第3話この恋は
運命なんてあるのでしょうか。
一目惚れなんてあるのでしょうか。
ただただ無意味な疑問を頭の中で繰り返しては繰り返す。きっとあるはず。きっとあるはずない。何度も何度も繰り返す。
恋についてくだらないことを頭の中で語り続ける。くだらないことわかっているから、その「恋」たちは誰にも言えない恋の話となる。
此度もこのように長々と語ってしまった。
声になんて出せない恋の話。
本当につまらない、架空の恋話。
つまらない、恋のない現実の世界。
色も音もない、現実の恋話。
恋がどんなものかなんて知っている。だって、世の中には嫌というほど恋の話が漂っているのだから。
それでも誰もが恋人となる相手と出逢えないのは、ただ恋に夢を見すぎているから。
そう、自分は思う。
だから、自分も恋を知らないまま道を一人で歩き続けているんだ。
そう、自分は思う。
もうすぐ信号機の色が変わる。
変わった。
横断歩道の縞の上を自分は歩く。
信号機の色は変わらない。
運命なんてあるのでしょうか。
一目惚れなんてあるのでしょうか。
視界の隅に一台の車が入り込む。
スピードを出している。危ないな。
車が急に曲がった。
こっちへ来る。
危ないな。
信号機の色はまだ変わらない。
自分はまだ横断歩道を渡りきれない。
車が自分の所へ突っ込んでくる。
危ない。
車はスピードをゆるめない。
誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
自分は避けられない。逃げられない。
危ない。ダメだ。もうダメだ。
自分は諦めた。
もう、いいや。
そう頭の中で呟いた。
運命なんてあるのでしょうか。
一目惚れなんてあるのでしょうか。
ほんとうに、あるのでしょうか。
誰かが自分を庇った。
自分と誰かは冷たい道路の上に倒れこんだ。
その瞬間、自分と誰かは確かに目が合った。
サイレンの音が響いていた。
泣き声が響いていた。
自分には、何一つ聞こえていなかった。
目の前には助けてくれた誰かの顔。開かれていない目。
ついさっき、自分はその目を見つめた。
運命だと、思った。
自分は、誰かの顔を見つめて、真っ赤に染まった口に自分の口を重ねた。
冷たかった。
初めてのキスは、真っ赤な血の味がした。
自分にはわかってしまった。
目の前の誰かにはもう逢えないのだと。誰かは、もう、遠くへ逝ってしまうのだと。
だから、自分はその言葉を声に出せなかった。
自分は、誰にも言えないその恋を、誰かの口に吹き込んだ。
目の前の誰かは、目を開くことはなかった。
その恋は誰にも聞かれることはなかったと思う。誰にも聞かれなくてよかったんだと思う。
これが、自分だけの恋。
自分は、今、確かに恋をしている。
どうか許して欲しい。誰にも言えないこの恋を知ってしまった自分を。
誰かの口を、恋を乗せた自分の口でふさいだ。もう自分は、誰にも、この恋を言わなくてもいい。
この恋を知っているのは目の前の誰かだけでいい。
自分は、恋をしていた。
運命なんてあるのでしょうか。
これが運命だというのなら。
一目惚れなんてあるのでしょうか。
一目見ただけで恋と気づく。
あれは確かに恋だった。
こんな恋、どうでしょうか。
今度はあなたの恋を自分に教えてくださいな。
クチをふさいで 犬屋小烏本部 @inuya
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