黒き龍の戦士
にじり寄ってくる旧知の者達。血が滲み出る腕を抑えながら、プリムスは思考を巡らせていた。
(サピエンサめ……! 狂いおって!)
(この腕さえ動けば槍を振るって奴らの首を撥ねてやれるというのに……!)
怪物達は興奮しきっており、口から汚らしく唾液を垂らしながら呼吸する様子はさながらご馳走を前に興奮する獣のようである。
怪我をした夫を守ろうと槍を握る妻・フォルティスはティグリズも庇うように少しづつ立ち位置を変えていく。
「かーちゃん! やっぱ俺が槍を……!」
「力を抜かない! 貴方はいつでも矢を放てるようにしていなさい!」
(あの甲殻……前に襲って来た者たちと同じなら、生半可な刃は通らない。ならば狙うのは柔らかい皮膚で覆われた場所……やはり喉元か)
彼女の握る手にいやに力が籠っていく。歯を痛くなるほどに食いしばり、周囲の状況を常に把握し続け、いよいよかと覚悟を決めた……その時だった。
崖の上の木々が折れんばかりの勢いで不自然に激しく不揺れ始め、張り詰めた緊張の糸が断ち切られる。その場に居た全員の意識が上へと向かい、なにが起こったのかを混乱する頭で理解しようとしていた。
だがフォルティスは瞬時に思考を切り替えて好機と捉え、ティグリズを静かに呼び寄せると夫を連れてその場から逃げ出そうとする。しかし、雪を踏みしめる音に感づいた敵の一人が駆け出してきた。
「逃ガスカ!」
「ッ! ティグリズ、走りなさい!」
彼女は振り上げられた拳を槍で受け止めるが、
悲鳴を上げる相手に一切臆さずに素早く穂先を引き抜いた彼女だったが、怪物が暴れ出した際に振り回した裏拳が直撃し、大きく吹き飛ばされてしまった。反射的に胴体を庇った左腕は治療をせねば使い物にならない程の怪我を負ってしまい、痛みのあまり起き上がることができない。
残った左眼で倒れ込むフォルティスを捉えた怪物は、乱暴に爪を構えてトドメを刺そうと近づいてくる。ティグリズが矢を放つも、その硬い甲殻に対して木を削ってとがらせただけの矢では歯が立たず、刻一刻と最悪な未来が近づいてくる。
雪に隠れていた石を握り締めて最期の抵抗をしようとした時、揺れていて木々から黒いなにかが流星の如き勢いで突っ込んできた。
瞬間、轟音と共に雪が舞い上がり視界が白に染まる。転がる事でその場から放れ、なんとか膝で立ち上がったフォルティスの目に映ったのは、降り注ぐ雪の中で立っていた謎の人物であった。
人と同じ四肢を持ちながら竜のような純黒の甲殻、指には鋭い爪が備えられ、頭部には耳に沿うように生えた立派な角が二本。その姿を見て彼女は新手の敵かと判断したが、すぐにそれが間違いである事に気が付いた。
「マ、マジかよ……!?」
「……相当の実力者ね」
謎の人物の背後には、先程まで彼女達を追いかけ殺そうとしていた怪物だった物が佇んでいた。胸から上を吹き飛ばされ、血の噴水をまき散らすそれは白一色の
その甲殻は漆黒の鎧であり、その爪は磨き上げられた手甲であり、その頭は兜であった。その者の眼は竜のように鋭く、餓えた獣のようにぎらついており、その不敵な笑みからは圧倒的な自信を感じさせる。
男は敵の方へと振り向きながら陽気な口調で口を開いた。
「よぉ。雪原で追いかけっこたぁ楽しそうな事してんじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」
「コ、コイツ! アノ顔二、アノ手甲! 話ニ聞イタ男ダ! リョーガッテ奴ダ!」
「……てめぇ、微妙に違うがなんで俺の名前を知ってやがる」
「殺セ! コイツヲ殺レバ、良イ土産ニナル!」
リョーガと呼ばれた男はプリムス達を一瞥し、視線を怪物達に戻すとこう続けた。
「安全な場所に隠れてな。でも逃げないでくれよ? あんたらに用があるんだ」
「お前は一体何者だ! 味方なのか!?」
「応ともよ村長さん。ガイアルドのドラゴネクターさ。訳アリだけど……なッ!」
不自然な発火と共に倒れ込んだ死体を合図に龍雅は意気揚々と駆け出す。それに応じるように怪物の一体が魔法を放つ。
「ガスト!」
以前の個体とは違う太い指を備えた手から出た突風が彼へと襲い掛かり、身も凍るような冷たさの風が鎧の隙間を縫って入ってくる。徐々に威力を増していく魔法であったが、彼は押されるどころか前へ前へと力づくでゆっくりと進んでいく。
(くっそ
「さっきの吹雪に比べりゃ屁でもねぇぜ! 廉価野郎ども!」
「バカナ! 俺ノ魔法ヲ押シテイル!?」
「ボーノム、俺ガヤル。フリージング!」
もう一人が放ったフリージングが龍雅の体を凍結させ、氷の彫刻のような姿に変化させる。固まって動かなくなったのを確認すると魔法を止め、怪物達が再びプリムス達へ視線を向ける。
「ドウヤラ……コレデ終ワリノヨウダナ。ハッハッハ! アッケナイ!」
「ドラゴネクタート聞イテ焦ッタガ、ナンテコトハナイ」
「このアルテニュレスを一体どうするつもりだ……! うぐッ……!?」
「傷ガ痛ムヨウダナ。プリムス」
「独立ダ。我ラハ、我ラダケノ
「サピエンサ、相変わらず馬鹿な事を! こうして今のアルテニュレスがあるのは、我が祖父がその二国の承認をもって連合国として認められ、交易の道ができたからこそだ!」
「大国二つを相手取ってどうやって切り抜けるつもりだ! 連合国という枠が無ければ、我々は雪崩のように瓦解する烏合の衆だぞ!」
プリムスの怒りの籠った反論に、サピエンサと呼ばれた怪物は口角をあげ歪んだ笑顔で答えた。
「協力者ガイルノダ。我ラニコノ素晴ラシキ
「ガイアルド? サタマディナ? ソンナモノ、新タナ
「……ソシテ手始メハ、理解セヌ愚カナルオ前達ダ。プリムス、家族ト共ニ大地ヘ還レ」
「俺ニ
龍雅を氷漬けにした一人が爪を研ぎながら迫ってくる。ティグリズは落ちた弓を拾って必死に反撃するが、やはり弓では有効打にならない。
鋭い爪が振り上げ……。
「死ッ……! ……? ア、エ……?」
振り上げようとする腕に力が入らない。胸に感じる強烈な痛みに目線を落とすと、そこから血まみれの黒い腕が甲殻を引き裂いて伸びていた。その手に握られていたのは、今も拍動を続ける真っ赤な心臓。
「……案外、いけるもんだな。潰しちまうと思ったんだが」
「オ、オノ……!」
「いたぶるのは趣味じゃねぇんだ。あばよ」
龍雅は腕を力任せに引き抜いて心臓を奪い取ると、淀みのない動作でそれを握り潰してもう一体めがけて投げつけた。弾けた心臓から大量の血が飛び散り、怪物の目にへばりつく。突然視界を奪われ慌てふためく者に、仲間からの警告が聞こえる。
「ボーノム、前だ!」
太くなってしまった指で血を少しこそぎとり、視界を確保し見たものは腕を天へとまっすぐに伸ばして踏み込んでくる龍雅の姿。咄嗟に腕で頭を庇うがしかし、放たれた高速の手刀は腕はおろか頭から股までを真っ二つに引き裂いた。倒れ込む体と体が炎をあげて燃え始める。
燃える三つの死体を前に啞然とする残りの三人に対し、龍雅は全身についた氷を剥がしながら軽快な口調で煽る。
「フリージングって聞いたからちょいと焦ったがよ。ルイのに比べりゃなんてこたぁねぇな!」
「さて、六引く三で三対一だ。まだそっち有利だぜ?」
「……ドウニモ、厄介事ヲ押シ付ケラレタカ。勝テン。逃ゲルゾ!」
「逃がすか馬鹿野郎!」
「っく! そっちも目潰しか……よッッ!!」
「ゲァッ!?」
何も見えない前方へと放った貫手が逃げようとする者の腕を弾き飛ばす。しかし腕の一本では死なないのか、血を滴らせながら呻き声をあげて逃げていく。
興奮しきった龍雅は追いかけようとするが、冷静な一匹がそれを止めた。
(待て龍雅。目的はそちらではない)
「……ッチ。まぁ確かにな」
「ふぅ……おーい! あんたら無事か!」
ほぼ一瞬で敵を打ち倒した一人のドラゴネクターに、プリムス一家はただただ啞然としていた。そこでティグリスがぽつりと呟く
「あれが、ドラゴネクター……
「えぇ、きっと……プリムス。立てる? 希望が芽生えてきたかもしれないわ」
「そうだな。山は我々を見捨てなかったようだ……あぁ! 無事だ!」
こうして龍雅は行方不明になっていたハスタム一家と合流する事ができた。
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