姉の浴衣

島本 葉

第1話(完結)

 校舎に入ると少しは涼しくなるかと思っていたけど、そんなに甘いものではなかったみたい。直接日差しが当たらないだけでもまだましに感じるけど、それでもまとわりつくような暑さはどうしようもなかった。夏休みの学校は人がまばらで、校舎に入ると人影はまったくなかった。開け放たれた窓からはクラブ活動の生徒たちの掛け声とセミの声だけがじんわりと聞こえてくる。

「雄太だ」

 グランドに見知った顔を見つけた。がんばってるなあ、と目で追ってみる。野球部の列の中でもひときわ大きな声を張り上げながら走っているのは私のよく知っている男の子だ。数年前までは私のほうが背が高かったのだけど、いつのまにか追い越されてしまった。けれど、ここから見る雄太は、みんなより頭が少し低い位置にあった。やっぱりクラブの中では小さい方なんだろうか? 私より身長が高くなったときに見せた嬉しそうな顔が思い浮かぶ。くすり、と笑みがこぼれた。

 走る雄太をぼんやり目で追いながら、廊下を歩く。誰もいない廊下に、きゅっきゅっと鳴る上履きが少し心地よく感じた。

 がらりと図書室の扉を開けると、嘘のようにひんやりとした風が首筋をなでた。よく冷房の効いた部屋は、扉一枚隔てた廊下とはまるで別の世界だった。

「失礼します」

 後ろ手に扉を閉めて、息を吐く。火照った体がしんと静まっていくよう。

「おはよう。返却か?」

「はい。それと二、三冊借りるつもりです」

 カウンターには数学の担当の先生が座っていた。学期中は委員の持ち回りで当番が決まっているけど、夏休みの間は数人の先生たちで当番になっているらしい。

 かばんから借りていた本を取り出してカウンターに置いた。先生は広げていたノートを少し脇にずらして、ぎこちない手つきで返却の手続きをしていく。

「今日は先生が当番ですか?」

「ああ。ここは職員室より涼しくていいな」

 そう言って、先生は笑った。

 そうですね、と笑いながら私は目当ての棚に向かう。少し奥まったところにある書架の間は少し薄暗くて、余計にひんやりとした雰囲気だった。色とりどりの背表紙を眺めながら、時折目にとまったものを抜いてはぱらぱらとめくる。私が借りるのは物語と決まっていたけど、なかなか決まらないのはいつものことだった。

 二十分ほどかけて、ようやく二冊本を選んでカウンターに向かう。お願いします、と先生に渡すと相変わらずおぼつかない手つきで裏表紙の隅のバーコードを通していく。

「そういえば、お姉さん帰って来てるのか?」

 貸し出しの作業をしながら先生が問う。私は少しどきりとしたが何でもない風に答えた。 

「いえまだ。けど祭りのころには帰って来ると言ってました」

 姉さんは去年の卒業生で、今は大学に通うのに家を出ていた。先生はそのときの担任をしていたから何気なく話題に上らせたのだろうけど、私の心は複雑だった。妹の私から見てもしっかり者の姉さん。明るくて美人で頭が良くて。姉さんとは三つ離れているのでこの学校に一緒に通ったことはないけど、今のように姉の話を聞かれるのは一度や二度ではなかった。何でもできる姉さんは私には自慢であり、重荷だった。

「そうか。時間があったら学校に顔を出すように言っといてくれ」

 本を受け取りながら「はい、伝えます」と答えて、私は図書室を後にした。



 小さいころから姉さんは私の憧れで、何をするにもやさしい姉さんの後ろにくっついていた。習い事を始めたりするのも、たいていは姉の真似をしたかったからかもしれない。一緒に通った小学生の頃、友達はこぞって姉を誉めた。

「やさしいお姉ちゃんだね」

「私にもあんなお姉ちゃんが欲しいな」

 そういう言葉を聞くたび、私は誇らしくて嬉しかった。入れ替わりに入学した中学校でも、やはり先生たちは皆姉さんのことを口にした。大好きな姉さんだから、そのことは私にはうれしいことだったけど、時に疎ましく感じることもあった。何かにつけて、比較されているような感じ。私は柴田加奈子ではなく、柴田夏実の妹。そういう風に言われている気がした。姉さんのようになりたくて、けれどもやはりなれなくて。そして高校に入っても、やはり姉さんの姿はちらほらと私を悩ませる。

「おーい。カナ!」

 靴を履き替えてグランドに出たところで私を呼ぶ声がした。振り返るとシャツを汗で張り付かせた雄太がこっちに歩きながら手を振っていた。

「来てたのか。また図書室か?」

「うん」

 頭の中でもやもやしていたのを振り払って、雄太に応える。

「雄太はもう練習終わり?」

「いや、いま休憩中。部室にみんなの飲み物を取りに行くとこ」

「使いっ走りだ」

「ほっとけ」

 じゃあな、と片手を挙げてからからと笑う。

「そうだ。夏祭り、もちろんカナも行くだろ」

 思い出したように振り返る雄太。

「うん、行く」

 毎年恒例の神社での祭りは夏の楽しみの一つだ。小さなお祭りだけど、最後には花火もあがって夏の暑さが心地よい夜。

「姉さんが帰ってくるから、一緒に行くと思う」

 去年は姉さんと浴衣を着た。初めて袖を通した浴衣がなんとなくくすぐったくて、嬉しかった。友達はかわいいと誉めてくれたし、雄太はぶっきらぼうに「似合う」と言ってくれた。

 そのときの雄太の姿を思い出すと、自然に笑みがもれた。

「なに笑ってんだよ」

 いぶかしげな雄太に、何でもないよと笑う。今年も浴衣を着てみようか。この幼馴染は、どんな風に見てくれるだろう?

「カナも夏実姉さんも一緒にいこうぜ。クラスの何人かとも神社で会う約束してるし」

 そう言って笑う。汗と土を顔に貼りつかせたまま。昔よりずっと男っぽくなったけど、少し子供っぽい笑顔は相変わらずだった。

「うん」

 私も笑顔を返した。



 二階にある私の部屋は、屋根から伝わる熱気で本を読む環境ではない。夜ならばともかく、昼間には自分の部屋でじっとしていることなんて到底できなかった。その点、一階の居間の隣にある両親が寝室にしている部屋は窓を開けると風がよく通って気持ちいい。私は麦茶と先日借りてきた本を手に、その部屋へ向かう。

「あれ?」

 部屋には先客がいた。母さんである。ごそごそと箪笥から何かを引っ張り出してきているようだった。

「何してるの?」

 私の声に振り返った母さんは、手に持ったものをちらりと見せた。

「着物をね、出してるんだよ」

 母さんの手には去年の夏祭りに私が着た浴衣が握られていた。少し落ち着いた感じの柔らかなクリーム色の布地に、赤いほおずきが覗いている。

 見ると、母さんの周りには、ほかにも見たことのある着物が数点重ねられていた。

「虫干し?」

 毎年この時期、梅雨が明けてよく晴れた日に母さんは着物を出してきて虫干しをしていた覚えがあった。

「そう。気持ちいい風を当ててあげないとねえ」

 じめじめとした箪笥に閉じ込めていた着物を、母さんは楽しそうに出してはシミや虫食いがないかを確認していた。

「今年も浴衣着るんでしょ」

 そう言って私の浴衣を広げて裾をめくったりして、満足そうにうなずく。

「うん、そのつもりだよ」 

 去年の夏、姉さんと買いに行った浴衣だ。姉さんが私によく似合うよと言ってかわいい感じのこの浴衣を選んでくれた。

 浴衣を着たのはもう数年ぶりで、前に着たときのことは小さくてはっきり覚えていない。お気に入りの浴衣に身を包んで回った去年の祭りはいつもとは違って見えた。履きなれない下駄も、少し歩きにくい裾も気にならないほどに。

 母さんが紺色の浴衣を広げた。姉さんの浴衣だった。この浴衣に身を包んだ姉さんは、とてもきれいだった。長い髪を結い上げて、少し紅を引いた姉さんはとても大人っぽくて。いつも一緒にいる姉さんなのに、あの時は違う人に見えた。

 母さんは私と姉さんの浴衣をはじめ、次々に着物を柱に吊るしていく。さらりと風がなでて、着物の裾がなびいた。

「ねえ、母さん」

 私の視線はあたらしい風をうけて気持ちよさそうにしている姉さんの浴衣に注がれたままだった。

「なに?」

 手を休めずに、母さんが応える。

「この浴衣、私が着たら似合わないかなあ?」

 大人っぽい、姉さんの浴衣。この浴衣に身を包めば、姉さんのようになれるだろうか? 友達は、雄太はどんな風に私を見るのだろう?

 母さんがこっちを見ていないのはありがたかったかも知れない。今の私の顔を見られるのはとても恥ずかしかった。



 夏祭りを数日後に控えた午後、姉さんが帰って来た。ただいまと、少し懐かしい調子の声で私は読んでいた本をそのままに階下に急ぐ。母さんから聞いて今日帰ってくることはわかっていたので、私は朝からなんとなくそわそわしていた。ページをめくる手もいつもよりぎこちなく、読んだ内容もおぼろげにしか頭に入ってこなかった。

 階段を半分ほど下りたところで姉さんの笑顔に行き当たる。

「久しぶり、元気にしてた?」

「うん」

 私も自然と笑顔になった。

 数ヶ月ぶりに会う姉さんは前よりも少し色が白くなっただろうか。私もこの歳になるともう外で走り回るようなこともあまりないので、どちらかと言うと色白なほうだと思うけど、姉さんは私より少し白いような気がした。けれど、数ヶ月ぶりの姉さんは私の記憶にある姉さんとあまり違わなかった。私は少しほっとした。

「母さんは?」

「いま、買い物。もうすぐ帰ってくると思うよ」

 居間に向かいながら話す。母さんはせっかく姉さんが帰ってくるのだからと、夕食の材料を買いに出かけたのだ。ご馳走らしいよ。そう言うとねえさんは「楽しみだなあ」と笑った。

「虫干しだね」

 居間に入ると、奥の部屋に着物を陰干ししているのが目に入る。開け放したふすまから覗く浴衣が風でそよそよと揺れていた。

「姉さんも夏祭り行くでしょ?」

「そのつもりだよ」

「浴衣着て行く?」

 私と姉さんの視線は奥の部屋の浴衣にそそがれていた。

「そうだね。まだ一度しか着てないから、着ないともったいないしね」

 姉さんが笑う。私は口にするかどうか迷った。先日頭によぎった考え。姉さんの浴衣を私が着たらどんな風に見えるのだろう。姉さんのように少し大人びて見えるだろうか。姉さんは似合うと言ってくれるだろうか。

「どうしたの?」

 黙りこんだ私に姉さんは不思議そうな顔を向けた。

「姉さんの浴衣、私が着たら似合わないかなあ?」

 勇気を振り絞って言う。けれど気恥ずかしくて顔をあげることはできなかったので、姉さんがどんな表情をしているかは分からなかった。

「私の浴衣を? 加奈子が?」

 少し驚いたような口調。顔が火照って真っ赤になっているのが自分でも分かるくらいだった。私はますます顔を上げるのが恥かしくなって、肩を狭めるように身をすくめた。

「じゃあ、祭りの日に交換して着ようか」

 恐る恐る顔を上げると、姉さんは私の顔を覗きこんだ。ふわりと口元をほころばせる。

「大丈夫。ちゃんと似合うよ」

 姉さんは私の心を見透かすように、けれどとてもやさしく笑った。



 まだ空は明るいけど、時計を見ると六時を回ったところだった。この季節は日が落ちるのがゆっくりなので少し感覚が狂う。私と姉さんは早めの夕食を済ませて、じゃあ浴衣を着ようかということになった。今日は祭りの日だった。

 私はしばし姉さんの浴衣を見つめた。姉さんは似合うと言ってくれたけど、私には自信がなかった。この浴衣を着た自分と言うのはどうしても想像できなくて。

「大丈夫だよ」

 ぽん、と私の肩がたたかれる。姉さんは私の不安を見て取ったのか、やさしく笑う。私は大きく息を吐いてうなずいた。このやさしい姉さんに少しでも近づきたかった。

 先に私が着る。私は手伝ってもらわないと着ることができないのでそういう順番なのだ。着ていたものを脱いで、肌襦袢に袖を通す。普段の下着と違って肌触りがなんとなくくすぐったく感じる。紺地の浴衣を羽織って、姉さんの手を借りながら衿をあわせる。

「そこ、しっかり押さえときなよ」

 言われるままに浴衣を押さえていると、姉さんは手早く腰紐を結ぶ。私はというと、姉さんの言うとおりに手を動かしながら姿見に映る自分の姿を見ていた。紺色のせいだろうか。いつもより落ち着いた雰囲気の私が映っていた。

「さ、完成」

 橙と茶色の間のような色合いの帯を結び終えた姉さんが満足そうに私のおしりを軽くたたく。

「どう?」

 じっと姿見を見つめたままの私に問い掛ける。

 肩くらいまでしかないので普段は結ぶ必要もないけど、今日は髪を上げて浴衣と同色のリボンを結んでいるからだろうか。姿見に映る私はいつもより確かに大人っぽく見える。絞り梅の柄も、かわいくはあっても子供っぽくはなかった。

「うん……」

「似合ってるでしょ」

「うん」

 少し恥かしい気持ちと、それより大きなうれしい気持ちで私はうなずいた。

 そうしていると姉さんはてきぱきと私の浴衣、クリーム色の生地に赤いほおずきが描かれている浴衣を着付けていく。赤い帯を身体の前で結んで、えいと後ろに回す。

 私の浴衣に身を包んだ姉さんはやっぱりきれいだった。髪は去年みたいに結い上げてなくて、帯に合わせた赤い紐で後ろでひとつに束ねていて、何と言うか。

「かわいい。姉さん」

 どうかな、と問い掛けるような姉さんの視線を受けて、私は笑った。

 母さんに出かけることを伝えて、外に出るとあたりはほんのり薄暗かった。下駄をからんと鳴らしながら姉さんと並んで歩くとお互いに自然に笑い合った。さらりと首筋をなでる風も心地いい。神社へ近づくと、同じように浴衣を着た人や家族連れの人と出会う。みんな楽しそうに神社に向かっていく。

「雄太とね、鳥居のとこで待ち合わせしてるの」

「今でもやんちゃ小僧?」

 小さいころからよく一緒に遊んだので姉さんも雄太のことはよく知っている。中学にあがった頃からはさすがに一緒に遊ぶことも少なくなったので、姉さんの中で雄太はいつまでもやんちゃな男の子のようだ。私はあはは、と笑った。

「今はね、元気だけどやんちゃと言うほどではないかな」

「そっか。そりゃそうだね」

 弾む会話と歩調と心と。雄太は私のこの姿を見てどう思うだろう。少しは大人っぽく見えるだろうか。そんな不安と期待を弾ませながら歩いた。神社につく頃にはもうだいぶ日も落ちて並んだ提灯の明かりがやわらかく灯っていた。参道に並ぶ夜店を見回しながら進むとやがて鳥居が見えた。雄太とクラスの友達が数人集まって話していた。浴衣の子も数人見える。

「カナー。こっちー」

 私に気づいた友達が手を振る。私も手を振り返す。

「いいよ、行っといで」

 姉さんを振り返ると微笑みながらうなずいてくれる。下駄でうまく走れないので、少し歩調を速めるように私はみんなのもとに向かった。

「あれ? 去年とは違う浴衣だよね」

「うん、姉さんのなの。どうかな?」

「似合ってるよ」

「うん。大人っぽい」

 期待していた反応に、ついうれしくて顔がほころんだ。友人たちも色とりどりの浴衣に身を包んで、みんなすてきだった。祭りと、いつもとは違うおしゃれに少し浮かれているのは私だけではなかった。

「どう? 雄太? 似合ってるかなあ?」

 私は鳥居にもたれるようにして立っていた雄太に声をかける。雄太もほかの男の子も浴衣を着ている子はいなくて、みんな涼しそうなシャツに短パンといういでたちだった。雄太には私の今日の姿はどう映っているのだろう。少なからず不安を押し殺して私は雄太に笑顔を向けた。

「まあ、似合ってるよ」

 少しそっぽを向いて、手で頭を掻きながら言う。雄太の言葉に私はほっと胸を撫で下ろしながらも、その姿があまりに去年と一緒だったので思わず笑ってしまう。

 ゆっくり歩いて追いついた姉さんをみんなが迎える。私が去年着ていた浴衣も姉さんが着るとまた違った印象に見える。

「久しぶりだね、雄太」

「久しぶり。浴衣似合ってるね」

 明るく笑いながら雄太が笑う。私のときとの対応の違いにちょっとムッとして雄太をにらむ。すると雄太はまたそっぽを向いてしまうのだった。

 私たちが最後だったようで、誰かが「行こう」と声をかけて鳥居を抜け石段をあがる。境内にはたくさんの夜店が並んでいて賑わっていた。参道にもお店は並んでいたけど、こちらのほうがやっぱり活気がある。人も多かった。

 思い思いの夜店を覗きながら歩いた。私は綿菓子を買って姉さんと食べながら、おもちゃのようなアクセサリーを売っている店を覗いたりする。姉さんも楽しそうに夜店を見て回っていた。

「ここにくると、やっぱり私の町だなあという気がするね」

 綿菓子を私の手からつまみながら姉さんがつぶやく。

「どうしたの?」

「加奈子はね、私が何でもできる姉さんだと思ってるでしょ」

 その通りなので私はうなずいた。姉さんは私を見て笑った。少しおどけたような口調は姉さんには珍しかった。

「けど大学に行ってて思うけど、私もね、やっぱり背伸びしてるんだよ」

 私の頭をぽんと叩きながら、いつものやさしい笑顔を覗かせるのだった。



 そろそろ花火が上がる頃なので、私たちは境内を出て、参道の少し脇にある公園に来ていた。川の端で打ち上げられる花火は境内にいても十分見えるのだけど、少し人気のないところでゆっくり見たい。同じように思う人も多いようで、公園にいるのは私たちだけではなく、ほかにも何組かの人がいた。

「そろそろだね」

 私は浴衣を汚さないようにジャングルジムにもたれて、夜空を見上げる。月は少し雲に隠れていたけど、よく晴れていた。同じように隣で雄太が空を見上げている。

「あれ? 夏実姉さんは?」

 雄太があたりを見回しながら尋ねた。

「ここにくる時に友達と会ったみたいで」

 高校のときの友人とばったり出会ったので、姉さんはそこで話し込んでいるはずだ。その友達に話し掛ける姉さんの表情は私が知っている姉さんのようであり、違うようでもあった。

「そっか」

 やがて、大きな音とともに夜空に花火が上がる。わあっ、とあたりから歓声もあがった。

 私は静かに花火を見上げながら、さっきの姉さんの言葉を思い返していた。姉さんに少しでも追いつきたくて、浴衣を交換した。時には比較されて戸惑うことはあるけど、やはり姉さんは私の憧れで、姉さんのようになりたくて。

 夜空に咲いては散っていく花火から、姉さんの浴衣に目を落とす。これは私の精一杯の背伸びだった。

「カナ」

 雄太が呼んだ。私は花火を見上げたままの雄太の横顔を見つめる。

「その浴衣な、似合ってるけど……」

 そこで言葉を切った。夜空にもう何発目かわからない花火が上がる。私は言葉の続きを待った。雄太の頬が赤いのは花火が映っているからだろうか。雄太は頭を掻きながら続けた。

「似合ってるけど、去年の浴衣の方がお前に似合ってると思う」

 私の中にあったいろいろな思いが溶け込んでいくようだった。

「ありがとう」

 私は照れてこちらを向いてくれない男の子に心からの笑顔をおくった。




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姉の浴衣 島本 葉 @shimapon

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