taka

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