祭りの始まり
ライブ会場の幕張に向かうひよりんを残し、俺たちは大学の最寄り駅で降りた。大学沿いの長い道を真冬ちゃんと歩きながら、話すのはひよりんのこと。
「かっこよかったね、ご飯食べてる時のひよりさん」
「そうだなあ。やっぱり人気声優なんだな……って改めて思ったよ」
普段一緒に生活しているからつい忘れそうになるものの、ひよりんは本来俺なんかが気軽に話しかけられるような人じゃないんだ。いや、今も緊張して気軽には話しかけられないけれども。
「今日のライブ、メッセでやるんだっけ。凄いなあ……私なんてミスコンで緊張してるのに」
「いやいや、真冬ちゃんも凄いと思うぞ。大人数の前でパフォーマンスをするなんて、俺には到底無理だ」
ひよりんのライブ会場と真冬ちゃんのミスコン会場では、確かに何十倍というキャパの差があるとは思うけど、ミスコン会場だって千人は入るわけで。千人の視線が自分に集まることを考えるだけで……俺はちょっとおかしくなりそうだった。
何がおかしいのか、真冬ちゃんはそこで小さく口の端を上げた。
……俺、何か変なコト言ったっけ?
「ふふっ……蒼馬くん、絶対ミスコン観に来てね?」
何度目か分からない真冬ちゃんの念押しに、勿論だ、とこれまた何度目か分からない返事をする。その度に、真冬ちゃんは嬉しそうに目を細めてくれる。何だか自分が頼られているようで、胸の中が温かくなった。
頭の上では大学の敷地周りにぐるりと植えられている樹が、風を受けがさがさと音を立てている。その合間を縫うように、周りから声が聞こえてきた。
「なあ、あれ……そうだよな?」
「うお、マジじゃん。お前ミスコン観に行く?」
「たりめーよ。うわー……マジで可愛いわ真冬ちゃん……エグいだろあの顔」
「ミスコンの衣装メイド服っしょ? はよ見たいわー」
「早めに行って席押さえね? スマホで写真撮りたいわ俺」
「そうすっか。つか、同ゼミにカメラ持ってる奴いるから連絡してみるわ」
友達同士のような雰囲気の男たちの会話が、少し離れたところから聞こえてくる。
「…………」
────こういう会話はここ最近本当に増えた。間違いなくミスコンの影響だ。最初のうちは気にしていたんだが、あまりにどこでも聞こえてくるから最近は気にしないようにしている。真冬ちゃんもすっかり慣れっこと言った様子で涼しい顔だ。
男たちはじりじりとこちらに寄り、ミスコンの席を確保する為か、最後に真冬ちゃんの顔をちらっと見てスピードを上げた。綺麗にセットされた茶色の頭が二つ、イソギンチャクのようにゆらゆらと揺れ動く。そうして少し離れた所で、また薄っすらと話が聞こえてきた。
「いやマジでさー……何であれがカレシ? なら俺でよくね?」
「聞いた話じゃ前からの知り合いらしい。真冬ちゃんの方から告ったって」
「いやー、ないわ。彼氏のほう全然知らんけど、選び放題なのにわざわざあんなのいく?」
「ばっ、やめろって。聞こえるって。…………俺もそう思うけど」
「っしょ? マジで、うちの大学の七不思議だからあれは。ま、ミスコン終わったら保たないだろうけどなー」
「あー、たしかに。去年のミスコン優勝した……麻里さん? 名前忘れたけど、優勝した途端彼氏変わったもんな」
「いやあれはエグかったよな。そんな露骨に変わる? って思ったもん。確か三十人くらいに告られたらしいぜ」
「やっば。まあうちのミスコン優勝した人ってだいたい女子アナなってるしな。未来の女子アナと付き合えるってなったら、そりゃいくか」
聞こえたのはそこまでだった。その後も視界の先でテンション高めに話しているのは見えているものの、話している内容は聞こえてこない。
「…………七不思議て」
俺と真冬ちゃんが付き合っているのはそこまでおかしなことだったのか。実際に付き合っていたら結構ショックを受けただろうな。
「…………ムカつく」
「え」
ドスの効いた声に隣を見てみれば──真冬ちゃんが人殺しのような冷めた目でさっきの二人組の背中を睨みつけていた。
「ちょ、真冬ちゃん?」
「…………行こ」
ガシッと手を掴まれ、そのまま強制的に恋人繋ぎに。俺は真冬ちゃんに引っ張られ前につんのめった。真冬ちゃんはぐいぐいスピードを上げ、二人組の背中がどんどん近づいてきた。
「真冬ちゃん!? ちょっと! ストップ!」
俺の制止など何のその、真冬ちゃんは全くスピードを落としてくれない。二人組の背中はすぐ目の前まで迫って────そして、抜いた。
「…………マジかよ」
そんな言葉が、後ろの方から聞こえた気がした。
…………結局、真冬ちゃんは大学の門をくぐるまで俺の手を離してくれなかった。
「ふう、すっきりした」
真顔でそんなことを言う真冬ちゃんの横で、俺は膝に手をつき肩で呼吸をする。
「びっくりした…………きゅ、急にどうしたの真冬ちゃん……?」
突然のことにまだ頭が追い付いてない。とりあえず分かったのは、真冬ちゃんはしっかりとジョギングの成果が出ているということだけだった。
呼吸を整え上体を起こすと、真冬ちゃんは不満そうに腰に手を当てていた。細い眉毛が僅かに吊り上がっている。
「…………ムカついたから。蒼馬くんのこと悪く言われて」
「ん…………ああ、俺の為に怒ってくれたのか」
「いや、自分の為よ。彼氏のことあんな風に言われたら、誰だって気分悪くなる」
…………彼氏ではないけどな?
「まあ……でも言ってることも分からんでもないんだよなあ。別に俺、自分のことイケメンとか全く思ってないし。めちゃくちゃ可愛い真冬ちゃんと外見が釣り合ってるかと言われたらなあ…………」
全く持ってノーだ。勿論外見が全てではないけどさ。
「……?」
返事がないので不審に思い見てみると、真冬ちゃんは口を小さく開けて固まっていた。少しだけ、薄っすらにやけている気もする。某有名RPGのスライムみたいな顔をしていた。
「真冬ちゃん?」
「…………はっ、私としたことが幸せに飲み込まれるところだった…………とにかく蒼馬くんはそんなこと考えなくていいの。私の彼氏として堂々としていればいいのよ。ミスコンも最前列で観ていて欲しいくらいだわ」
「……なら、そうしようかな」
自然と、そう口にしていた。
俺が腑抜けていると真冬ちゃんに迷惑が掛かる。ミスコンが終わればそれは更に酷くなるだろう。一応は彼氏がいるからと遠慮している奴らが、ミスコンを機に真冬ちゃんに近付いてくる。それを守れるのは、彼氏である俺しかいないんだ。
「たまには俺も彼氏らしいところを見せないとね。行きたい出し物もないし、俺はさっさと席を取っておくよ」
「……夢みたい」
真冬ちゃんはボソッと何かを呟いた。しかし学祭特有の喧騒に紛れ聞き取れない。まだ開会式までは時間があるものの、既に構内はかなりの熱気に包まれていた。戦隊もののコスプレや、何故か上半身裸で歩いている連中もいる。濃厚な祭りの空気に皆浮足立っている。
「真冬ちゃんはどういうスケジュール?」
「午前中はアリサのサークルの出し物に呼ばれてて、午後はミスコンかな。確か参加者は正午に集合だから」
スマホを確認しながら真冬ちゃんが言う。
「…………本当は蒼馬くんと楽しみたかったな」
「だなあ。ま、来年もあるしさ」
来年の今頃は……就活真っ最中だろうか。卒論にも追われてそうだ。
「来年もあるし、じゃないよ。…………もう来年しかない。折角またお兄ちゃんに会えたのに」
真冬ちゃんは下を向いてしまう。浮ついた、楽しい世界の中で、真冬ちゃんだけが悲しい世界に取り残されている。
「…………」
────真冬ちゃんの手を、しっかりと握った。
「お兄ちゃん……?」
真冬ちゃんが驚いた様子で顔を上げる。
「まだ開会まで時間あるだろ? それまで色々見て回ろうよ。多分、それだけでも楽しいからさ」
楽しい世界を歩いていたら、自然と楽しくなってくるものだ────ほら、もう笑顔になった。
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《鑑定Lv2》で楽々ダンジョン攻略 ~追放されたS級ヒーラーは実は最強の剣士でした~
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突然ですが、新作を公開しました!
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