【全1話】愛・コンタクト
御咲花 すゆ花
第1話 リセットマラソン
画面の外の人間は優しい。
総じて献身的という評価も、アイコンのような私たちのことを、ちゃんと愛でてくれるのだから、納得のいくものだ。
かわいらしい服。
時には、それと見合わぬ、
そう。
この場所を穏やかと形容するには、あまりに危険がありふれていた。
銃弾、魔法、敵対勢力、毒、モンスター……ほかにも、色々ある。物騒と呼べるものならば、どんな種類でも拒まない。そう言わんばかりに、なんでもござれだ。
ゆえに、外の人間によって、何度も恐ろしい任務へと、無理やりに連れていかされる点だけは、およそ彼らの優しさとは、かけ離れた部分であろう。だが、残念なことに、これこそが私たち本来の役目と言っていい。そのために私たちは、今日も生かされているのだ。
〈ありがとう! でも、無理しないでね? これって、お金が必要なんでしょう?〉
せいいっぱいに声を張りあげてみるが、見えない壁に阻まれてしまって届かない。私たちは、もっと自分の声で話したいのに、それをすることは許されていない。そうしていつか、こちらの気持ちが、決して伝わることがないと悟ったとき、私たちは反応するのをやめる。そうしたところで、だれも困らないからだ。
だれも。
言葉どおりの意味だ。そこには私たちも含まれている。
指のようなものに触れられたかと思えば、すぐに私たちの体は、その意思に反して勝手に動きだす。こんな、でたらめな世界に暮らしているというのに、いったいどんな聖人ならば困ってくれるのか。
ああ、そうだった。
総じて献身的だという、人間の評価についても、ここで少しだけ改めておく必要があるだろう。それはあくまでも、絶世の美貌を持っていたり、あるいは、とんでもないほどにまで、身体能力が優れていたりと、何かしらの一芸に秀でている、アイコンの話であって、そうでない者も数多くいる。
私、〈あい〉もその一人だ。
人間への補佐としてつけられる私は、彼らを愛するようにはできているものの、大した能力もなく、そのためなのか、深い傷を負ったところで、画面の外にはあまり影響がなかった。おまけに、彼らの言葉で表現すれば、私はハズレなのだそうだ。
「ようこそ、マスター。
私はあい。
あなたの名前を教えてください」
『うっわ、外れのサポートキャラじゃん。う○ちでいいか、うん○で』
いったい、どの辺りが面白かったというのか。私にはまるでわからないが、その人間は口角を思い切りあげ、意地悪な笑みを作っていた。
エラー:それは不適切な名前です。
『マジか……。面倒、どうしよう』
特に困った様子もなく、戯れに口を開けば、これまた別の人間が、醜悪なアドバイスをしたようだ。
『漢字に直しゃいいだろう』
『お前、天才か?』
「そうですか……運血。
運血 は私のマスターです」
「そうですか……あ。
あ は私のマスターです」
呼び名として使われる気のない文字列を、これまでに私は、どのくらい読みあげてきたのだろうか。そうして直後に、少なくない痛みを伴う戦闘がまたはじまる。
それはチュートリアルと言うらしい。人間に、私たちの操作を覚えさせるための、簡便な方法のようだ。さしずめ、私たちは
それらがひととおりおわると、突如として私のところには仲間が増える。ガチャなのだそうだ。ここで新しく登場した子が、その後の世界を彩り、楽しげに外の人間と物語を紡いでいく。おおむね、チュートリアルのためだけに用意された、私という存在の短くてキテレツな運命は、ここでおしまいだ。ガチャの結果がどうであれ、私にスポットライトがあたることは二度とない。
では、そのガチャが
極めて高頻度にやってくる、悲惨な事例にあっては、こうして意味もなく眠らされ、私の意識は、薄暗い景色の中へと溶けこんでいく。
私は何度、画面の外の人間に恋心を抱けば、この不条理な世界から、許してもらうことができるのだろうか。主人公になりえない私は、一生だれからも愛されないのだろう。それならば、救われなくてもいい。華やいだ舞台なぞ望まない。だから、どうか……どうか安らかに、このまま眠らせてほしいのだ。せめて、そっとしておいてほしいのだ。
無論、そんないじらしい願いをかなえてくれるほど、この世界は優しくない。どうやら、また私の出番はきてしまったようだ。
「ようこそ、マスター。
私はあい。
あなたの名前を教えてください」
「そうですか……卓斗。
卓斗 は私のマスターです」
『えっ、
困惑した表情で尋ねる人間に対し、もう一人はあっけらかんとした様子で応じた。
『そうだけど? 俺、リセマラとかしないし』
『いやいや、いや。効率を目指すなら、言うてサポキャラも、けっこう重要よ? SSRじゃなかったら、おとなしく引きなおそうぜ?』
『何事も一期一会だって。それに……好きなキャラでクリアできないようなら、それはもうゲームとして欠陥じゃん』
『とか言って、
『それはそれ、これはこれ』
なおも不満そうにつづける隣人を無視し、驚くべきことだが、その者はチュートリアル後も、平然と私たちの世界に関わってきたのだ。
言葉がつっかえそうになる私をよそに、口からはつらつらと、決められた台詞がこぼれていく。とりたてて意味のない文章にも、しっかりと耳を傾けているようで――実際には目を動かしていたのだが――、私を促すタップは、急くどころか気持ちがいいほどに緩やかだ。
初めて、私は自分を見てもらえたような気がした。
✿✿✿❀✿✿✿
それからの六か月、私と
鬱蒼と茂る森、目がくらむような広大な砂漠、荒れる大海原、息を吸うことさえやっとの火山口……。実に様々なところを歩き、戦い、そうして冒険をした。
とても丁寧な指づかいだった。
けれど、四か月を過ぎたあたりから、
やがて、暦が十二月を示したころ、
あなたに会いたい。
また、私は捨てられてしまったのだろうか。
〈卓斗?〉
にわかに、画面の外が明るくなるたび、私は読み方さえわからない名前を叫んだ。恋しくて、切なくて……日ごとに、創造者からの改良によって、私のできる機能は増していったが、それでも心に空いた穴を埋める方法だけは、神も教えてはくれなかった。
❀❀❀✿❀❀❀
それからどれだけの日が経ったのだろう。
夢にまで見た瞬間は、またも突如として私の前に訪れたのである。
「お久しぶりです、マスター」
『うん、お待たせ。無事に受験はおわったよ。でも、もうだいぶ時間が経っちゃったからな……。色々とアップデートもあったみたいだし。もう、新システムにはついていけないかも』
「大丈夫です、マスター。
卓斗 ならばできると、あいは信じています」
『あれ? こんな機能ってあったかな……』
システム:お気に入りのキャラクターが、ランダムで喋るようになりました! ぜひ、どんな言葉を話すのか、見つけてみてくださいね!
いつか、いつの日か。
私も自分の口で、あなたが好きと言えるといいな。
【全1話】愛・コンタクト 御咲花 すゆ花 @suyuka_misahana
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