第4話 黒幕
ピンポーン……
小説投稿サイトのワークスペースで新規投稿を開き、どう書き始めたものか首をひねっていたら、突然、玄関のチャイムが鳴った。
もう夜の十二時を過ぎている。
――こんな時間に誰が来るって言うんだ?
ぼくは首をかしげながら玄関まで行くと、ドアの向こうをスコープでのぞき見た。
ドアの向こうに、制服を着た警官とグレーのスーツを着た角刈りの男がいるのが見える。
「黒山さん。夜分にすみません。警察なのですが、玄関を開けてもらえませんか……」
グレーのスーツを着た男が、少しだけ大きな声で呼びかけてきた。夜中なので、大きな声を出すのが憚られるのだろう。ぼくは慌てて玄関を開けた。
グレーのスーツを着た男が、鋭い目でぼくを舐めるように見ながら、
「すみません。こちらに指名手配中のテロリストが入っていったとの通報がありまして……」と、言った。
「え。あの人がですか?」
ぼくは驚いて、居間に眠る男を指し示した。狭いアパートなので、玄関から居間まですぐに見通すことができる。
「ああ、そうです」
男は笑顔でそう言うと、警察の身分証を提示しながら、
「上がってもいいですか?」と訊ねてきた。
「は、はい」
ぼくが返事をするかしないかのうちに、制服の男とスーツの男は靴を脱いで上がり込んだ。
スーツの男は、寝ている男の口にガーゼを当ててから、手首の脈を確認するようなそぶりをした。
「あなたが、この男と公園で出会ったところと、ここへ入るところを目撃されているのですが、この男から何か聞きましたか?」
ぼくは反射的に首を振った。何かやばい感じがしたのだ。男が寝たまま起きないのも、不自然だった。
「そうですか。本当に何も聞いていませんね?」
グレーのスーツの男が、ぼくの目を見つめる。
ぼくは冷や汗をかきながら、
「は、はい」と、返事をした。
「一応、あなたのお話を信じますが、何かこの男から聞いた話を思い出したら、他人に話す前に私たちにお知らせください。いいですね?」
男の目が冷たく光った。
「主任。これ……」
警官がグレーのスーツを来た男を呼んだ。
男は、ぼくの机の方にいる警官の元へと歩いて行く。
PCの画面を男が見て、笑った。
「小説を書くのが趣味なんですか……?」
幸いぼくはまだ具体的なことは書いていなかった。もし男に聞いた話を書いていたらどうかなったのだろうか……。
ぼくは引きつった顔で頷いた。
しばらくして、引きずるようにして男は連れ出されていった。
ぼくは大きなため息をついた。
*
ぼくはそれからどこにいても人目が気になった。ふと気づくと、どこからか誰かに見られているような気がするのだ。
特に残業で夜が遅くなった日は、おどおどとして落ち着かなかった。少しの音で後ろを振り返り、誰もいないことを確認してしまう。
あの夜中に訪ねてきた男たちは、本当に警官だったのか? もしかしたら、ロボットの研究機関の雇った諜報員のような人間なのかもしれない――。いや、そんなはずはない!
ぼくは、あの紺のしわくちゃのスーツを着た男の話は嘘だったのだと、強迫観念のように思い込んだ。そして、あの警官たちが言っていたように指名手配のテロリストだったのだと――。
だが、もし、あの話が本当のことだったら……ぼくは、そう考えて頭を振った。そんなはずはない。あんな荒唐無稽なことが本当のはずがないじゃないか。
そんな毎日が過ぎ、だんだんとあの記憶も薄れてきたある日――事件は起こった。
テレビやインターネットで、ある大きな戦争が始まったことを告げるニュースが流れたのだ。
空を飛ぶロボットの大軍が、突然現れ、隣国を攻め込んでいって攻撃をしたのだった。曲線を多用した人型のロボットは、昔のアニメで見たかのようなデザインだったが、つや消しの茶色と緑を組み合わせた配色は、ミリタリー兵器を連想させた。
戦車や装甲車による砲撃。地対地ミサイルによる打撃。飛行機からの爆撃。
一体、どんな仕組みなのか!? ありとあらゆる攻撃をその運動性能でかわし、レーザー砲やレールガンと言った圧倒的な火力で、戦車や飛行機を屠り、軍事基地を制圧していく様を、ぼくたちはインターネットでリアルタイムで見た。
近代兵器が全く通用しないその性能は、まさに悪夢だった。きっと、これらを見ている人々に絶望感を植え付けるのがその狙いなのだろう。人々は映像から目を離すことができず、インターネットはこの話題で持ちきりになった。
これを行っているのはどこなのか?
核爆弾を作りロケットを打ち上げていた北朝鮮か? ロシアか? 中国か?
だが、どの国も自分たちの仕業ではないと主張した。
一週間後、組織の幹部による宣言が、インターネットの動画サイトにアップされた。荘厳なファンファーレとともに始まる動画で、口ひげを生やした上品な男は話し始めた。男は黒のタートルネックにスリムのジーンズ、スニーカーといった出で立ちで、一昔前のIT企業の社長のようだった。
「我々は、Save The Gaia Network。自然を愛し、地球を愛する者たちの集まりである。スポンサーが誰かというのは秘密だが、破壊されていく地球環境を憂えている複数の人々で、莫大な予算を持っている、それだけ、この母なる地球の行く末を案じている人々は多いということだと思って欲しい。さて、我々の目的だが――。
我々は、この地球にある機械文明を滅ぼし、増えすぎた人間を間引く。作戦は半年で完了させる。これは我々の神である地球の命令だ。まさに聖なる戦いなのだ……」
短い動画はここで唐突に終わった、
この宣言は、世界中の人々にショックを与えた。いずれはロボットの基地がどこにあるかも分かるのだろうが、今の時点では全く分からないのだ。国が相手なら、相手の国を攻めればいい。だが、こんな莫大な戦闘力をもった謎の組織を相手にどう戦えばいいのだ……? 次は自分たちの国だ。我々に逃げ場はない――。
きっと、あの男が捕まったせいで、ロボットが量産化されてしまったのだ。あの警官たちは偽物で、その研究機関の手のものだったのだ――。まさか。本当にこんなことが起こるなんて。
インターネットの動画サイトを閉じると、ぼくは泣き出した。次は日本かもしれない。いや、きっと、そうだ! 動悸が高まり、冷や汗が止まらない。
そうだ。警察に連絡するんだ。今すぐにあの時のことを伝えれば、敵を見つける何らかの手がかりになるかも知れない!
ぼくはスマホを手に取った。電話のアイコンを指でタップした瞬間――
ふと、肩を叩かれた。
振り返ると、あのグレーのスーツを着た自称警官と警察官が立って笑っていた。
一人きりの部屋のはずなのに、なぜだ!?
ぼくは反射的に立ち上がろうとして、首筋に強烈な衝撃を感じた。
前に進もうとした足がもつれ、額がグレーのスーツの男の胸の辺りに、どんと音を立てぶつかった。
ぼくの目の前は暗くなり、そして、床に倒れていった。
ある男を拾った話 岩間 孝 @iwama-taka
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