△▼災いを招くカーナビの原理についての検証△▼

異端者

第1話 事件編

「……で、その骨董品てのが曰く付きの品で――」

 春休みに入り、桜も八分咲きになってきた頃だった。

 目の前では、同じ高校のオカルト部である瀬戸由紀が熱心に話している。

 ――全く、何が原因でこうなったのやら……。

 僕、科学部である森野史郎はぼんやりとしながらその話を聞いていた。

 春休みになって、さてようやく一人で静かに過ごせると思っていたら、由紀から突然の「お誘い」があったのだ。近所のファーストフード店で待っているからと一方的に告げると電話を切られた。

 行ってみると案の定、一方的にオカルト話を聞かされる始末。

「そんなの偶然だろ。だいたい、それが本当に呪われてたら全員が同じ結末になるだろ?」

「え~、効果には個人差があるのかも?」

「それは怪しい健康食品の売り文句だろ」

 由紀はこうして、ことある毎にオカルトを科学で証明できるかと挑んでくる。それが彼女にとっては生き甲斐らしいが、正直勘弁してほしい。そもそも、なぜ僕にだけ挑んでくるのかが謎だ。

「でもさ……前のゲームの時みたいに、証明できるかもしれないんじゃ……」

 彼女は声を落としてそう言った。

 そうだ。確かに証明できた例もあった。ただ、結局犯人は捕まらず無力感を噛み締めただけだった。

「あれは例外。お前ももう3年になるんだから、オカルトばかりより勉強した方がいいぞ」

 僕は突き放したようにそう言った。

「勉強嫌~い! だって、覚えてもつまらないんだもん!」

 良かった。いつもの由紀に戻った。もっとも、世間体を気にするなら進学校の高校3年でこれはちょっとまずいが。

「勉強なんて、好きでする奴は少数派だ。将来のため、我慢してやってるのが大半だろ」

「じゃあ、シローが将来なりたいものって何?」

「なりたいものか……」

 僕は少し悩んだ。将来的には理系の職に就くつもりだが、理系でも更に細かく分かれる。どこの大学に行くにしても、まずは専門分野を決める必要がある。

「シローは無愛想だから、うちのお父さんみたいに営業は無理だよね?」

 由紀は勝手に想像して盛り上がっている。

 彼女の父はサラリーマンで事務用品の営業の仕事をしている。小さな会社なので自分の車で営業に回っているそうだ。そういえば、この前に新品のカーナビに買い換えたらしい。新規開拓のため見知らぬ土地にも頻繁に向かうため、調子の悪くなってきた古いカーナビでは不便らしかった。

「営業か……確かに愛想は良くないけどな」

 否定はしない。自分でも無愛想だと自覚しているし、それを治す気もない。

「お父さん……最近、遠出ばっかりで運転が辛いのか目が疲れるって言って、しょっちゅう目薬さしてる」

「まあお前みたいなのが娘じゃ、気苦労が多いのもあるだろうな」

「何それ! 私がトラブルメーカーみたいじゃない!」

 ――実際、そうなんだろうな。

 勝手気ままに振る舞う彼女が家族を振り回している様子が目に浮かんだ。

「少しはオカルトばかりじゃなく、目の前の現実にも目を向けろよ」

 僕はそう言うとその場を後にした。


「大変! 大変なの!」

 由紀から電話があったのは、その二日後の朝だった。

「いいから落ち着け。何があったか説明するんだ」

 僕は冷静になるように諭した。

「うん……お父さんがね、昨日の夜の運転中に事故に遭って……今病院に居るんだけどね」

「重症なのか?」

「ううん、逆。車はボロボロになっちゃったけど、本人は軽傷で入院も検査だって」

 僕は違和感を覚えた。車を失ったのは痛手かもしれないが、少し大げさすぎる。

「それで、何が問題なんだ?」

「おかしいのよ」

「おかしいって、何が?」

「お父さん、事故に遭う直前に意識がなくなったらしいけど……調べても何も無いの」

「原因が分からない、と?」

「うん……だから、シローなら分かるんじゃないかと思って」

「はあ?」

 おいおい。僕は青いネコ型ロボットじゃない。万能じゃないんだ。

「とりあえず、本人に会って話は聞けるか?」

「うん……病院に来て、待ってる」

 僕は彼女からどこの病院か聞くとすぐに向かった。


「いやはや……入院中の父親に娘が男を紹介するとはね」

 そう軽口をたたいたのは、由紀の父親、良平だ。

「お父さん、変なこと言わないで……そういう関係じゃないから」

 彼女はそう言いながらも、嫌ではなさそうだった。

「ああ、すまんすまん」

 病院のベッドに寝ているものの、たいしてどこか悪いようには見えなかった。

 事故というのも、運転中に数秒間意識を失い、ハンドル操作を誤って電柱に衝突しただけで、人的被害はほぼなかったそうだ。

「それで、運転中に意識を失ったというのは……」

「ああ、それは単なる疲労のせいやないかと医者は言っとる。退院後も少しの間、休んでもいいと会社も言っとる」

 僕はなんだか気が抜けるような感じだった。良平の関西弁がそれに拍車をかけていた。

 単なる疲労ならば、自分が出る幕はないだろう。

「でも、お父さん、最近おかしかったよ。運転してる最中にふっと意識が遠のくとか言っちゃって……それまで居眠り運転なんてしたことなかったのに……」

「まあ、確かにそうやな」

「精密検査をして、何もなかったんですよね? 他に最近変わったことは?」

 僕は一応、質問を続けた。何もなければそれに越したことはないが――何かが引っ掛かる。

「精密検査も、細かい項目の結果が出るのはもう少し後やな。……ただ、そういえばカーナビを新しくした頃から、なんや変な気がする。まあ、車はお釈迦でもあれだけは使えそうなので取り外して置いてあったような……」

「それ、貸してもらえますか?」

「ああ? ……ええよ。どうせしばらくは休みや。あんなもん、どうする気や?」

 良平はきょとんとした顔でそう言った。

「お父さん! シローはすごいんだから! きっと原因を見つけてくれるよ!」

 娘のその言葉に、父親は疑いの目を隠せなかった。


 その後、僕の家に由紀がカーナビ一式を持ってやって来た。

 コンセントに合う電源ケーブルが付属していなかったので、近くの電器屋で買うことにするというと彼女もそれに付き合うと言って付いてきた。

 電器屋に年頃の男女が揃って来店し、電源ケーブルだけを買う様子は傍から見ればどう見えるのだろうかと疑問に思った。

 なにはともあれ、帰宅してカーナビを起動させると、画面に向けてビデオカメラをセットする。

「とりあえず、サブリミナル画像が仕込まれていないか、だな」

「えっと……それって、前に言ってた……」

「サブリミナル効果。音楽や映像に認識できない一瞬だけメッセージを仕込むことで、無意識下にコントロールする手法だ。禁止はされているが、効果の程は立証されていないから違法ではない」

「そっか……犯罪にはならないんだよね」

 由紀の声が沈んだ。あの時のことを思い出したのだろうが、あいにくこういう時にかける言葉を僕は知らない。

「二時間ぐらいで十分かな。由紀は帰っていいよ」

「ううん、もう少し居ちゃ駄目かな?」

 珍しく甘えた声でそう言った。

「居てもいいけど、この部屋で画面を見ているのはお勧めしない。応接間に行こう」

 僕の後に由紀は続いた。

 その後、僕は由紀と応接間に座ってとりとめのない話をした。

 なんでもない、本当になんでもない話。

 僕はふと、自分がもっと社交的だったらもっと大勢の人間とこうして話すことがあったのかも――普通の青春があったのかもしれないと思った。

「じゃあ、もう遅いから帰るね」

 しばらくして、由紀はそう言うと立ち上がった。僕は彼女を玄関まで送った。

「シローはやっぱりすごい人だよ。私なんて原因を思いつきもしないし」

 違うんだ。自分は……。

 彼女が去った後も、しばらくの間玄関に立ち尽くしていた。


 二時間後、ビデオカメラの動画をPCに取り込んで、一コマ一コマ確認する。

 ――無い。やっぱり無い。

 いくら見ても、それらしきサブリミナル画像は見つからない。

 まだ画像はたくさんある。それらの中にある可能性も……しかし、見つからない。

 ――何か、思い違いをしていないか? それとも、本当にこのカーナビは関係ないただの事故なのか?

 頭の中に疑惑は広まっていく。作業する速度が鈍る。それでも、やめようとは思わない。ここでやめてしまえば、全てが無駄になってしまうような気がしていた。


 数時間後、全ての画像を見終えたが、無かった。サブリミナルは一枚も。

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