天使の輪舞曲
倉名まさ
天使の輪舞曲
五龍のメインストリートは、この星で最もにぎやかな界隈だ。通りの両側には露店がひしめきあい、強引な客引き合戦を繰り広げている。あらゆる星の人種が大通りを埋め、通行の渦をつくり、ぼんやり歩くことを許さない。開拓惑星にありがちな、モノとヒトとが一極に集中する現象がここでも起きていた。車両は通行止めだが、人力の荷車や馬車はその限りではなく、我が物顔で往来を走っている。邪魔な通行人は引き殺さんばかりだ。税関の目を逃れた地球産の香辛料、野菜、果物が半ば公然と売り買いされ、ロストアース世代の郷愁を刺激する。
そしてまた、活気は同時に猥雑さをも内包する。
スリや恐喝、喧嘩、無許可売春程度の軽犯罪は、この通りでは親の顔よりも見慣れた、ごくありふれたものであった。呼び売りや値段交渉の声高な怒声にまぎれ、些細な悪事は風景の中にとけ消えてしまう。よしんばそれに気づく者がいたとしても、自分とかかわりないかぎり、安モーテルのモーニングサービスで出てくる薄っぺらいトーストほどの関心も湧かないだろう。
だが、銃声ともなれば話は別だ。
単発銃の炸裂音が賑やかな昼下がりの大通りに鳴り響く。続けて、二発、三発―――。
五龍ストリートに、あっという間に混乱の渦が巻き起こった。
人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。その混乱が暴力を生み、さらなる混乱を呼び起こす。
この通りを行きかう者達にジェントルマン精神などというものは存在しない。それは人類が宇宙進出とともに故郷の星に置いてきた、数多い遺産の一つだ。女、子どもを押し倒し、我先にと銃声が遠ざかろうとし、そんな振る舞いがそこかしこで小競り合いを引き起こす。さらには、その混乱に乗じて、窃盗を働く火事場泥棒まで現れ、狂騒はとめどなく広がっていく。
エドワード・マシューはそんな群衆をかき分け、通りを縦断する。
その後ろには、マシューを追いかける三人の男達。銃声の主は彼らだった。
よほどなりふり構う余裕がないのか、この人混みのなか、マシューの背中に向けて銃弾を放つ。
幸いにしてというべきか、不幸にしてというべきか、弾はこれまでのところマシューには当たらず、流れ弾が通りにいた無関係の人間の血を流した。
―――盾にしたつもりはないんだがな。恨むんなら、あの銃乱射野郎トリガーハッピー共を恨めよ。
自分のすぐ横で苦悶のうめきをあげて倒れた男に、マシューは心の中で合掌する。
このまま逃げ続ければ被害は増すばかりだろうが、おとなしく人々のために命を差し出すほど、マシューは博愛精神にあふれる人間ではない。とはいえ、ここで腰の銃を抜き、彼らと撃ちあいをはじめるほど、無分別でもない。
彼を追う者達に心当たりはなかった。あるいは、あり過ぎた。銃口を向けられる心覚えを数え上げたら両手の指では足りず、そのどれだか見当がつかない。彼らはそろって中肉中背で無個性なスーツをまとい、量産品の銃を手にしていた。
マシューは露店の屋根を蹴り、太った男の脇をくぐり抜け、悲鳴をあげるご婦人方をなぎたおし、ついでに露店のリンゴをひとつかみして、ひた走る。
「んげっ、なにが地球産のマジモンだよ。どう考えたって粗悪な遺伝子復元ブツじゃねえか」
土の中で育ったにしては激甘すぎるリンゴをぺっと吐き出し、マシューは毒づいた。
雑踏にまぎれれば、やがて追手も自分を見失うのではないかと思ったがその考えは甘かった。
ナビゲートAIに導かれた無人自動車のごとく、彼らはぴったりとマシューを追いかけ続けた。
種々雑多な人種が行きかう五龍ストリートですら悪目立ちする、自分のカウボーイスタイルが原因とはつゆとも思っていないマシューであった。幅広でつばの巻き上がった白いハット。赤茶色のスカーフ。あり過ぎてかえって不便なほどポケットの多いジャケット。もちろん水牛の本革製だ。ロングブーツにはご丁寧に金ぴかの拍車がついている。本人はこれを古き良きオールドアース・スタイルと信じて疑わないが、無論これは銀幕からの受け売りに過ぎず、当の地球人が見たなら観光牧場の愉快なコスプレとしか映らないであろう。
彼のファッションセンスについては、ひとまず置こう。
残念ながら、いまの彼はカウボーイの側ではなく、追われる牛の役目を務めさせられていた。
なにか追手をまくうまい手はないかと、走りながら首をめぐらす。
その視線がぴたりと一点で止まった。
―――古いテだが、あれを使うかね。
自分のやろうとしていることが、あまりに古典的オールドスクールすぎて、苦笑が浮かぶ。
マシューは逃走の進路を変え、露店の一つに突入した。目当ての大きな袋をひっつかむ。
店主がその腕をつかみ、ものすごい早口で抗議する。なまりがきつすぎて、なんと言っているのかはさっぱり分からなかった。明日の天気を論じているのかもしれないし、競馬の予想をまくしたてている可能性もゼロではない。
言語の通じない相手に取るべき手段は自ずと限られてくる。有無を言わさず殴り倒すというのも数限りある選択肢の一つだが、今回は採用しなかった。
マシューはポケットに手をつっこみ、紙幣を数枚ひっぱりだすと店主の毛むくじゃらの手ににぎらせた。
店主はにっこり笑い「オーケー」とだけ言って手を放した。
マシューは三人の追手がやってくる方に向かって、大袋を高く放り投げた。
そして、腰の拳銃を引き抜き、袋の腹を打ち抜く。
途端、もうもうと白い煙が巻き上がった。小麦粉―――より正確に言うと、土星産の人工麦の粉である。煙幕としての効果は大したことはないが、人でごった返している通りでぶちまければ、さらなる混乱が引き起こされるのは必然だった。
狂騒に一層の拍車がかかったのを見て取り、マシューは五龍ストリートからそれ、脇道にかけこむ。
一時的にでも男達が自分の姿を見失ったことを祈る。
マシューは自分の入り込んだ小路を見回し、ハズレを引いたことにすぐに気づいた。
道の左右は肩をすぼめないと歩けないほど狭い。店舗はおろか民家の入り口すらなく、壁がそびえるだけだ。
正面には塀が立ちはだかり、道はどこにも続いていない。ようするに袋小路だ。
―――こういう時、オールドムービーだとゴミ箱の中とかに隠れたりするのが定番なんだがな。
残念ながら、小路には身を隠せるものはなにもなかった。
引き返してもう一度五龍ストリートを逃げるか、男達が完全に自分を見失ったのを祈ってここにとどまるべきか。一瞬間、マシューは判断に迷う。
「こっちよ、マシュー」
不意に呼びかける声が聞こえた。女の声だ。てっきり壁の一部だと思っていた木の扉がぎい、と朽ちた音を立てて開いた。これはこれで、オールドムービーによくある流れだ、とマシューは思う。
深く考えることもなく、マシューはその入口に身をすべりこませた。
「ようこそ黒水晶の館へ。水星神の導きがあなたにあらんことを」
低く厳かな声で女が言う。自身の声音が神秘的に響くよう修練を重ねた―――占い師独特の声だった。その発声法にマシューは覚えがあった。
「お前……アメジストか」
「お久しぶりね、マシュー」
名を呼ばれ―――本名ではないだろうが―――アメジストは艶然と微笑む。
なんとも形容しがたい容貌だった。
まず年齢が不詳だ。いっているとして四十を超えているかもしれない、あるいは三十代。光の加減によっては二十代の半ばにすら見える。
出自も推察をつけにくい。
純白と呼べるほど真っ白な長髪は金星人の代表的な特徴だが、たんに脱色しているだけかもしれない。深紫の瞳は神秘的に輝くが、これも天然のものか判別しがたい。昏い青色のローブをまとい、いわくありげな紋様の装飾品を額や首、腕、と全身にちりばめたその姿はいかにも占い師然としているが、物腰や目つきには荒事に慣れた、妙に暴力的な匂いが漂っている。
つかみどころのなさは、マシューが転がりこんできた部屋の装飾にも同じことが言えた。その部屋が何に見えるかと問われれば、百人中九十八人が占いの館と答えるだろう。だが、占い師には必ずその者がよってたつ起源ルーツがあり、流儀スタイルというものがある。たとえ無国籍風をうたっていたとしても同じことだ。
この館にはその匂いがまるでない。調度品はあらゆる惑星のあらゆる品々で、占い道具なのか、ただのガラクタなのかも判然としない。部屋の模様も呪術なのか、ただのひびなのか、はたまた館の主の無意味な落書きなのか、そのどれといわれても信じてしまうだろう。
では物置のように乱雑かというとそうでもなく、なにがしかの法則があるように見えなくもない。
宇宙空間に放り出されたような錯覚をマシューは覚える。
「ひでえセンスだな」
「あなたのファッションの話?」
「この部屋だよ! 女には、マカロニウェスタンの渋みってものが分からねえみてえだな」
「前会ったときはヴィクトリア様式の美学がどうの、スチームパンクがこうのと言ってた気がするけど……」
「時間は光の早さで過ぎていくんだよ。かのアインシュタイン大先生もそう言ってる」
アメジストは部屋の奥に引っ込み、コーヒーを淹れはじめた。来客者へのサービス精神ではなく、たんにたわごとの応酬を打ち切りたかったのだろう。
「……まさかお前がこんな辺鄙な場所で占いやってるなんてな。大統領の顧問占術師くらいやってるもんと思ったぜ」
「気取った雰囲気は向かないの。―――というわけでこれをあげるわ」
アメジストは片手にコーヒーカップ、そしてもう片方の手になにかのチケットを持ち、マシューに渡した。
「……なんだこれ?」
「交響曲オーケストラの招待状よ。チャイコフスキーの五番だったかしら?」
「……ロシアンクラシックはあんまり好みじゃねえんだよな。華美すぎてよ」
手にしたチケットをマシューは興味なさげにもてあそぶ。
「それがだるま神父の追悼コンサートでも?」
「ぶほっ」
コーヒーに口をつけかけたマシューは派手にむせた。あやうく吹きだすところであった。
「おいおいおいおいおい、ちょっと待て。あの悪党、人を呼びつけておいて勝手にくたばりやがったのか」
「ええ。大往生だったそうよ。あなたがいない間、五龍じゃそれは大騒ぎだったんだから……」
冗談を言っているのかと、まじまじとアメジストの顔を見るマシュー。真顔とも無表情とも微笑ともつかない占い師の顔は何も語らなかった。
「信じらんねえな。あのだるまが……。殺しても死なない男が、ついに地獄行きか」
「いいえ、天国よ」
アメジストは即座に否定した。彼女の口から出ると、「天国」という語はなにか、神秘的な甘やかさをもって響く。
「だるま神父は生涯一度も罪を犯したことがないそうよ。本人が臨終の際で言っていたわ」
「はっ、銀河系最大級のギャグだな、それは。あいつが天国行きなら、アル・カポネがノーベル平和賞をもらったって驚かねえぜ」
アメジストは同意とも否定ともつかない仕草で肩をすくめるだけだった。
「なるほど……。それであの連中が俺を狙ったってわけか」
「納得してもらったところで……行くのでしょう、コンサート」
「……しかたねえな。だるまんとこのガキ共にも会わねえといけねえしなぁ。って、そもそもこの招待状の宛名、俺じゃねえか」
マシューはポケットからタバコとライターを取り出し、火を点けた。
今時、カウボーイスタイルで身をかためた男と同じくらい絶滅危惧種の、有害物質を含む本物の煙草だ。
そろそろ追手もいなくなった頃合いだろうかとマシューは入ってきた入口に向かい始める。
「終演・・は夜9時頃だそうよ」
背中に呼びかけるアメジストの声に、マシューはひらひらと手をだらしなく振って、表にでた。
ぴかぴかの聖堂で少年少女たちはいっしょうけんめい練習にはげんでいました。
バラ窓にはめこまれたステンドグラスが、お日様の光を七色に変えて聖堂を照らします。
真っ白な堂々とした柱が等間隔で並んでいます。
教会の尖塔は雲に向かって高く高く伸びています。
地球でいうところのゴシック建築というやつです。
聖堂に集まって、子ども達はくりかえしくりかえし練習をしました。
本番で一つも失敗しないためです。
彼らの育ての親、だるま神父はもう亡くなってしまいましたが、きっと天国でこの練習を見ているに違いありません。だから彼らは一人も手を抜いたりしませんでした。
一番年長の、指揮者をやっている女の子がみんなのまとめ役です。
みんな真剣なので、時には衝突も起こります。
でも、喧嘩までにはなりません。
子ども達はみな仲良しでしたし、なによりコンサートを絶対に成功させたいと心から願っていたからです。
お腹が空くのも忘れて、何度も何度も練習しました。
「そう、そこで持ち替えるの。二階のお客さんまでしっかり意識してね。うん、とってもうまいわ。
そのあとはサラよ。ぼんやりしないで。タイミングがとっても大事なんだから。指揮をよく見て」
練習はまだまだ続きます―――。
別のある日。
子ども達は書斎に集まっていました。
壁一面に、色んな星から集められたたくさんの本がしきつめられていました。子ども達には難しくてまだ読めない本ばかりです。
コンサートの練習をお休みして、だるま神父の書斎に集まっているのはご本を読むためではありません。
招待状を作っているのです。
真っ白な紙のカードに古風なワシペンで招待文をしたためます。
もちろん、一枚一枚手書きです。
年長組が文章を書きます。そのすぐ下の年代の子ども達はカードの淵の装飾を担当します。
もっと下の子ども達は、思い思いのイラストやスタンプで招待状をにぎやかにします。
もし、だるま神父が生きていたら「お前たちは最高の装飾写本僧だ」と喜んだことでしょう。
「みんな来てくれるといいね」
「来てくれないと困るね」
「おっきなコンサート会場だから、来てくれないとガラガラになっちゃうね」
「来てくれるよ、ぜったい。だって『魔法のことば』をのせてるんだもん」
「そうだね。『まほうの言葉』があれば、きてくれるよね」
だるま神父がひとり、静謐な読書を楽しんでいたこの部屋も、いまは楽しそうな声でとてもにぎやかです。
でも、招待状をつくる作業は、コンサートの練習とおなじでとても真剣でした。
いよいよ、コンサートの本番の日がやってきました。
開場と同時にぞろぞろと招待客が中に入ってきました。
あっという間に広いコンサートホールの客席が埋まりました。
招待された中でそれを断った人は一人もいません。
お金持ちそうな人がたくさんいました。高級なスーツを着たおじさん、宝石をたくさんちりばめたアクセサリーをしているおばさんばかりでした。
お客さんどうしはあまり仲良くなさそうでした。
席をはさんで、あっちこっちでガンをとばしあっています。
けれどコンサートがはじまる前にけんかをするのはよくないことだと思い、おとなしくしていました。
開演時間になりました。
幕が上がります。
子ども達がオーケストラの配置についています。
舞台用におめかしして、そろいの黒と白の服を着たその姿は、天使のようでした。
舞台袖から指揮者の女の子が歩いてきます。
子どもたちのなかでも一番年長の彼女は、メイクをしてドレスを着ているといっそうおとなびていて、かわいいというよりもうつくしい様子でした。
指揮台にのぼり一礼するさまも堂々としていて、緊張している感じは少しもありませんでした。
お客さんたちは拍手で彼女をむかえます。
女の子が指揮棒をふりあげます。
第一楽章がはじまりました。
厳かで壮大なトランペットの合唱が鳴り響き、交響曲はフィナーレをむかえました。
会場を割れんばかりの拍手喝采が包みました。
オールドアース・クラシックに興味のない人たちでも、少年少女の素晴らしい演奏に本当に感動した人も少なくありませんでした。
まわりに負けまいと一生懸命感動したフリをしている人も、少なくはありませんでした。
拍手は鳴りやまず、アンコールの手拍子に変わります。
お客さんのほとんどは早く自分の知りたい答えを聞かせてほしいと思っていましたが、ここで礼儀を欠くわけにはいきません。
ぐっとがまんして、アンコールの手拍子を続けました。
アンコール曲は輪舞曲でした。
人類が宇宙に進出する頃に作られた曲です。
誰が作ったのか作曲者はいまだに分かっていません。正式なタイトルも不明です。
でも、とても有名な曲です。いわゆるネオクラシックというものです。
自分たちのよく知っている曲が演奏されて、お客さんたちもなんとなくほっとした気持ちになりました。
男の子のひとりがチェロを置いて、別のものに持ち替えました。
大口径のリヴォルバー式銃でした。
輪舞曲が旋律を奏でるなか、男の子はそれを腰のあたりでしっかりと構えて、最前列に座るお客さんに銃口を向けました。
ずどん。
地震が起きたようなものすごい音がしました。
お客さんのからだは思いっきり後ろに吹き飛んでいきました。
それがはじまりでした。
ヴァイオリン奏者の少年少女達は一斉に楽器を置き、おそろいのアサルトライフルに持ち替えました。
ずだだだだだ。
小気味よくも派手な音がひびきます。
子どもたちは自分の標的のお客さんを正確に撃っていきます。
たとえば、ある男の子は1のA席からH席までのお客さん、ある女の子は3のF席からN席までのお客さん、といった具合です。まるで精密機械のように正確でした。
女の子がコントラバスからグレネードランチャーに持ち替えて、二階席にいるお客さんを砲弾で客席ごとふっとばしました。がれきと悲鳴とお客さんの身体がばらばらと落ちてきます。
まっさきに逃げようとした通路側のお客さんを、男の子が手にした散弾銃が穴だらけにしました。
お客さんの中には不測の事態にそなえて拳銃をひそかに懐に忍ばせていたヤクザ者もいました。
そういう人たちはステージの少年少女に反撃しようとしました。
無駄でした。
狙撃銃のスコープをのぞいている最後尾の男の子と女の子が、武装したお客さんをかたっぱしから撃っていきます。
そんな中、輪舞曲も途切れることなく演奏されます。
主旋律を奏でる楽器が次々と変わるこの曲は、オーケストラの他の手がいそがしくても続けることが可能なのです。
指揮者の女の子は器用に演奏と射撃の両方を指揮していました。
ぜんぶが練習のとおりにうまくいきました。
だれかが演奏をつづけ、だれかが射撃をして、だれかが弾倉を替えている時は、だれかが援護します。
まるでオーケストラ全体が一つの生き物になったようなチームワークでした。
崩壊するコンサート会場と輪舞曲と身体に穴を開けてばたばた倒れていくお客さん達、銃火器の轟音、それらが女の子の振るう指揮棒の上でひとつに重なりあっていくようでした。
それはとても豪快でもあり、美しくもあるひと時でした。
とうとうアンコールの輪舞曲もフィナーレをむかえました。
今度は拍手は起こりませんでした。拍手できるひとは一人もいませんでした。
客席の方をふりかえると、子ども達を代表して指揮者の女の子がぺこりとおじぎしました。
そして、もう動かなくなったお客さんに向けて、ほがらかにあいさつします。
「本日はわたし達のコンサートにお集まりいただき、ほんとにありがとうございました。はじめてのことでうまくいくかすごく心配ですごくドキドキしていましたが、ひとつもまちがわずにコンサートをぶじ終えられてすごくほっとしています。感想を聞けないのがざんねんですが、だるま神父様の望まれたことなので仕方ないことだと思います。最後にわたし達のお父さん、だるま神父様からみなさまにご伝言です。『俺は天国にいるから貴様らは全員地獄に堕ちろ。まちがってもこっちに来るんじゃないぞ。二度とそのきたない面を見せるな』、だそうです。本日は本当に、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
そろって深々とおじぎをしました。
顔を上げると、緊張から解放されたみたいに、みんな笑顔でした。
そして、ほこらしげでした。
コンサートがはじまる前よりもっともっと天使のようでした。
「こりゃまたずいぶん派手にやったもんだな」
半分がれきと化したコンサート会場に、マシューは足を踏み入れた。
会場の血なまぐさい、という言葉では言い表しきれない地獄絵図に呆れかえる。
半ば予想していたこととはいえ、想像以上の惨状だった。
「あんたらにあのだるまが遺産の分け前なんかやるわきゃねえのに……。欲に目がくらむとろくなことになんねえな」
歩きにくそうに死体を避けながら、マシューはステージに近づいていく。
自慢の革ズボンに血がつきそうで、顔をしかめる。
「マシューさん!」
顔が分かるくらいマシューがステージに近づくと、指揮者の女の子が彼に気づいた。
とことことステージの階段をおり、最前列の死体の背中を踏みつけて、マシューに駆け寄り、抱きついた。
「うおっと。……お前、エリィか? ずいぶん大きくなったなぁ、すぐには分かんなかったぞ」
マシューは懐にとびこんできた女の子を受け止め、頭をなでる。
年長組の少年少女たちは指揮者の女の子と同じように、笑顔になって「マシューだ!」とうれしそうに叫ぶ。
それより下の子ども達は「だれ?」と問いたげに、きょとんとしていた。
「しかし、見事なもんだなぁ。弾はきちんと眉間の中心を撃ちぬいてるし、跡をみたって無駄なく、全員きれいに撃ちとめたのが分かる。木星の特殊部隊だってこんなに鮮やかには殺れねえんじゃねえか」
「えへへ、たくさん練習しましたから」
マシューに褒められ、女の子ははにかんで笑う。
その顔は無邪気で、年相応の感じだった。
マシューはステージのすぐ真下まで歩み寄り、彼を知らない子ども達に向けて自己紹介する。
「俺はエドワード・マシュー。だるまのヤツの……まあ、なんだ、悪友だ」
「マシューさんのことは、だるま神父様が相手したなかで生涯で一番手ごたえある相手だったって褒めてたんだよ」
女の子の補足に、少年少女は目をきらきらさ輝かせた。
「……俺だって、あんな一方的にやりこめられたのは、生涯でだるまの野郎だけだ」
マシューは少々苦々しげにつぶやく。
「マシューさん、だるま神父様の伝言を言ってもいいですか?」
「伝言……って、化石時代の人間かよ、あいつは」
女の子はえへん、と一つ咳払いしてだるま神父の言葉をマシューに伝えた。
「『マシューよ、お前がこの言葉を聞いているということはわしはもう天国におる頃だろう。ふふ、一度言ってみたかったのだ、このセリフ。とうとうわしにも使う機会がくるとはなあ、感慨深いものだ』」
「すまん、エリィ。そのへんのどうでもいいくだりはカットしてくれ」
「はーい」
女の子はくすくすとおかしそうに笑って続けた。
「『さて、マシューよ、わしがお前になにを望むかもう分かっておるな。わしのやり残した、この星の大掃除、しっかり頼むぞ。手始めに、薄汚い、わしの遺産狙いのクズどもは始末した。知っての通り、わしの残したかわいい子どもたちは軍隊として優秀すぎる。この子たちをまとめあげられるほど優秀な指揮官は、まあ、わししかおらん。ぎりぎりの補欠としてお前さんじゃ』」
「そりゃあんたが育てたんだからな、育ての親の方がうまくて当然だろ」
マシューは不満げにつぶやく。
「成功報酬として、お前さんがその昔、わしから盗り損ねた例のブツをやろう」
「……本気かよ。コトが終わった途端、俺もここの連中の仲間入り、なんてことはねえだろうな」
「やだなあ、マシューさんにそんなことをするわけないじゃないですか」
女の子は伝言を一時中断して、素の声で笑う。
「ちっ、だるまのやつ。めんどうごと全部押しつけやがって。地獄に堕ちやがれ」
「それ、禁句ですよ」
「いんだよ、もうくたばってんだから」
マシューのなかでめんどくさいという思いと、だるまが告げた報酬の誘惑が天秤のごとく揺れ動く。
が、その葛藤は長いことは続かなかった。
「ま、ここに来ちまった以上、どうせ巻き込まれるしかねえんだ。頼もしいガキ共がいるだけマシか」
マシューの答えに、子ども達は歓声を上げた。
女の子がもう一度抱きつこうとしたのを、マシューは手で制する。
「とりあえず、だれか不良占い師を呼んできてくれ。あいつもあれで、戦力としてわるかねえ。そのあとは―――コンサートの第二部といくか」
---------了
天使の輪舞曲 倉名まさ @masa_kurana
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