第2話 解決編
翌朝、由紀が家にやって来た。
「結局、どうだったの?」
「……無かったよ。それらしき画像は一枚も……やっぱり疲労が原因で、ナビは普通の物だったんじゃないかな?」
「そんな……おかしいよ。お父さん、最近そこまで疲れた様子なんて無かったのに」
彼女は信じられないという表情をした。
「目が疲れてるみたいだと言ってただろ」
「でもさ……調べて本当に、何も見えなかったの?」
この時、僕は由紀のこの言葉が妙に引っ掛かった。
――「見えなかった」……「見えない」…………目が疲れる、まさか!?
「そうか……そういう可能性もあるか!」
僕は思わず声に出していった。
「え? え? どういうこと?」
「その『見えない』のが原因なんだ……由紀、ヒントをありがとう!」
「は? ちょ、ちょっと……」
「早速検証してみるから、応接間で少し待っていてくれ」
僕は彼女を応接間に待たせると、自分の部屋へ向かった。
カーテンを閉めてカーナビの電源を入れると、今度は古いスマホを取り出して動画撮影を始める。開始してすぐに手ごたえがあった。
「やっぱりそうか……」
誰に言うでもなく呟く。動画撮影を終了して由紀の所に戻った。
「原因が分かったよ」
「ホント!」
由紀は顔がくっつきそうな程に近付けてきた。
こうして見ると、顔は悪くないなと思う。スタイルも悪くないし、後は中身がもう少し落ち着いていれば……。
「で!? で!? ……何が原因だったの!?」
由紀はがっしりと僕の肩をつかんで揺さぶった。
「まずはこれを見てくれ」
「え? 古そうなスマホ……カメラがあるのにわざわざこんなの使って撮らなくても――」
「いいから画面の動画を見てくれ」
「何これ? カーナビが点滅してる……目で見てもなんともなかったのに……」
「液晶のバックライトの近赤外線だよ。普通の量じゃない」
僕は解説を始めた。
通常、人間の目は可視光線(波長が最大で360nm~830nm程度)しか見えず、それ以外の光は見ることのできない不可視光線と分類される。
もっとも、カメラ等の捉える光の波長はそれよりも広いことがあり、(近)赤外線等の不可視光線までカメラを通して見れば見ることができる物もある。
ただし、その「誤差」をなくすために、近年では赤外線カットフィルターを搭載して肉眼と同じように見えるようにしている機種も多い。
「だから、新しいカメラには映らなかったんだ」
「そっか……赤外線を見るために、わざわざ古いスマホを使ったのね。でも――」
そこで由紀は気付いたようだ。
「でも、人間には見えない光だったら、影響ないんじゃない?」
「そうでもないんだよ」
僕は話を続ける。
音でいうと、超低周波音が挙げられる。
超低周波音、20Hz以下の音は人間にはほぼ聞こえない音とされながらも、体調不良の原因になったり人体に悪影響があると知られている。このように人が認識しなくても、健康に被害を及ぼすことは十分にあり得る。
同様に、波長によっては赤外線も無自覚でも網膜に影響を与える場合もあるようだ。
「昔、テレビアニメの光の点滅で見ていた子どもたちが体調不良になったという事件があったことは知っているか?」
「あ、それ聞いたことある。確か光の点滅で頭痛や吐き気、てんかんや失神までなって……それ以降、アニメの放送の時、注意を促す物が追加されたとか」
「このナビの点滅はおそらくそれを模した物だと思う」
90年代後半、あるテレビアニメで画面を激しく点滅させた際に、見ていた子どもたちが体調不良になるという事件が発生した。人気のあるアニメだったこともあり、全国で多数の子どもが被害者となり、ニュースでも大きく取り上げられた。
「でもさ……あれって、たくさんの人が見ていたからそういう人も出ただけで、100%じゃなかったでしょ?」
「そこがかえって厄介なところさ。事故を起こした車に同じ機種のカーナビばかりあれば、誰かが疑って調べるだろう? だが、時々そんなことがあれば、偶然同じ機種のカーナビが搭載されていただけだと考える」
僕は一呼吸置くと続けた。
「それに、例のアニメのような過激な効果は出なくていいんだ。見えない光で原因を無自覚に発症させ、ほんの数秒気を逸らしたり意識を失わせるだけでいい。それだけで、密集して車が走っている道路ならば大惨事を引き起こせる」
「酷い! そんなのって……」
「ああ、そうだな。警察にでも言ってやるか」
「え? あの時は、警察は無理って――」
「今回は全国的に事件になった前例がある。それを模倣した物と言えば無視はできないさ」
僕たちはその日のうちに警察に行った。
「いやはや……ホンマ、命の恩人やで」
退院してきた良平はそう言った。
あの後、警察に届けると意外にもすんなりと通った。やはり前例のある事件というのが大きかったらしい。
その後、ニュースでも取り上げられ、問題となった機種はメーカーが回収することになった……が、犯人は分からなかった。確かに同機種でその「不具合」は見られたものの、生産のほとんどの工程を下請けに任せており、その下請けもずさんな管理体制だったのでどこでそんな物が混入したのかは分からないそうだった。そこのパワハラで精神を病んで辞めた社員の腹いせだったのでは……とも言われているが、その後の足取りが全くつかめず、これも憶測の域を出ない。
ちなみに、僕たちが関わっていたことは、公には直接話した警察の人間だけしか知らない。面倒なことになりたくないから、黙っていてくれと頼んだのだ。
「あのまま新しい車にも同じナビを付けとったら、今度こそ死んどった」
その結果、あれから五日後の晩に良平と一緒に寿司屋に居る。由紀から事の顛末を聞いて何かお礼がしたいと言われて断ったのだが、それならせめて食事でも奢ろうと言われて、由紀と一緒に寿司屋に連れられてきたのだ。
「それはそうと、車が弁償されてよかったですね」
「そやそや、メーカーさんが全部保証してくれるから万々歳や。新しい車を買う金をどうしよかと悩んどったのに」
「お父さん、車よりも命が大事でしょ」
由紀が呆れたように言った。
「まあ、確かにそれはそうやな。命あっての物種や……ちょっと、由紀どこへ行くんや?」
「トイレ」
「全く、女の子やからもう少し恥じらいを……」
彼女は店の奥に姿を消した。
「で……史郎君。うちの娘をどう思う?」
「は?」
「いやほら……親の私が言うのもなんやけど、悪うないと思うけど」
そう言うと、良平はニヤリと笑った。
どうやら、事件とは別の意味で面倒なことになりそうだ――僕はそう思った。
△▼災いを招くカーナビの原理についての検証△▼ 異端者 @itansya
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