どっちの色だ

灰緑

 昨日の夜から、何度も言葉に出して反復したけれど、やっぱり不安だから紙に告白文を書くなんて、どうしようもなく、ダメダメなわたしであった。

 しかも赤色で書くなんて、最初から赤点。

 

 滋賀に住むおばあちゃんが言っていた、自然に宿る神様に祈りたい気分だったけど、名前も知らない神様に頼んでも、きっとそっぽを向かれる。気がする。

 GWに帰省したときも、神社にいくの忘れたし。

 

 だから、自分で、いわなきゃ、ほしいものがあるなら、自分で伝えなきゃと、小学三年生のときに、お父さんに言われたことを思い出す。

 それでも、どうしても大切な決断のときに、こころの隅っこがぐずってしまって、この薄い唇を堰き止めてしまう。

 今日は、戻れない場所まで、自分を追い込んで、制服のポケットにしまった紙を頭に浮かべながら、どうにかわたしの唇に頑張ってもらうしかない。

 うまくいったら、コンビニで新しいリップクリーム買ってあげるからさぁ。 


 いつもなら。そう、いつもなら。

 じくじくしたこころを乾かすように、お父さんとお母さんは、光をまぶした言葉をわたしにくれた。先回りしてくれた。


 中学に入ったとき、友達にラインを聞けないわたしに、お父さんは、QRコードが書かれた名刺サイズの紙をつくってくれた。

 いきなり無愛想に渡されて、余計なお世話だと、つんとした態度をとってしまったけれども、結局、それがなかったら、高校まで続く仲となった二人の友達とは、できなかった。


 そんな風にして、高校一年の今があるんだけれど、このバスの空間は、知らない人たちしかいない。なんとなく見たことがあるけれど、距離が遠い知らない人たち。バスの運転手は路線が同じで同じ時間帯だから、同じ服で、同じ顔だけど、知らない人。

 つまり、だれも暗黙で括られる配慮なんて、わたしに、してくれない。



 彼は地下鉄からの乗り換えで、この街に降りて、わたしと同じバスに乗る。

 着ていた制服をネットで調べてみて、ようやく近くの、わたしよりも、ずんと凄い進学高だと知った。

 だから、わたしよりも二つ前のバス停でおりて、結構な早足で歩く彼をバスの最後尾の最長の一列の窓際で見送る。

 

 見えないことを確認してから小さく、手を振ってみる。

 

 唇を添えて、無音で、じゃあね、と言ってみる。

 

 そんな小さな楽しみを繰り返していると、ある日、膨らんで、すると実になって、そしたら結構に赤くて、押したら弾けそうで、だからもう、限界だった。

 この実を食べなければと思って、もいでみたけれど、食べるのは、わたしではない気がする。とはいえ、捨てるのは、勿体無い気もする。

 

 誰に届けようかと、悩む必要はない。

 実を成らせた張本人がいるからだ。 

 バスで見かけるあの彼との、ほんの五分程度の逢瀬、車の駆動音がさりげなくBGMになっちゃう空間で、「はいっ、これ」って、赤い実を渡す。

 なんてこと、もし、できたら、十六年のわたしじゃないみたい。


 それでも、実をぎゅっと手で絞って、縁が高い器に貯めれば、きらきらと光る赤インクの海が生まれた。

 綺麗なそれに、そっと細筆を浸して、少し水気を払って、わたしは、なんと告白文をしたためた。








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