燻る野望

「そうか……アルバがおさの役目を」


「あぁ、だが途中で変なのに襲われてバラバラって訳よ」

「ロザーナ達も無事だといいが……奥さん、その腕は大丈夫かい?」


「大丈夫よ。折れ慣れてる」


「ッヘ、頼もしいねぇ」


 龍雅はハスタム一家を連れてアハタの待つ穴へと紐を辿りながら向かっていた。

 フォルティスの腕は熟れた果実のように赤く腫れあがり、見ている方が痛さを感じそうなほどだ。だが、その手に携えられたいたのは傷だけではなかった。


「しかし凄まじい技巧であった。その傷で魚をあれほどの速度で獲るとは」


「か、肩からなんか出てるぞ!?」


「おいフェイカー、いきなり顔出すじゃねぇや。驚かしてるじゃねぇか」


「ドラゴネクターだと伝えたのだ。別に驚くことではあるまい」


「ハッハッハ! そういえば、ティグリズはドラゴネクターの能力をあまり見たことはなかったな」

「ここは寒く、いかに獲物を獲れるかが生死に大きく関わる。だからここで生きる我らには手早く狩猟を済ます能力が自然と身に着いていくのだ」


 数十本ほどの木を通り抜けほどなくすると、煙がたなびく岩が見え始める。龍雅がそこへ手を振ると小柄な男がぴょんぴょんと跳ねながら手を振って応えた。

 顔が判別できるような距離ではなかったが、親しんだ間柄だったからかプリムスはその男の正体を看破した。


「あれはアハタか! 本当に居たのだな」


「嘘はついちゃいねぇさ。ちょいと狭いかもしれねぇが座って楽にするぐらいの広さはあるぜ。それでも狭かったら……まぁ、広げられるしな」


 ※  ※  ※


「ハフッ……! ハフッ……! 味付け無しでもうめぇもんだな……!」


「いやぁ悪い事ばかりじゃなりませんな! まさかもう見つかるとは」


「そちらも無事なようでなによりだ。焦らず食うといい、まだ数はある」

「アハタ、草を分けてくれ。私も使いたい」


 バチバチと燃える焚火といい塩梅に焼けた魚を取り囲み、傷を癒す者、飯を食らう者、ただ横になり寝る者、それぞれに束の間の安らぎが訪れる。

 一息ついたところでフェイカーが自己紹介を始めた。


「時間ができたので自己紹介と行こう。我が名はフェイカー、このリューガ・テ……アズーリラの接続竜だ」


「……」


「名乗らぬか龍雅」


「んくっ……口に物入ってたんだよ。喋ったら下品だろうが」

「テ……リューガ・アズリーラだ。そちらさんの息子の片割れと同じでアズリーラには養子で迎えられてる」


「アズリーラに三人目の子供が居るとは聞いてなかったがそういう事か」

「私がプリムス。こっちが妻のフォルティスと息子ティグリズだ。ここにはガイアール王の命で来たと言っていたな」


(ガイアール王?)


(ヴィリアートのことだ。当代の王は諸外国からそう呼ばれている)


「あぁ、そうだ。俺とロザーナとルイの三人で……調査に来たってところだ。前に送った使者と連絡がとれなくなったからな」


 龍雅の言葉にプリムスは苦虫を噛み潰したよう顔で悔しそうに答える。


「そうか。早く戻れていれば結果は違っただろうに……」


「そっちはずっとに追われてたのか?」


「あぁ、おかげで村に近づくことすら叶わなかった。一体あれがなんなのか……ガイアルドでは分かっているのか?」


 龍雅とフェイカーは顔を見合わせ心中で話し合う。この旅のリーダーであるロザーナがいない状況で言うのはどうだろうかと聞く龍雅に対し、フェイカーはどうせ後で話すのだから今隠す必要もないと言う。


「……俺達はあれをって呼んでる。それも仮称みたいなもんだがな」


「ドラゴネクター!? ドラゴネクターはそう簡単に増やせないはずではないのか」


「だから廉価版デチューンなのさ。確か博士ヴィルジェインの爺さんが言うには、人が竜に合わせるんじゃなく、竜を人に合わせる。だから量産は容易らしい」


「それには非人道的……竜に人道があるかは分らんが、とにもかくにも腹立たしい手段をもって作られている可能性が高い」

「……竜といえば、だ。ここに居るデチューン共とそなた達の関係も気になるがそれよりも先に聞きたい事がある」


「ッ!」


 鋭い眼つきになったフェイカーに身構えるティグリズにプリムスは穏やかに手を掲げ静まらせる。一呼吸置いて「なんだろうか」と聞くその姿は先ほどよりも堂々としていた。


(フェイカー、俺が聞くぞ。おめぇは殺気立ち過ぎだ)

「俺達は変なのに襲われて散り散りになったって言ったろ? それはこのアハタのおっちゃんも保証してくれるぜ」


「え、えぇ! まったく酷い目に遭いやしたぜ!」


「そんでだ。俺とフェイカーは襲ってきた奴の姿をちらっとだが見ている。ありゃ、竜だった」

「俺は世間知らずってやつだからよくは知らねぇんだが、フェイカーが言うには自発的に人間を襲う竜は絶対にいない……らしいぜ」


「つまり我々が襲われる理由を作っていると言いたいのか」


「あぁ、少なくともこいつはそう思ってる。俺らが仲間と勘違いされたせいで奇襲を受けたってな。そうでないなら釈明してほしいだとよ」

「いやぁ、しっかしほんと酷いもんだったぜ。まさか吹雪を起こせる奴がいるなんてな」


 その言葉を受けてプリムスとフォルティスが目を合わせる。まさか、と言葉を漏らした夫に妻は静かに首を縦に振った。そしてプリムスは困惑しきった顔で確かめるように問う。


「今吹雪と言ったか? お前たちは皆、吹雪で追い立てられたのか?」

「……それならば心当たりがひとつだけある。だが勘違いしないでほしい。我々が竜に危害を加えた事は先祖の代まで含め一度もない」

「この極寒の土地で竜の姿が確認され始めたのはごく最近だ。その中に唯一我らと交流のある竜がいる」


「えぇ!? そんな話、あっしは聞いた事ありませんぜ!」


「我ら部族の中でも極秘ゆえな。スーベモンテでも知る者はごく少数だ」

「名はブリザルド。白と灰が混じった体と丸太の如き太さの二本の脚が特徴の竜で、奴が得意な吹雪の魔法だ」


「おいおい、もろじゃねぇか」


「あぁ、だが…………」


 そこでプリムスが言葉に詰まり始める。何かを言おうとする度に、思いとどまるような動きを見せて顔を伏せ、溜め息をつく。

 その様子を怪しく感じだした龍雅が声を掛けようとした瞬間、それまで黙っていたティグリズが叫んだ。


「ドラゴネクターなんだよ! 俺のにーちゃんはここで唯一のドラゴネクターで、その相棒が!」


「ティグリズ!」


「しょうがねぇだろとーちゃん! ブリザルドと俺達の関係を聞かれたら、そのうちバレてたって!」


「お前は分かっていない! ドラゴネクターを隠していたという事がどれだけ……!」


「あぁ……そうだな」


 黙って聞いていたフェイカーが口を開く。その声は重々しく威圧的であった。


「ドラゴネクターは単体でも状況次第では国を滅ぼしうる。それを秘匿していたとなれば隣国ガイアルドへの翻意も秘めていたと思われても仕方がない」

「そなた達の隣人も、そうしたがっていたようだしな。アルテニュレスの長よ」


 場の空気が瞬く間に尋問の様相を呈してくる。睨みつけて圧をかけるフェイカーに対し、プリムスは慎重に言葉を紡いでいく。


「確かにそうだ。あの老人共は五十年前からのよそ者嫌い。あんな姿に堕ちたのも、他国から施しを受けているという事実が気に食わない……そんな下らん理由だ」

「だが我々は違う! そもそも手は借りていても支配はされていない。だから独立を考える必要すらないのだ」


「ならばなぜドラゴネクターの存在を隠していた」


「それも老人共あのものたちのせいだ。もしドラゴネクターを手に入れたと知れば、よからぬ事を起こすのは目に見えていた」

「……知っていると思うが、アルテニュレスはそもそも別の集落や村が同盟に近い形で一つの国として纏まっている。それゆえに他国そとへの考えも場所で違う」

「お前達が撃退してくれた者達の長……名はサピエンサと言うのだが、奴はポンスモンテと呼ばれる山の頂上付近にある村の長だ」


 そう語る彼の顔はどこか辟易とした感じで、言葉には呆れとも怒りともとれる感情が滲み出ていた。


「祖父が生きていた時代からの筋金入りのよそ者嫌いでな。自分達の力だけで生きるという事に異常なまでに固執している」

「その理由は竜戦争まで遡る。あの時代において我々は最も安全な位置にいたが、それゆえに発展も遅れたのだ」


「ん? どういうこった」


「ここは竜が住むには適さない地だ。竜による被害は全くなく、安全に暮らせていた」

「しかし被害に遭った国は竜への対抗策となる攻撃的な魔法を急速に発展させていった。そしてそれにより、魔法という技術そのものヘの習熟度も深めていった」

「結果的に魔法によって国としての力が総合的に強化された形となり、竜との同盟がそれを後押しし……劇的な成長を遂げた」


「逆に必要に駆られなかったここの者達は、昔の生活を維持し続けていたという訳か。至極順当よな」


「あぁ……祖父が纏め上げようとしたのも、それに対する危機感もあったのだと父からは聞いている。ここで機会を逃せばもう二度と流れについていけぬ、というな」

「そこで邪魔になるのがサピエンサが中心となった排斥派だ」


 そこまで聞いて察した龍雅が気怠そうにため息をつきながら自身の推察と疑問を口走る。


「なるほどなぁ……そいつらからすりゃ、息子さんの存在は願ったり叶ったりってか。でもそれだと、デチューンドラゴネクターになるのはおかしかねぇか?」

「ありゃ他人からの施しになるだろ。そいつらの理論だと」


「年季の入った頑固者の考えることなぞ分らんさ。おおよそ後で裏切るつもりなのだろう」

「そういった事情でな。ドラゴネクターの育て方も知らない事もあって極力外部に漏らさないようにしていた。時が来れば、ガイアルドで経験を積ませて手を出せないようにと考えていた矢先に……奴らが襲ってきた」


「ふむ……なるほどな」


 そう言うフェイカーの声色は少しだけ怪訝な様子であり、その眼つきには疑いの色が残っている。その様子に落ち着かず身を乗り出そうとするティグリズを、母がたしなめ続ける。

 しばしの静寂の後にフェイカーは龍雅の体内へと戻り、プリムスは安堵のため息をつく。


「まぁ、ひとまずは納得しただとよ。なんでドラゴネクターと接続竜が分離してるかが気になるとは言ってるが」


「それは私にも分らんな。ましてや襲ってくるなど……私達が逃げている間に仲違いでもしたのか?」


「それはないだろ父ちゃん。兄ちゃんとブリザルドはめっちゃ仲良かったじゃんか。なんかすっげぇ相棒って感じでさ……」


「じゃあ互いの目的を整理しましょうか。私達は安全な状態で村に戻りたいわ。それとアルバの安否も気になる」


「あっしらもそうです! 早くこんな状況から抜け出してぇですよ!」


 フォルティスからの提案にしばし考え込んだ後、龍雅は答えた。


「とりあえず俺達は他の二人と合流してぇな。どのみち、あいつらとは戦わなきゃいけねぇだろうから数が多い方が安心だ。それにリーダーはロザーナだし、今後の動きはそっちに判断を頼みたい」


 龍雅の答えを受けて彼女もなにかを考え込むような動作をする。少しして彼女は現実的かつ残酷な私見を述べ始めた。


「恐らくサピエンサの目的はスーベモンテよりも私達の抹殺。逃げている間に近場の村をいくつか回っていたけど、もうどこも奴らの支配下だったわ」


「村は残しときたいってか? 自分達が支配者になろうって腹積もりなのか」


「となると……アハタ、残念だけど貴方達はまだスーベモンテに帰せないわ」


「えェ!? なんでですかい!」


「貴方達を村まで案内するのに最低でも一人はつけないといけない。そうなれば分散した状態になってあっちに有利になってしまうし、怪我した状態で守れる保証はどこにもない」

「それに私達としては一刻も早くバカ共の脅威を取り除きたいわ。その為にも、今ここに来ているガイアルドの戦士達の協力を仰ぎたい」


 彼女の並べる至極真っ当な意見にアハタ達はなにも返す事ができずにへたりこんだ。彼らもデチューンドラゴネクターが如何に驚異的な存在かは、その目で見て知っていたからだ。


「そうするなら行動は早い方がいい。ドラゴネクターよ」


「リューガで良いぜ。長ったらしいだろ」


「ではリューガよ。アルバからはぐれた際に目指すべき場所などは聞かなかったか?」


「あぁ~……どっかの山の小屋だったか? でっけぇ山で見上げればすぐ見つかるから、そこへ行けとは言われてるな」


「マジェスティスの事かな? 父ちゃん」


「素人でも目印になる山となればそこしかないな。よし、準備をして出るぞ。急いで行けば日が落ち始める頃には着ける」


「おいおい大丈夫か? あんたも奥さんもまで腕が痛んでそうだが……それにおっちゃん達にも怪我人はいるんだぞ」


 怪我をしている二人の腕には布が巻かれて少量ではあるが出血もしており、アハタの連れも未だに横になっている。それを心配した龍雅の言葉に、二人は平然とした様子で答えた。


「ここで生きていれば怪我の一つや二つはするものだ。痛みには慣れている」


「それに薬草が少し効いてきた。さっきよりも痛くないし、起伏の激しい道を避ければ怪我人でも大丈夫よ」


「かーッ! タフなこって……」


「……どうやらあっしらに選択肢はねぇみたいですな。おいおめぇら、気合い入れて立て! 生きて帰るぞ!」


 覚悟を決めたアハタに喝を入れられながら、商人達も起き上がる。

 火を消して外に出ると、降りしきる雪が全員を出迎える。先頭を行くプリムスは空を見上げると言った。


「降り始めたか……だがこの程度なら問題ない。目的地はマジェスティス山の麓だ。行くぞ」




















 






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