第7話 妹、膝枕する。
「にいやん、ちょっと相談したいことが」
昼休みになってすぐ、妹が教室にやってきた。
それはいつものことなんだが、今日は珍しく神妙な顔をしている。
「なんだよ。改まって」
「実は……膝枕の練習に付き合ってほしいんだけど」
「は?」
実にどうでもいい相談だった。一瞬でも心配した俺の気持ちを返せ。
「あわよくば、耳かきの練習台にもなってほし……もがっ」
「ちょっ……声が大きいって」
続けてとんでもないことを言う妹の口をふさぎ、周囲を見渡す。
もう一度言うが、ここは教室の中だ。
周囲の男子からは刺すような視線が俺に向けられていた。
「ここは場所が悪い。学食行くぞ」
できるだけ小さな声で言うと、妹はコクコクとうなずいた。
◇
「……で、膝枕がなんだって?」
「今度、トモちゃんに膝枕をすることになって。素人感丸出しじゃ格好つかないから、にいやんであらかじめ練習しようかと」
絶対嘘だ。というか、膝枕に素人も玄人もないと思うんだが。
「そもそも、どうやったらトモちゃんに膝枕する状況になるんだよ」
言ってから、当の本人が学食に来ていないか気になった。思わず周囲を見渡す。
「トモちゃんはお弁当派だから、この時間は教室。心配しなくてもいいよ、にいやん」
「べ、別に心配してねーし」
ちなみに、今日の俺はにいやん呼びされていた。今度はなんのアニメの影響だろうか。
「つーか、ピーマンもちゃんと食え。作ってくれた学食のおばちゃんに失礼だろ」
「だって、回鍋肉にピーマンが入ってるなんて思わなかったんだもん」
……そりゃ、俺が作る回鍋肉はわざとピーマン抜いてるからな。お前が食わないから。
「そうだ。にいやんが食べさせてくれたらいけるかも」
「ぐっ……げほごほ」
いきなり妙なことを言われて、飲み込みかけていたコロッケサンド(120円)が喉にひっかかりかけた。俺は慌てて水を飲む。
「ちょっとにいやん、大丈夫? そんなに嬉しかった?」
「突拍子もない発言に驚いたんだ……お前さ、学食でそんなことやってみろ。どうなると思う」
「午後からクラスの人気者に」
「ならねーから。むしろ午前中で帰る。そんで、ショックで寝込む」
「そっかー。なら、しょうがないか」
ため息まじりに言って、妹はピーマンだけが残った器を俺のほうに向けてきた。
「つまり、俺にこのピーマンを食えと?」
「そう。残したら学食のおばちゃんに失礼だから」
「くそ……まさかのブーメランかよ」
したり顔の妹から割り箸を受け取って、俺は残されたピーマンを口に運ぶ。
甘辛いタレの味と、ピーマンの苦味が競い合うように口の中に広がった。
「妹との間接キス」
「むぐっ……!? げほげほ……!」
頬杖をつきながら妹が発した言葉に、俺は再びむせ込む。こいつ、狙ってやってるな。
◇
学校から帰宅し、テイクアウトしたヤシ牛で夕飯を済ませる。
それから妹は風呂に入り、俺はその間に宿題をしておく。
「……うし。準備バッチリ」
集中して数学の問題を解いていると、背後で妹の声がした。もう風呂から出たらしい。
「もう出たのか? いつもより早い気がするが」
「そういう日もあるんだよ。それよりにいやん、先にお風呂にする? それとも膝枕?」
ノートから視線を動かさずに尋ねると、予想外の選択肢が飛んできた。
そのせいで、途中まで頭に浮かんでいた計算式がきれいさっぱり消え去ってしまった。
「……お前、まだ覚えてたのか」
顔を上げてみると、妹は半袖のTシャツに半パンというラフな姿だった。
夜の気温もだいぶ上がってきたとはいえ、まだ少し早いと思える服装だ。
「覚えてるに決まってるじゃん。それで、どっち?」
「風呂」
「にいやんも準備してくれるわけですな」
「断じて違う」
床の上にぺたんと座り込み、体をわざとらしく左右に揺らす妹を一瞥し、俺は立ち上がる。
「そうだ美羽、冷蔵庫にこの間買ったゼリーが一つ残ってたぞ」
「ありがと。膝枕の練習が終わったら食べるね」
どうにかして妹の気を逸らそうとしてみたが、これは無理なようだ。
俺はうなだれ、重い足取りで脱衣所へと向かった。
そして入浴を終えて戻ると、笑顔の妹が待ち構えていた。無言で自分の太ももを叩いている。
「……本気でやるのか?」
「うん。練習しとかないと」
「お手柔らかに頼むぞ……」
ついに諦めた俺は、脱力しながら妹の太ももに頭を預ける。
「おお……けっこう重たい。男の人だから?」
「俺に聞かれても返答に困るんだが。膝枕なんてやったことないし」
「それもそっか……これは長時間できなさそう、足が痺れる」
何かメモしているのか、ペンを走らせる音が聞こえる。それと連動するように、頭の下にある太ももがもそもそと動く。
しかし、美羽の太もも柔らかいな。独特の弾力があるというか。
……って、何考えてるんだ俺は!
「にいやん、感動してる?」
「なにがだっ!?」
思わず声が裏返る。めちゃくちゃ動揺してしまっていた。
「まだまだ始まったばかりだよー。それじゃ次は、耳掃除」
「ちょっと待て。耳掃除もやるのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
とっさに視線を上げると、大きな二つの膨らみの間からニコニコ顔の妹の顔が見えた。
その手には、耳かきが握られている。
思い返してみれば、耳かきがどうこう言っていた気がする。膝枕のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていた。
「その耳かき、いつの間に用意したんだよ。うちにはなかったぞ」
「にいやんにヤシ牛のテイクアウト頼んでる間に、近くの薬局で買ってきた」
「わざわざ買ったのか……つかお前、耳かき使ったことあるのか?」
「耳かき、使い方……検索、と」
「おい」
疑問に思って訊いてみると、妹は今まさにその使い方をスマホで調べているところだった。
「なあ、急に不安になったんだが?」
「大丈夫大丈夫。痛かったら言ってね。やめないけど」
「それ、歯医者の常套句じゃねーか……頼むぞ」
一抹の不安を覚えながらも、体勢を戻す。ここまで来たら、俺も覚悟を決めよう。
ややあって、耳の中に異物が入ってくる感覚があった。
「こしょこしょ……こしょこしょ……どう、取れてる感覚ある?」
「……なんか空振ってるような感じだぞ」
「これは?」
「いてて、奥に入れすぎだ」
「これくらいは?」
「また空振りだした。微妙な調整が必要みたいだな」
「うん。自分でやるのと勝手が違う。お母さん、尊敬する」
「小さい頃、兄妹でよくやってもらってたもんな……母さんの耳掃除はいつも気持ちよかった」
「そうだねー。今度帰省したら、教えてもらおう」
「そうしろ……いてて」
……その後も、なんだかんだ言いながら妹は耳掃除をしてくれた。
露出した太ももから伝わってくる体温と、その柔らかさに夢見心地になりそうになると、時折耳に痛みが走る。なんとも刺激的な体験だった。
「はい。おっしまい。ふーっ」
「ぬわっ」
最後に耳元に息を吹きかけられた。これは不意打ちもいいところだった。
「お、終わったか……ふう」
「うん。次は左」
体を起こし、すっかり気を抜いたところで、すかさず第二ラウンドを宣言されてしまった。
……いつか一線を越えてしまいそうな自分が怖い。
~あとがき~
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
こちら『第2回「G’sこえけん」音声化短編コンテスト』参加作品となりますので、文字数の関係上、ここで一区切りとさせていただきます。
短い作品ながら、ここまで♥や★など、多くの反応をいただきまして、本当に嬉しいです。
続きはコンテスト後となりますので、しばしお待ちいただけたら幸いです。
川上 とむ
うちの妹、ブラコンにつき。 川上 とむ @198601113
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