彼はどちらかというと、まあ、かっこいい、というか、一緒に出かけたいとか、カフェに行きたいとか、時間を過ごしたいと思える人。

 異性にそう思えた、初めての人だ。

 

 中身なんか知らない。そもそも名前も知らないし、話したこともないし、性格はまるでわからないけれど、バスの中での立ち振る舞い、例えばスクールカバンを邪魔にならないように、しっかりと脇にしまうとか、ブレザーから白シャツの襟先が飛び出していないとか、ささいなところが目につく人で、それをわたしは、とてもいいことだと感じた。

 つり輪を掴む腕が結構、筋肉質で、休日に寝て過ごすお父さんの体力の無さとは対照的で、そこも、おぉ! と思った。


 彼の存在を知ったのは高校入学から一週間後、だけど、路線が同じだからきっと初日から同じ空間で息をしていたと思う。

 

 普通、同じバスに乗る人なんて、永遠に他人だし意識を向けることなんて、この無関心だらけの世の中で、誰もやらない。

 だけどわたしは、彼の、すっと伸びた背筋に惚れてしまったのだ。

 お父さんや、お母さんの丸っこい背中と比べて、樹海でまっすぐに伸びる木のような、その背中に、期待してしまったのだ。

 この人は、きっといい人だと。

 単純だけど、見てると気持ちがいい。

 気持ちいいから、一緒にいたいと思う。


 バス停に並び、前にいる列をそれとなく眺めると、彼の姿は見つけられない。

 携帯の時間を見ると、いつものバスの到着までは、あと三分ぐらいだった。

 

 わたしは決めていた。

 彼はときどきに、スクールカバンと共に、赤いトートバックをさげている。

 そしてそれは、何かのリズムというか、法則に従っているようなのだ。

 

 二、三日に一度、赤いトートバッグ

 その他は、黒いトートバッグ。

 もし赤いトートバッグなら、わたしは、告白する。と決めた。

 遅刻してもいいから、一緒のバス停で降りて、そして伝える。


 だけど、そうは簡単にできないのがわたしだから、当然に今日は赤いトートバッグの日で、それを狙った。

 両親の回り込むような配慮や後押しがない今、何か頼るものがなければ決断して告白なんて、できるわけがないから。

 

 遠くに小さくバスの頭が見えた。いつもならわたしよりも早く、彼は列に並んでいいるはずだけれど、今日はまだ姿が見えない。

 とっても焦ってくれば、余計に次の機会なんて、わたしにはないと思った。

 今日だって、あらゆる思考を重ねて、そこに紐を巻きつけて、さらには遠くに投げて、反対の紐の先を持つわたしは、引っ張られて、ここにいるのだ。

 同じようなことが、もう一度できる気なんて、むしろ全くしない。

 

 バスが、お待たせ〜と停まって、先頭の人から電子音を鳴らしていく。

 あぁ、どうして、今日に限って彼は、と思っても、自分ではどうしもうない。

 

 ポケットの中の紙切れに、ごめんよ、と謝りを見せてバスに乗る込めば、

「すいません! 乗ります!」

 と声が聞こえ、振り返ってしまって、あの人がいた。




 

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