『すれ違う人たちへ:階段を降りる人』
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謎の標識の指示のままに、私は階段を降り始めた。すると自分のこれまでの人生が逆再生のように流れるのだった。
最初に私の葬式だ。なぜこんなにも多くの人間を集めて仰々しいことをするのか疑問だった。幼少期から人間は生き返らないことは知っていた。しかし死んだ今、この儀式は残された人間たちのためのものだと実感する。みな、心の整理ができる機会を欲するのだ。
次に研究機会を離職するとき、多くの仲間や部下が労ってくれた。なぜそんなにも優しくするのか。性格の波長が合いそうで、優秀な成績データだけで判断して雇用した。しかしそれ以上にチームを維持してこれたのは、それぞれのパーソナルな部分を知ったからだ。慎重に実験を何回も重ねる者も、大胆な発想で突っ走る者も、生涯独身を貫く者も、家族サービスを絶対に欠かさない者も、年齢も性別も経歴も、みんなバラバラだった。いくら人間を同じ環境で育てようにも同じ人間には成り得ない、それはアナログな付き合いから知った。
パートナーと子どもとの、膨大な時間が流れてきた。人生の半分以上だ。いかに人間が不条理不合理かを思い知らされてきたか。それでも切り離せない感情が芽生えてしまった。家族が嫌いだった私が、家族を好きになってしまったのだ。デジタル化された心のエラーメッセージだった。
やがて学生時代から幼少期へ。両親の性格はともかく、私は愛されていた。私の出産、その願いは名前に込められた。呪いのような、たったひとつの願いごと。
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階段を降りていると向こうから昇ってくる人とすれ違った。なんだか懐かしい気持ちになり、つい会釈をすると無言で返してくれた。長く見つめてしまい、話がしたくなり、ゆっくりとその場に座り込むと、向こうも立ち止まってくれた。やがて私は口を開く。
「生きて歩いていれば、多くの人とすれ違うでしょう。ふと思うんですよ、自分以外の人間は本当は思考していないんじゃないかって。哲学的ゾンビやゲームのNPCみたいなものかもって。でも、そうじゃないんですよね、やはり。みんな誰かから生まれて、何かを感じながら、そしてゆっくり死んでいく。やがて気づくんです。さあ、あなたもあとちょっとみたいですがね、人生は昇りきったら終わりと思われてますが、違うんですよ。行きに昇ったんなら、帰るためには降りることが必要になるんです。ではまた後ほど」
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降りきった先をまだ知らない。またあのUターン標識に出くわすのか。そうなると記憶を失いまた同じ人生になるのだろうか。私はけっこう幸せな人間だったのかもしれない。それとも全然違う人生になるんだろうか。もっと幸せか、もしくは不幸なものか。それとも今度こそ無に帰るのか。
すれ違った人たちに思いを馳せる。それぞれの人生が巡っている。私はあなたを体験するんだろうか。あなたは私を体験するんだろうか。
階段を昇るときか、降りるときか。また会う日まで。また会いましょう。
おわり
すれ違う人たちへ 深夜太陽男【シンヤラーメン】 @anroku
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