第57話 束縛の呪印


 ここ数日の疲労が一気に出たらしい藤李は真誠にもたれて静かに寝息を立てている。


 無防備過ぎて困る。


 真誠は自分が使用していた寝台に藤李をそっと横たえた。


 あどけなく無防備な寝顔を前に、邪な感情が顔を覗かせるが、まだ手は出せない。

 鈴羽を片付けてようやくここから始まるというのに、早まって手を出し、彼女に失望されるようなことになっては困る。


 今までも散々、この腕で抱きしめて、喘がせ、よがる君を堪能したのに、それでもまだ足りないらしい。


 何度抱いても、唇を吸っても、飽きるどころかクセになって離れられなくなっている自分がいるのだ。


「全て覚えてるよ」


 覚えてないことも多い、と藤李には言ったが真誠はほぼ全ての記憶が戻っている。


 魂の回帰は一度や二度じゃなく、正確な回数など忘れてしまうほど、繰り返していた。


 記憶が戻るのはその時々によって違うが、最初に藤李が死んだこの頃に向かって全てを思い出す。


「今回は少し遅かったね」


 そして鈴羽は早かった。

 だから、鈴羽の企みに気付くのが遅れた。


「あの男も、いい加減消えてくれないかな」


 回帰の輪から切り離したいが、鈴羽の呪術の片鱗が真誠の呪術に絡んでしまい、真誠と藤李が回帰する度に鈴羽も一緒についてくる。


 本当に忌々しいったらない。


 最初の世界で鈴羽は藤李を金儲けの手段として利用するために誘拐し、法力石で自我を奪った。自力で自我を取り戻し、逃げだした藤李を呪術が施された剣で刺し殺し、そこで真誠と対峙した。


 回帰する度に、手を変え品を変え、真誠から藤李を奪うために、何かを仕掛けてくる。その度に真誠は鈴羽から藤李を守って来た。


 きっとこれからも変わらない。


 この呪印が効力を失うまで続くであろう事象に真誠は縛られている。

 それが七竜と四神獣の加護を受けし、巫女姫に呪印を刻んだ代償だ。


 それでも構わない。


「絶対に渡さない」


 真誠は寝台に散った藤李の長い髪を一房手に取り、口付ける。


「君が僕を望む限り、僕は君を縛り続ける」


 愛しているよ、そっと眠る藤李に囁いた。


 規則正しい寝息を飲み込むように唇の感触を堪能し、真誠は静かに藤李の隣に横になる。


 華奢な身体を優しく抱きしめれば、花のような甘い香りが鼻孔を擽り、伝わってくる温もりに胸を締め付けられる。


「離さないからね。僕の藤姫」


 眠る藤李の頬に口付け、真誠は双眸を閉じた。








 藤李は真誠が眠りについたのを察し、そっと瞼を持ち上げた。


 目の前に麗しい真誠の顔があり、その破壊力に藤李は息を飲む。


 そして先ほどまで感じていた熱い唇の感触を思い出して、藤李は身悶える。


 こんなにもこの人に想われていたとは思ってなかったわ。


 藤李は熱くなった頬を手で押さえる。


「解呪なんて望むわけないわ」


 眠る真誠を起こさないくらいの小さな声で呟く。


 呪印が藤李と真誠の魂を結び付け、死してもなお、再会を叶えてくれる。

 解呪したら私はもう尚書の側にはいられないかもしれない。


 離れたくない。


 藤李は心の底からそう思った。


『そなたは自分から縛られることを望んだようだ』


 神獣白虎の言葉を思い出す。


 きっとその通りだ。


 自分の法力を奪われても、真誠の側にいられないことの方が苦しいと思える。


 私はこの人に心を縛られているのね。


「貴方が私を嫌わない限り、私は貴方から離れない」


 そうでなければ、私はこの先もずっと貴方を縛り続けるだろ。


 眠る真誠の身体に腕を伸ばし、自分から絡みつく。

 身体に刻まれた呪印の蔓は互いを求めるように伸びている。


 この呪印はきっと目印なのだ。

 記憶を失っていても、互いが互いを求めて居場所を知らせる目印だ。


 この呪印がある限り、真誠が藤李を見つけてくれる。そして藤李も真誠を見つけ出せる。


 こんなにも甘美で幸せな気持ちにしてくれるこの印を消すことなんて出来ない。


「お慕いしております、真誠様」


 藤李は眠る真誠の額に口付けを贈り、絡めた細い腕に力を込めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

呪印持ち男装姫は辛辣能吏の付き人です~呪われてますが、辛辣で美麗の上司が離してくれません~ 千賀春里 @zuki1030

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ