最終話 秘密は明かせないけれど

 休日ということもあり、街は人とアンドロイドでごった返していた。

 私には初花様の位置を把握できるシステムが組み込まれているし、初花様もスマホアプリで私の位置を認識できるようになっている。


 でもそれでも、初花様から離れないよう気をつけなければ。

 変な男にナンパでもされたら大変だ。


「あ、今日はゲームのイベ――じゃなかった、い、今のうちに必要な命令をしておこうかな。遊び疲れたら忘れそうだし。5分待って!」

「かしこまりました」


 初花様がスマホで何やら操作し始める。

 ゲームというのは、最近初花様がハマっている「何か」のことだろうか?


 そんなことを考えていたその時。

 脳内に、いつもの命令プログラムとともに別な情報が流れ込んできた。

 それは『こんな執事はダメですか?』というアプリのデータで。

 ゲーム内では、「アオイ」という男性キャラクターと「初花」というキャラクターがデートを楽しみ、いい雰囲気になっている。


 ――執事と主の恋愛ですか。へえ。

 この「アオイ」というキャラクターうらやまし――いえ、なかなかやりますね。


「どうかした?」


 どうやら初花様は、ゲームデータを誤送信したことに気づいていないご様子だ。

 それなら知らないフリをするのが執事ロイドというもの。


「いいえ、何でもありません」

「そう。ねえ、今日は水族館に行かない?」


 ――え。

 水族館といえば、先ほどのゲームで「アオイ」と……。

 なるほど。

 初花様は私と外出することで、「アオイ」とのデートを辿ろうとしているのですね!?

 だったらいっそ――


「水族館、いいですね。……初花さ――初花、は可愛い、な」


 アオイの台詞に似せようと思ったところ、後半言語プログラムに不具合が発生。

 やはり主である初花様を呼び捨てにするなど恥ずかしくて――


 ――恥ずかしくて?


「!? ……え、ええとごめん。聞こえなかったからもう1回言ってくれる?」

「――いえなんでもありません。水族館、行きましょう。ここから電車で2駅です」

「…………。ねえちょっと待って」


 初花様は慌ててスマホの履歴を確認し、顔を真っ赤に染めていく。

 同時に体温も急上昇していくのが分かった。

 恐らく、ゲームデータが送信されていることに気づいたのだろう。


「――ち、違うのよクロノ! あれはあくまでゲームで」

「はい。ですが私も少しでも初花様に喜んでいただきたくて……。申し訳ありません」


 ――ああ、私は何という選択ミスを。

 雰囲気が似ているくらいで好きな人の代わりなどできるはずないのに。


「ふ、ふーん? ……それなら、デート中は初花って呼んでよ」

「――え?」

「私を喜ばせてくれるんでしょ?」

「……よろしいのですか?」

「私がいいって言ってるんだからいいのっ」

「では失礼して――い、初花」


 なんだろう?

 たった3文字の言葉を発しただけなのに、体中が沸騰しそうに熱い。

 私の中にある情報から鑑みるに、私の今の状況は――


 ――好き。


 私は初花様が好き?

 それはそうだ。間違いない。

 しかしこの「好き」は――


 自分の中で、何かが繋がった気がし――


 いやいやこれはプログラムですし!

 しかも相手は主。そんなのあり得ない。


「ちょっとクロノ、顔真っ赤よ? あなた本当に量産型なの? そんな顔する量産型聞いたことないわ」


 初花様は私の顔を見るなりそう言ってふき出した。

 でも、そう言った初花様の足取りはどこか軽やかで。


 この日、私と初花様は、「水族館デート」を思う存分満喫した。

【完】

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