家族ガチャ

初音

　「ほら、旦那さん呼んでるよ。もう。涙拭いて」

私はポケットティッシュを手渡した。今日は引っ越しの日。荷物もトラックに詰め込み、後は出発を待つばかりとなっている。先に車に乗っている旦那とまー君は、イライラが限界に達しているころだろう。

「うん、ありがとう。色々迷惑かけてごめんね」

そんなことより、早く車に乗ったほうがいいよ、と、教えてあげたいところだけど、ここは我慢だ。

「ううん。引っ越しても、元気でね」

涙をこらえて、ほほ笑む。あぁ、これで本当にお別れなんだね、私たち。

「私、はっちゃんがお友達で、本当に良かった！」

ぽんちゃんはそう言うと、やっと車に乗り込んだ。最後まで要領の悪い女だ。

　私は車が見えなくなるまで、大きく手を振った。

　――本当にありがとう。ぽんちゃん。

　私は河野　初音…ううん、今は遠藤　初音。

　「家族ガチャ」に廃課金して借金を重ね、更に家族の悪評をネット上や、会社、幼稚園にばら撒かれたぽんちゃんこと河野　保奈美は、被害から逃げるようにこの街から引っ越していった。

　ぽんちゃんが「ガチャ引き換え前」の人生で見事寝盗ったその旦那はね、実は家庭内じゃ酒癖も女癖も悪いし、暴力もひどくて大変なの。離婚したくても、判を押してもらえなくて。ガチャを引いて、いくらチャンスを与えられても、本人の悪癖は治らないんだよね。マー君も、あれクソ旦那の連れ子で、私に全然懐かないし。

　ところで、ぽんちゃんにずっと言いそびれたSSRの特典はね「指定の人の家族と、自分の家族を交換できる」。

　こんな特典、使うかどうか、最後まで迷ってたんだけど、ぽんちゃんを見てたら、やっと踏ん切りがついたよ。自分が幸せになるために、人を不幸にしてやろうって考え、私、嫌いじゃないよ。でも、誰に逆らったらいけないのか、空気を読めないところが、ぽんちゃんの悪い癖。ましてや自分の手の内なんか、絶対他人に見せちゃダメ。

　そういうわけで、たくさん課金してたところ、悪いんだけど、ぽんちゃんの家族と、うちのクソ家族を交換させてもらうね。先に手を出したのは、ぽんちゃんだもん。これでおあいこでしょ。

　……ねぇ、私たち、本当に「いい友達」だった、よね？