3
彼は赤いトートバックを……持っていなかった。
さらには、黒いトートバッグも、持っていなかった。
わたしは、どちらでもない彼の姿に、昨晩からの疲労を身体中いっぱいに充満させた。
足はなんだか、マラソンをさせられた後のように重たくて、目は半目になってしまって、先ほどまでの気合は、口の割れ目から空に昇っていった。
これも、運命、しかたないっか、と赤色の感情に謝りを見せてから目を瞑るとなんだか、泣きそうになって、いやいや、それも可笑しいでしょうと、ぐっと堪えながら、いつものようにすっと綺麗に立つ彼を見つめていた。
すると、彼は慌てたようにスクールカバンから赤いトートバッグを取り出して肩にさげた。何も入れていないのに、まるで、何かの目印のように、さげたのだ。
え、うそ、この展開は何!? と、脳内で、あわわ、と思いを迷わせていると、彼はバスの揺れるリズムに乗りながら、どことなくぎこちない蟹歩きで、わたしに近づいてきた。
トートバック以上に赤い顔をわたしに向けて、「あの、よかったら、ライン交換しませんか」とQRコードが書かれた紙を手渡した。
彼の名前は、片桐浩太だった。
「あ、あの、これ……」
「突然で、ごめん」
と小さく周囲に聞こえないように呟いて、
「今日、君が、赤いリボンをつけていたら、これ、渡そうと決めていたんだ。願掛けみたいだよね」とはにかんだ。
「いつも二、三日に一度、リボンが赤だったから。何かきっかけがないと行動ができないタイプなんだ」
思わず、リボンに触れれば、彼はさらに微笑んだ。
どっちの色だ 灰緑 @f_s_novel
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