追う者、追われる者

時を同じくしてアズリーラ姉弟きょうだいはアルバ達との合流予定地であるマジェスタス山のふもとを目指して歩いていた。ギシギシと音を立てて固まっていく雪と、その下にある薄氷の罠に悪戦苦闘しながらも進んでいく。


「ほんっ……と! 歩きにくい場所よね、ここ……ルイは大丈夫? 私は踏み壊せるけど」


「この靴があるから大丈夫。あの時買っておいて正解だったよ」


「そう。お互い滑らないように気をつけましょうね。周りはどう?」


「マナはかなり安定してるよ。乱れの予兆も感じもないから何かが潜んでる可能性は低い……って言いたいけど、さっきのがあるから安心できないね」


「一体なんだったのかしらね。ルイでも感知できないって相当上手く偽装したって事だけど……クーラ、心当たりある?」


「竜はマナを人間ほど上手く扱えないのは知ってるでしょうけど、それとは別に無意識……いえ、本能的にカシラ?」

「まぁ、そういった感じで極々限られた範囲で人間以上にマナを精密に操れる事があるワ。私が植物を意のままに操れるようにネ」


「じゃあ、魔法の雪を壁にして隠れてた可能性がある……か。外には色々居るんだね。勉強になるよ」


そこで会話は途切れ、二人と一匹は順調に歩みを進めていく。そうして何十本目かの木を通過した頃、ロザーナが以前から思っていた疑問を世間話のような感覚でルイにぶつけだした。


「そういえばさ、ルイ。貴方が無茶な修練してた時期あったじゃない?」


「……うん。ちょっと恥ずかしいからできれば話したくないんだけど……」


「だーめ。……あの時って、アンジェロさんへの負い目だけが理由だったの? もしかして私が気づかない間に追いつめてた、とか……」


「それはないよ」


ルイは冷静に、力強く、きっぱりと言い切る。その表情は何かを隠しているような後ろめたさは一切感じないほどに真っ直ぐなものであった。そんな弟の表情に、姉は安堵の溜息を漏らす。


「そっか……良かった。不安だったんだよね。お姉ちゃん、気づかない間にルイに酷いことしてたんじゃないかなって」


「むしろ姉さんには助けられてばっかりで、迷惑かけてるのは僕の方だよ」


「それは気にしなくていいわよ。私は頼られるの好きだし」


「にしても理由か。一番は姉さんの言った通りなんだけど、もう一つあるんだ」


「もう一つ? なにそれ」


彼はどこか遠くを懐かしむような顔で微かに見える空を見つめ、過去の約束を打ち明けた。


「セルジオと約束してたんだ。小っちゃい頃に、”戦えるぐらい大きくなったら、二人でドラゴネクターになろう”……ってさ」


「ふふっ、なんだか微笑ましいわね。セルジオ君とかぁ。でも、セルジオ君は……」


「うん。あの時の試験で候補になれたのは姉さんと僕だけ。セルジオは惜しいところまでは行ったって聞いたけどね」

「それで、あいつの分まで頑張らないとって思いがずっとあってさ。あの襲撃でセルジオの家族がみんな亡くなったって聞いてからは、余計にそう思うようになって」

「もし、僕があの時ドラゴネクターだったら守れたんじゃないか……そう考えていたら……」


「ルイ、そう思う気持ちは分かるけど、あんまり死んだ人の事を背負いすぎちゃ駄目よ。心があっちに引っ張られちゃうわ」

「それに過去これまではもう変えられないけど、私達には未来これからがある。だから頑張っていきましょう。悲しい過去これまでにしないために」


「……そうだね。ありがとう、姉さん」


遭難し強張っていた精神状態をほぐすような団欒だんらんにも似た穏やかな時間。

だが不穏な空気がそれを壊す。周囲に生い茂った茂みや倒れた木の影から、異常な気配が漏れ出ているのを二人は感じ取っていた。ルイは隠れている存在から悟られないように、表情を変えずに囁くような声で呼びかける。


「後ろに三、左右に二……山の方角には居ない。この感じに数からして……デチューンだと思う」


「みたいね……止まっちゃだめよ。常に動いて隙を見せないようにしましょう」

(クーラ、どう思う?)


(どう、トハ?)


(こっちは数が少ないし、先手を打ってきてもおかしくないのに襲ってこない)


(敵が組織である可能性がある以上、私達がドラゴネクターであるという事を知られているから攻め時を考えている……おおかたそんな所じゃないカシラ?)


(やっぱり? 有名になるのも考えものね。土地勘のないこんな場所で戦うなんて勘弁だけど、せめて広い場所に行きたいわ)


ロザーナはそう思って目的地の方角に視線を向けるが、木々や積もった雪などでお世辞にも視界が良いとは言えず、思い通りの結果は得られなかった。そうこうしている間にも姿を見せぬ敵は、徐々に彼女達に近づきつつある。


「姉さん、かなり近づいてきてる。近くで一気に仕掛けてくるかもしれない」


「勝てない訳ではないけど……土地勘と環境への慣れで五分に持っていかれるかもしれないわね。クーラ、準備しておいて」


ルイの感知する気配がどんどんと彼らを取り囲むように動き始め、その移動速度も上がっていく。もはや姿を完全に隠す気はなく、時折その雪景色と同じ色の白い甲殻が見え隠れしていた。二人の間に未だに慣れない緊張感が走り、ルイは全身にマナを行き渡らせて魔法を撃つ準備をする。

ガイアルドの二人と一匹、所属不明の五体の敵。先に動いたのは……ロザーナとクーラであった。


(ロザーナ、良いワヨ!)


「ルイ! しっかり掴まってね!」


ルイはなにをするのか聞く暇もなく姉の怪力でもって持ち上げられる。辺りを見回すと、いくつもの木々が残像が出る程のスピードで自身を追い越す光景が目に入り唖然とするが、彼はすぐさま状況を理解した。


「姉さんどこに行くつもりなの!?」


「とにかく山の近くで振り切れるとこまでよ! 後ろから追ってきてるのは任せるから、とりあえず乗って!」


いつの間にか作られていた氷のソリに乗せられ、二人は背中合わせになって互いの体を落ちないように蔓で繋ぎ合う。迎撃を任せられた彼の視界には、その巨体からは想像のつかない速度で追跡してくるデチューン・ドラゴネクター達が映っていた。


「姉さん、やっぱりデチューンだ。数も合ってる!」


「この地方も、もう手遅れって事かしら……! 早く合流しないと!」


ルイが照準を合わせるように腕をピンと伸ばしながら五本の指を折り曲げ、ボールを掴むような形で前方へ照準を合わせる。指が僅かに発光し、その指が冷気を帯び始め氷の爪が生成される。


(まさかこんな状況で初の実戦投入になるなんて……!)

「アイスボルト・ヘイル!」


詠唱と共に五本の指から氷の弾丸が雨あられの如く放たれる。それは氷系の魔法の難点である虚空に氷を生成する際に理想の形を造りだすのは困難で、やろうとすると時間がかかるという弱点を補った、彼が暇つぶしに作った魔法であった。矢のような鋭さこそないが、魔法のプロであるルイが造った氷の弾丸は非常に硬く、素早く、そこらに生えている木はいとも簡単に貫く程の威力を有している。

だが相手も廉価版デチューンとはいえドラゴネクター。その甲殻を多少へこませる事は出来ても貫通させる事は出来ずに弾かれてしまう。


(我ながら自信作だったんだけど……! 人相手には過剰だけどアレには火力不足か!)

「ダメだ姉さん! 当たってるけど有効打にならない!」


「じゃあ普通の撃ちなさいよ!」


「速すぎて狙いが定まらないし、当たらない!」


「じゃあ他に足止めする手段は!?」


腕に巻きつけた蔓でソリを操る姉からの無茶ぶりに対し、牽制を続けながら必死で頭をフル回転させる。


(普通のアイスボルトは少し速度と落とせば連射できるけど、これと同じは無理。それじゃ牽制にならない……ラピッドフローやアクアチェーンによる拘束は……駄目だ! あの感じ、ガイアルドで戦ったのよりもパワーがある!)

「クーラの植物魔法は!?」


「申し訳ないワ、ルイ。今、地上に這わせてる蔓の制御で忙しくてほんの少ししか貸せないノ」


(蔓を活かせばなにが……拘束、防御、鞭、糸……糸?)

「ッ! クーラ、指五本分とそれを延長する位は!?」


「……それならいけるワ!」


「じゃあ指に巻きつけて、合図を出したら伸ばして!」


姉は一人になるとお守りをする必要がなくなり助かる可能性は高くなるが、その場合は自身が死ぬ事になる。なによりも自分自身の命を守るため、ルイの策が始まろうとしていた。


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