白雪の下に

雪化粧をした森の中、ソリを操る獲物を五匹の狩人達が追い立てる。獲物が放つ弾丸を時に避け、時に防ぎ、じりじりと近づいていく。その内の二匹は弾が飛んでくる最中、余裕綽々で話しだした。


「ッヘ! 噂ニナッチャイタガ、大シタ事ネェナ!」


「油断スルナ。悪イ癖ダゾ」


「ドウセスグ終ワル! アッチハ不慣レダ」


「全ク……早メニ決着ヲツケルゾ! イイナ!」

(ニシテモ速イ。地面ノ紐ミタイナノヲ導線ニシテ、乗リ物ヲ引ッ張ッテイルノカ)


陣形を変えようとした時だった。絶えず行われていた弾幕が止み、代わりに氷の矢が先ほどよりも遅い間隔で発射され始める。鋭く、長く、重い矢は盾代わりの木の太い幹を二、三本も貫き、その威力は大自然の中を生き抜いて来た歴戦の狩人達をも唸らせた。


「ハッハァ! アリャ当タリタクネェナ!」


「アァ、ダガ……矢ガ大キスギタナ。見切リヤスイゾ!」


常人では避けられないであろう発射感覚で放たれるそれを易々と避け、より早く前線を上げていく。そうして五匹がほぼ横一直線に並び、取り囲み袋叩きにする準備を整える。それは彼らが人間だった時から行っていた狩りの手順であり、確実に獲物を仕留める為に磨き上げられた殺生の知恵でもあった。

だが状況が変わる。獲物はまたしても弾の種類を変え、今度は小さな五つの氷の粒が放たれた。弾丸というにはあまりに軽そうで、脆そうで、頼りなさそうな技に粗暴な言動の狩人は思わず破顔した。


「ナッテネェナァ!」


飛んできた情けない弾を力任せに弾き飛ばす。それが相手の罠だとも知らずに。

殴りつけた衝撃で弾は砕け、その内から極寒の地域には似つかわしくない鮮やか緑が現れる。その色に注意を引かれた一瞬、蔓から大量の水飛沫が溢れだし、狩人達の目に降りかかる。彼らは大いに焦った。この大地で水に濡れるという事は死に直結すると頭に嫌という程染みついていたからだ。だが無慈悲な凍結は想像よりも早くやってきた。


「フリージング!」


本来であれば怪物になった彼らの体は、水に濡れて凍った程度でどうにかなるほど軟ではない。しかし、目の中まで侵入してきた水が凍るのに耐えられる程頑丈になったわけでもなかった。運よく目に入らなかった一人を除いた全員がゴロゴロと音を立てて地に伏し、転がっていく。残った一人は倒れ行く仲間を横目に尚も追いかけ続ける。


「四人落とせた! 行けるよ!」



※  ※  ※



「アッ……アァッ! 目ガ……クソガァッ!」


耐え難い痛みを消そうと、狩人は顔中を闇雲にむしる。だが万物を砕くと思えるほどに強靭で太い指は、瞼の下に入れるには大きすぎた。苛立つままに悪戦苦闘していると、周囲から悲鳴のような断末魔が彼の耳に入る。

瞬間、その手を止めて一番近くの木を背にして呼吸を整えようとする。そのわずかな間にも叫びは続けざまに響き、三つ目が鳴ったところでぴたりと止まった。


「オ前ラ無事カ! ナンカ言エ!」


だが返事はない。代わりに聞こえるのは雪を踏みしめる音と、低く重い獣の唸り声。それはだんだんと手負いの狩人へと近づくと、彼の目の前で止まった。

狩人は近づいてくる獣の正体は分からなかったが、その経験から間違いなく危険な存在である事を確信していた。見えぬ目で睨み合い、動くタイミングを見計らう。


「ハァ……! ハァ……! 俺ハ進化シタ人類ッテ奴ナンダ。コワカネェゾ……! ウオオオオオオオ!」


剛腕が、巨体へと振り上げられた。



※  ※  ※



雪を巻き上げなら続く逃走劇はルイの機転により彼らが優勢になっていた。ルイの放つアイスボルトの弾幕はたった一人の追跡者にとっては厚く、先ほどよりも距離を離されていた。


(ローザ、もう少し先に崖があるワ。そこで視線を切れれば最後のも撒ける筈ヨ)


「なるほどね! ルイ、合図したら目くらましよ!」


「目くらまし? ……分かった!」


するとそこへ小さなが空から降ってきた。ルイは最初それを雪だと思っていたが、次に木々を引き裂いて降ってきた巨大な塊を見て間違いに気付いた。


(死体!? しかもあれはデチューンドラゴネクター!? じゃあさっきのは腕か)

「どういう事だ……? 転がっただけであんなにボロボロになるような奴らじゃ……」


降ってきた死体に両腕はなく、胸には巨大な四本の傷跡。彼がそれに混乱していると追跡者の背後からがやってきた。


「マズい……姉さん、竜だ! あの時僕達を襲ってきた竜がまた来た!」


「こんな時に!?」


以前と違い吹雪は身に纏っておらず、その全体像がはっきりと見えた。灰混じりの白い甲殻に、屈強な前足と見るも恐ろしい鋭い爪。更に純白の翼と思わしき部位が胴体を覆っており、その姿はさながら白いマントを羽織った狩人である。

謎の竜は木々を避けながらその巨体からは想像できないスピードで迫ってくる。このままでは追いつかれるとルイが考えたとき、ロザーナが合図を送ってきた。


「ルイ、今よ!」


「ッ! ラピッドフロー、フリージング!」


「もう導線はいらナイ。私も手を貸すワ、芽吹きナサイ!」


大地に芽吹いた無数の植物が追跡者たちの脚を絡めとり、そこへ先ほどと同じ要領でルイが目潰しを仕掛ける。竜はその圧倒的な力でもってクーラの拘束も瞬時に引き千切り、ルイの目潰しすらも効いていない様子であった。


「二人とも飛ぶわよ! ルイは私に掴まって!」


三人は下に向かって飛び込んでいく。地面に落ちる直前に蔓をクッション代わりにして体を強く打つ事は防げた。彼女達が着地したとほぼ同時に竜も飛び降りてきており、その巨体から出る衝撃で雪が激しく舞い上がった。クーラはその機を逃さず、自分達を植物で覆い隠すことでなんとか追跡を免れようとする。


「ナンナンダ、オ前ハ……! 始末シタト奴カラ聞イテイルンダゾ!」


「……勘違いトいう奴だろう。どうする? 逃げるか? 狩人擬もどきよ」


「誰ガ逃ゲルカァァァァァ!」


竜からの挑発にあっさりと乗ったデチューン・ドラゴネクター。だが振るった爪はその灰交じり甲殻には全く歯が立たず、逆に頭を一撃でかみ砕かれ勝負はあっけなく終わった。竜は死体を食らうでもなく、そこらへと雑に吐き出す。そのまま辺りを見回すような仕草をして「見失ったか」と呟くと、森の中をしばらく駆け回り、マジェスティス山とは反対の方向へと姿を消した。


「……行ったようネ」


「はぁぁぁ!! なんなのよもぉ!」


「ねぇ、クーラ。今さっき、竜は喋ってたけど……どう感じた?」


「思ったよりも、理知的な印象ネ。出来れば話し合いたいけど」


「確かに無差別に襲ってきてるって雰囲気じゃなかったね。それに、始末されたって何があったんだろう?」


「二人とも、色々言いたいのは分かるけど早くここから立ち去りましょう。想像よりも山の近くに来れたみたいだし」


三人は立ち上がると前へ進みだす。だが数十歩進んだところでルイが何かに足を取られて派手に転んでしまった。


「ちょっとルイ! 大丈夫!?」


「あぁ、うん。怪我とかは……」

(なんだ? 妙に柔らかいような……)


周囲を見渡せば、そこは木々が生い茂る森の中では珍しく木が一切生えていないサークル状の場所で、まるで人為的に木が切り払われているようであった。

ルイは雪にすっぽりと嵌ってしまった足を引き抜こうとするが、何かが引っかかって抜けない。


「よし、お姉ちゃんが地面ごと引っぺがしてあげるからちょっと構えてて」


「え? あ、ちょっと!?」


「竜魔法:グローイング!」


ロザーナは雪に手を突っ込むと手に絡めた蔓で巨大な手を形成し、大量の雪を一気にかき出した。そこで彼女達に引っかかっていた異物の正体に気づいてしまった。


「ゆ、指?!」


「というかこれは……死体!」


純白の雪に埋もれていたのは黒い外套を身にまとった一つの死体。更に周りを見ると似たような物がもう二つあった。ロザーナは慣れた手つきで死体を調べ出したが、首につけていた銀の円盤を見た瞬間、その手が止まった。


「どうしたの姉さん?」


「ルイ……居たわ。私達よりも先にここへ来た……ガイアルドの使者達よ。この傷は……誰かに殺されてる」


その胸には大穴がぽっかりと空いていた……。








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接続不良のドラゴネクター ゼッケイ・カーナ @motipan

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