マッチングアプリで会ったJKは、十年前に助けた幼女でした。俺はロリコンじゃないのに世間の目が痛い。そして最悪の出会いは運命の恋愛に。

みなもと十華@書籍化決定

第1話 運命って信じますか?

 俺は待ち合わせ場所のモニュメント前に立っていた。某有名な犬くらいの知名度があれば良いのだが、残念ながら目の前のモニュメントは何の記念なのかは分からない。


 世間は厳しいものである。


 何かと格差格差と叫ばれる現代。一番格差が激しいのが恋愛である。モテる者は次から次へと相手が途切れることなく、モテざる者は努力をしても報われない。


 もちろんこの俺、佐伯さえき雅也まさやは後者であった。コミュ力も高くなく、女性の扱いにも慣れていない俺は、女性をデートに誘おうにも断られ続け、いつしか世間の厳しさを叩きこまれただけである。


「遅いな…………」


 俺は時計を気にしながらつぶやく。


 現代には、直接女性を口説かずとも、ネットでマッチングしデートできるという仕組みがあった。そう、マッチングアプリである。


 このアプリなら口下手な俺でも簡単に彼女ができるはずだ。最初は、俺もそう思っていた。


 しかし、ふたを開けてみれば、メッセージのやり取りの途中で返信が来なくなったのが三件。デートの約束をすっぽかされたのが二件。

 そもそもマッチング自体が難しいのに、少ないチャンスも活かせないのだから困る。世の中が厳しいのは現実リアルもネットも一緒だった。


 そして現在――――

 俺は、三件目のデートの約束を取り付け、駅前のモニュメントの前で待っている訳である。


「もしかして、また放置プレイじゃないだろうな……」


 俺の心が折れかかっていると、後ろから若い女の声が聞こえた。


「あのっ、もしかして雅也さんですか?」

「は、はいっ。そうで……す」


 振り返った俺は愕然がくぜんとした。

 そこに立っている少女は、制服を着た女子高生なのだ。オシャレなデザインのブレザーが似合う若く瑞々しい容姿。少しだけスカートの丈を短くしているところが可愛さを増している。


 可愛い。

 とても可愛い。

 ショートカットが似合い、少しあどけなさが残る可愛さが、その少女にはあった。


 ただ、この子に手を出したら事案発生になってしまうかもしれない。せっかくアプリで出会えた幸運が、一気に事案発生リスクで不運ハードラック舞踏会コンニチワなのかもしれないのだ。


「あれ? 愛衣あいさん?」

「そうです」

「えっと……確か歳は21の大学生って言ってなかった?」


 目の前の相手、愛衣あいさんだが、メッセージのやり取りをしていた時は確かに大学生となっていたはずだ。まさかのまさか、JKなんて聞いていないのである。


「だって、JKって言ったら会ってくれないでしょ。怪しい人は会いたがるかもしれないですけど」

「で、ですよね……」

「立ち話もなんですし、何処かお店にでも入りましょうよ」

「そ、そうですね……」


 愛衣が先を歩いて行く。何処かのファミレスにでも入るつもりなのだろう。


(どういうつもりなんだろう……)


 俺には苦い経験があった。

 未成年は御免被ごめんこうむりたいのである。



 ◆ ◇ ◆



 駅から少し歩いた橋の上で立ち止まった愛衣は、川を眺めて遠い目をしている。何か、物思いにふけるように。


 俺が後ろで困ったように待っていると、愛衣は誰に問いかけるわけでもないようにつぶやいた。


「お兄さんは、運命って信じますか?」

「えっ? 運命……」


 愛衣は運命と言った。

 運命とは、何のことだろう。まさか哲学的な何かなのか?


 三十路に入ってしまった俺を『お兄さん』と呼んでくれるのは、少しだけ嬉しかったのだが。


「私は運命を探しているんです。ずっと、小さな頃からずっと……」


(運命か……)


 仮にそんなものが存在するとして、全ての人がその恩恵にあずかれるなんてことはないだろう。運命と呼べるような幸運に選ばれるのは、ごくわずかな人だけなのだから。


 俺は愛衣の隣で、橋の欄干らんかんを掴んで川を見つめる。


「懐かしいな……」


 愛衣に感化されたのか、俺まで物思いに耽るよう遠い目をしてしまう。


 十年前――――

 俺は、この橋を歩いている時、小さな女の子が川に落ちて流されるのを目撃した。


 泣きながら叫び突ける幼女を助けようと、俺は川に飛び込み救助したのだ。これは警察から感謝状ものかもしれないと思った俺を現実に引き戻したのは、幼女の母親らしき人の声だった。


『キャアァァッ! うちの子に何をするんですか!』


 俺は最初、何を言っているのか理解できなかった。そして、徐々に自分の置かれている状況を見て、誤解されていることに気付いたのだ。


 ずぶ濡れで泣き叫ぶ幼女を抱きしめた俺。母親は、目を離していて娘が川に落ちたのを知らないのかもしれない。橋の下で泣いた幼女を抱いている男は不審者に見えるかもしれないのだ。


『け、警察……』

『ち、違います! 娘さんが川に落ちたんです』

『落としたんですか?』

『助けたんです!』


 誤解を解くだけでも大変だった。

 世知辛せちがらい世の中なのだ。例えば、泣いた迷子の子供を保護して交番に連れて行こうとしても、大人の男性がそれをすると、母親や周囲からロリコン犯だと誤解されるかもしれない。


 善意でやったことが、犯人扱いされる不利益を被ってしまう危険性がある。『疑わしきは罰せず』とか『疑わしきは被告人の利益に』というのが刑事裁判の原則だが、実際には『証拠は無いけど、疑わしいから罰してしまおう』というのが現実なのだ。


 まあ、あの時は何度も母親に説明して、通報だけは許してもらったのだが。あれ以来、俺は未成年にはなるべく関わりたくないと思ってしまった。



 回想から戻った俺は、自然に言葉が出てしまう。


「ふふっ、懐かしいな。ちょうど十年前、ここで女の子が溺れたことがあってね。俺が飛び込んで助けたんだよ。でも母親に誤解されて大変な目に遭って……。あの子は、今どうしているのやら」


 そう言った俺を、愛衣は目を見開いて信じられないものを見たような顔になって見つめていた。


「えっ、なに?」

「あなたが、あの時の……」

「えっ?」


 運命――――

 現実に、そんな幸運があるのだろうか?

 例えそれが存在したとしても、きっと宝くじに当たるくらいの確率なのだから。


「私です! あの時、川で溺れた子供」


 愛衣が目をキラキラさせて言う。


「えっと……ええっ!」

「ずっと探していたんです。あの時、私を助けてくれたお兄さんを。ずっと、ずっと運命の人だと感じて」


 愛衣の話はこうだ。


 川に流され溺れて『もうダメだ』と死を予感した瞬間、ある男が飛び込んで助けに来た。それは、幼い愛衣にはヒーローに見えたのだと。

 その時は恐怖と感激で大泣きし、更に母親が騒ぎを起こしてしまい、お礼も言えずに別れてしまった。


 それからというもの、愛衣の心の中で俺は運命の人へと美化され続けてしまう。中学、高校と進学し、何度か告白されても、どうしても運命の人が頭から離れず、全てお断りして俺を探し続けていたのだ。


 いつしかマッチングアプリで、当時の俺の予測年齢から十を足した男性に的を絞り、それとなく例の川に連れて行った。二十五人目のマッチングで俺と再会したという経緯になるそうだ。

 もちろん、会って運命の人ではないと気付いたら、食事にも行かずサヨナラしていたようなのだが。


 幼き日に受けた衝撃的出会いが、十年という時の流れで運命という、決して揺るぎないものに昇華しょうかさせてしまったのだろう。



「雅也さん」

「は、はい」

「結婚してください!」

「ブファァっ! い、いきなり?」


 愛衣の目が♡♡ハートになっている。もう、止まらない、止まれない、運命の恋愛一直線なのだろう。


「で、でも、歳の差が……」

「来年で18です。結婚できます」

「でも、キミのお母さんが」

「あの後、私が説明して母も反省しています」

「でも……」

「両親も、命の恩人の雅也さんならOKしてくれるはずです!」


 ぐいぐい来る。

 これが若さなのか?


「ふふっ、結婚式は海外なんてのも憧れますよね。海の見える教会で」

「おい、気が早いと思うけど……」

「子供は男の子と女の子が良いですよね。頑張りましょう」

「だから気が早いって」

「あっ、浮気は許しません。もし、浮気したら、ぶっ〇しますっ!」

「物騒だよ!」

「かぁぁなぁぁしい別れがぁぁ~っ♪」


 愛衣が急に歌い出す。

 昔流行ったヤンデレアニメのエンディング曲を。


 学園恋愛デイズという、ラストが衝撃的過ぎて放送禁止になった伝説のヤンデレヒロインアニメだ。

 何故、こんな若いJKが昔のアニメを知っているのか謎だが。もしかしたら、俺の年代のネタに合せるために勉強していたのかもしれない。


「あああああっ! 鮮血エンドだけはヤメテぇぇぇぇ~っ!」

「それは雅也さん次第です。ふふっ♡」

「ヤる気満々かよっ!」

「では、私の両親に婚約の挨拶に行きましょう」

「だから気が早いって!」


 超強引になった愛衣に腕を引っ張られて連行される。もう結婚は確定事項のようだ。決して逃がさないという、確かなヤンデレ感だけは強い。



 運命と呼べるものが、もし存在するというのならば――――それは一種の呪いなのかもしれない。


 幼き日に刻み込まれた呪いは、時を経る度に熟成され、決して抗えない恋という最大最強の運命へと昇華する。


 その、宝くじに当たるような、砂漠で一つだけの砂粒を探すような。そんな幸運に巡り合えた俺は、きっと誰よりも幸運なのだろう。


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